第2章5話〜おっさん、あんた〜
「姉ちゃん!そうは言うけど、ぜってーまたこいつみてーな変な信者が来るぞ。」
横目で俺を見ながら叫ぶ弟君をユカちゃんは、「まあまあ、落ち着いて。」と宥めている。完全に弟君は俺に対して不信感しかないようだ。俺ですら再び同様の事態が起きないと言い切れない為、彼に返す言葉もない。
「こ、今回うまく対処できたんだから、二回目は今回みたいに、きっと変な勘違いしないで済むから大丈夫よ。」
ユカちゃんは額に汗を滲ませながら、「...アハハ。」と苦笑いを浮かべている。
「こんなの二回目があってたまるか!このおっさんのせいでギルド崩壊すんぞ!さっさと切った方がこのギルドの為だって!」
弟君が吐き捨てるように言うと、ユカちゃんは眉を中央に寄せる。
「タロちゃん、そう簡単に人を切る、除名とか言ってはダメよ。」
いつもより強い口調でユカちゃんは言う。その声色は穏やかではあるもののどこか威圧感がある。
「タロちゃんなら...分かるでしょ?必要ないからと言って周りから距離を置かれたら、辛い事を。間違った事をしたからと言って、見捨ててはいけないわ。」
ユカちゃんが諭すように言うと、弟くんは何か思い当たる事があるのか押し黙る。
「確かにモノーキーさんは、人として何かが欠落しているとしか思えないところも沢山ありますが、私達を沢山サポートしてくれた事も確かでしょ?」
「分かったよ。...おっさん悪かった。」
ユカちゃんに諭された弟君は俺に頭を下げる。
「お前が謝る事じゃない。確かに今回のこの騒動は俺が原因で招いた事だ。悪かった。」
俺は視線をリンドウへと向けると、リンドウは胸の前で手を組んでうんうんと頷き、
「王の想い人は強いですな。」と笑い飛ばしていた。
基本的に俺が悪いけど、誤解が広まったのは、おめーのわけわかんねぇ手紙のせいでもあるんだがな。
「でもよ、リンドウ。あの怪文書はもう少し何とかならなかったのか?あれが原因で、俺もユカちゃんも勘違いしてしまったんだぞ。」
「わ、私の手紙が怪文書!?ど、どの当たりがですか?」
俺のダメ出しにリンドウは、わなわなと肩と声が震え出している。物凄くショックを受けている。
...正直怖い。
「いや、気持ち悪いっていうのは、その。なんなんだよあの文章は...。」
「王は、あれを読んで私の熱い気持ちが伝わらないのですか?」
「まったく。あんなの送られてきたら普通にこえーよ。」
気づいたら、どさくさに紛れてリンドウが俺の下半身にへばりついている。
...やめてくれ。
「っていうか、何で最初からギルドマスターへじゃなく、俺の名前を書いとけばよかったじゃねぇか。そしたら、俺もユカちゃんも勘違いしないで済んだろ。」
俺は下半身にしがみついていたリンドウを無理やり引き剥がしながら言う。
「王はあの出来事があってから、お姿をお隠しになられておいでだったので、王の真名を使えば、想い人であるユカユカ殿に正体がバレてしまうと思いまして、あのような手紙にさせていただきました。」
想い人じゃねーってのに。こいつの目は一体どんな風に俺とユカちゃんはうつってんだ。...ただ、こいつはこいつで気を使っていたのは分かった。しかしだ。
「メインアカウントの名前じゃなくて、モノーキー宛にしとけば良かったんじゃねえの?」
「いえ、そのお名前は我らが王の名前ではありません。私にとって、あなた様の名前は一つです。それ以外の名前を私は使う気などありません!」
「モノーキーさん、本当に物凄く慕われてますね...。」
「...このおっさんのどこにそんなカリスマがあるんだ。」
―――
「さぁ、誤解も解けたという事で。どうぞ、このアダマント鉱石をお受け取りください。」
再びリンドウは俺の目の前にアダマント鉱石を差し出してくる。俺はそれを両手で受け取り、見つめると鉱石は強い輝きを放っている。
こいつを受け取れば、メインアカウントを二ヶ月停止されていたとしても、お釣りが来るほどのアイテムだが...。
「いくらなんでもこれは受け取れねーよ!」
俺はリンドウにアダマント鉱石を突き返すと、リンドウは困惑した表情になる。
「良かった。それ受け取っていましたら、いくら私でも軽蔑するところでしたよ。」
ニコニコとユカちゃんは、俺に向かって優しく微笑みかけるが、その目は笑っていない。
断らずに受け取っていたら...と思うと、流石に怖い。
「リンドウ。これはお前が手に入れたアダマント鉱石だ。こいつさえあれば、お前もランカーにも匹敵する装備を整えられるだろ。今まで俺の言葉で縛りつけて悪かったな。もう、これでお前は自由だ。好きな場所で冒険してくれ。」
「あなた様の口から私に悪かったなどと、そんな言葉は聞きたくありません。早く私に昔のように暴言を吐いてください。無理難題を押し付けてください。必ずそれに応えて見せます。」
リンドウは興奮しながら、目を血走らせて言う。異様な迫力に押されそうになるが、俺はそれでも何度も首を横に振る。
「今の俺はギルドマスターでも何でもない。ただのモノーキーだ。だから、お前に何も報いる事は出来ない。」
「それでは、...私はいったいこれからどうすればいいんですか。あなたに報いることだけを今まで考えてずっと頑張ってきたのに...。」
俺に拒絶された事でリンドウは肩を落としていると、ユカちゃんがリンドウの目の前に行き、声をかける。
「あの提案なのですが、リンドウさん、私のギルドに入りませんか?」
「ユカユカ殿。良いのですか?」
「勿論です。モノーキーさんがしでかしてしまった事は私が責任を取ります。タロちゃんにも言いましたけど、私は誰も見捨てません。」
「なんと。ありがたい言葉を...ユカユカ殿。これほどまでにご迷惑をおかけしたというのに」
「確かに驚きはしましたが、気にしてませんよ。」
「いや、しかし、その誘い。一度断らせて貰っても良いでしょうか。あなた様に仕えるにふさわしいプレイヤーになった時にもう一度誘っていただけますか?」
「分かりました。その時は、またギルドに誘いますね。」
「それでは、ユカユカ殿。私に何か命令を。あなたの思いに報いる為のアイテムを、必ず手に入れて差し上げます。」
ユカちゃんは、リンドウにそう言われた事で、「うーん。」と少し考え込んだ後、俺にこそりと耳打ちしてきた。
「リンドウさんが、モチベーション上がりそうな滅多に手に入らないレア素材って、何か他にもありますでしょうか?」
「ヒヒイロカネ。アダマント鉱石と同じくらいのレアリティだ。」
「分かりました。」
再びユカちゃんは、リンドウに向き直る。
「リンドウさん、あなたに新しい任務を授けます。ヒヒイロカネを採掘してきて下さい。この世界のどこかに必ずあるはずです。そのアダマント鉱石を使って、最強のツルハシを作り、ヒヒイロカネを手に入れるのです!」
「承りました。ユカユカ殿!」
リンドウは敬礼をして、ダンデリオンの町から平原の方へと駆けて行く。その背中を見て、ユカちゃんは俺に向かって苦笑いを浮かべた。
―――
「さ、全て片付きましたし、ヴォルトシェル王国に向かいましょう!」
リンドウを見送り終わると、ユカちゃんはくるりと俺と弟君の正面に向き直ると、満面の笑みを見せる。
「まさか、ユカちゃんこれから行く気なの?明日で良くないか?」
「ダメですよ?モノーキーさん、ギルドマスターの言う事は聞かないといけませんよ。」
ユカちゃんはそう言うと、俺の目の前に顔をぐいっと近づける。右手の人差し指で、俺の顔を差しながら言う。
「お、おう。」
「姉ちゃんタフだな...。」
「そーよ。不審者の事もありましたけど、冒険に出るの凄く楽しみにしていたんですから、責任取って下さい。」
時間はもうすぐ二十一時だ。こっからプレイするとなると、ヴォルトシェルに着くには一時間半は見ないといけない。二人がいつもログアウトするのは二十三時だ。
「...時間との勝負だな。」
「姉ちゃんを一回でも死なせたら、時間切れだな。ワンミスも許されない。...おっさん。サポート頼む。」
「任せろ。」
俺と弟君のやりとりを見て、ユカちゃんは満足げに鼻を鳴らす。
「さぁ、これでようやく冒険の時間ですね。...ってすみません、沢山喋っていましたら、喉が乾いてしまいました。飲み物とってきます。すぐ戻りますので!」
ユカちゃんが離席して、動かなくなったのを見計らってだろう。隣にいる弟君が俺に話しかけてきた。
「おっさん。俺さ、おっさんの事で、ずーっと思うところはあったんだ。」
「何がだ。」
「あまりにも高額な装備、熟練された動き、極めつけは、鮮血兎の足だ。これは俺の知ってる範囲では、現在世界に三個しかないアイテムだ。」
あぁ、そうきたか。いつかはそうなるんじゃないかと思っていた。思ったよりは早かったな。
「もしかしたら、俺が考えてる奴以外にも、実は四人目、五人目の鮮血兎の足を持ってる奴の可能性も考えてはいた。だけど、今回の件ではっきりとした。」
レンタロウは、俺のメインアカウント時代の名前を言う。
「おっさん、あんたラビッツフットの元ギルドマスター、アルゴだろ?」
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