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番外編36〜Mes〜

「汐音も多分もう見ただろうけど、これマジで酷くない!?」


 沙耶ちゃんはテーブルを挟んで向かい合わせに座っている私に、携帯端末の画面に映し出されている動画サイトを見せつけて、くだを巻いている。


 話があると飲みに誘われて、居酒屋に来たはいいものの、まだ飲み始めたばっかりなのに、もう沙耶ちゃんは酔っ払っているのだろう。微かに顔が赤く染まっている。私は携帯端末を沙耶ちゃんから受け取ると、彼女の携帯端末に映し出されている液晶画面を見つめる。


 うわ、私が見た時より更に再生数伸びてるなぁ。


 沙耶ちゃんの言う通り、確かに私はこの動画を既に見ている。というか、ナイトアウルのメンバーは多分全員見ている。しっかし、改めてこの動画タイトル見ると酷いものだ。


【ACO有名女性配信者三角関係の恋愛スキャンダルで無事終わるwwww】


 そりゃ、彼女が愚痴の一つを言いたくなるのも分かる。ACOなんていうニッチなゲームなのに100万再生達成しているうえにまだまだ勢いが落ちていない。大勢の人にこれを見られてると考えると流石に可哀想になってくる。


「あー、もうっ。この動画の収益本当は私のものになるはずだったのにぃ。」


 ...けど本人が落ち込んでいるのは、恋愛スキャンダルで大炎上している事よりも、自分が出ている動画なのに、それが沙耶ちゃんの収益になっていない事のようだ。


「...沙耶ちゃん、逞しいね。あの大炎上の事よりも、お金の方しか考えてないとは思わなかったよ。」


 私が苦笑いを浮かべながら言うと、沙耶ちゃんは串のままかぶりついていた焼き鳥を飲み込んで答える。


「そりゃ、炎上覚悟で言ってた事だし、燃えるのはしゃーないとは思ってるもの。でも、私とハルの喧嘩が知らない誰かの金になるのは許せないわ。それなら、自分でアップロードした方がマシよ!」


 沙耶ちゃんは、口の中の焼き鳥の油を流すように、ビールの注がれたジョッキを一気に飲み干し、テーブルの上に置く。


 私はその姿に思わず見惚れてしまう。


 ...やばいな。沙耶ちゃんの美しさが最近になって一段と磨きがかかっている。これは彼女の天性の才能と言える。彼女以外の人が同じ事をしても、こんな風にサマにはならないだろう。こりゃあ、あの動画じゃないけど、ハルが沙耶ちゃんに気後れするのも仕方ないと思う。私は別にアルゴの事は好きでもなんでもないし、メズちゃんとは友達だから、この美しさにそこまで嫉妬しないけど。沙耶ちゃんと同じ相手を好きになったら、諦めざるを得ないそんな気さえしてくる。


「それに、あの大馬鹿野郎を養うんだから、稼げる時に稼いでおかないと!」


 そう言って沙耶ちゃんは笑顔を見せる。


 変わったな、沙耶ちゃん。今までの沙耶ちゃんだったら、アルゴへの気持ちを隠してそんなんじゃないわよと言うはずなのに。今はヤケクソ気味にオープンにしまくっている。あの喧嘩で沙耶ちゃんも色々吹っ切れてたんだろうなぁ。


「ほらほら、身バレしちゃうよ。もっと、声のボリューム抑えて。」


「はーい。」


 個室だから、ある程度プライバシーは守られているし、バレる事はまずないだろうけどね。


 私は沙耶ちゃんの携帯端末を操作して、動画の下にあるコメント欄を読んでいくと、アルゴに対してのコメントも結構多い。


「...アルゴもだいぶ燃えてるね。コメント見ると何股もしてる最悪なヒモ男扱いされてる。せっかく、ラビッツフット戦で評価上げたのに、一瞬でまた最底辺に落ちてる。」


「...まぁ、あいつには悪い事したと思ってるわ。今回は完全に被害者だもの。」


「ね。これアップロードしたのハルじゃないの?あの子、沙耶ちゃんの事嫌いだし。」


「いや、これはハルじゃないわ。画面もハル視点じゃないし、流石にそこまではしないでしょ。アルゴも燃えてるし。本当にそこらの野次馬があげただけだと思うわよ。」


「そっか。」


 沙耶ちゃんは、恋敵だと言うのに、あの喧嘩以来ハルに対して妙な信頼感を持っている。それは、この動画が上げられて以来、流れているもう一つの噂が関係しているんじゃないかと、私は思う。この動画のコメントにも、その噂についての書き込みが数多くある事から、沙耶ちゃんもその事については認識しているはずだ。


「ねぇ。沙耶ちゃん。あの動画に映ってたハルが言ってた事なんだけどさ...。」


 私は意を決して、沙耶ちゃんに尋ねると、私の質問を遮るように、沙耶ちゃんは首を横に降る。


「...あの子はハル。私のライバル。それだけよ。それで良いじゃない。」


 それだけ言うと、再び沙耶ちゃんは焼き鳥を頬張り始める。


「そっか。そうだよね。...いつか、話す機会があったら、ハルと話してみたいな。」


「そうね。いいと思うわ。」


「ねぇ、メズちゃん。これからが本当の意味で新しいナイトアウルだね。私、支えるからね。」


「ええ。ありがとう。そうよ。こっからよ。アルゴの事も、ギルドの事も遠慮なんて、絶対にしないんだから!」



 汐音と別れた後、私は1人で帰路に着く。こうして1人になると、最近良くあの日の事を思い出す。私のアバンダンドで過ごす最後の日になる予定だった日の事だ。


 あの日、私はアバンダンドだけでなくストリーマーも引退しようと決めていた。当然私のしでかした事の大きさは分かっている。引退で許されるなんて思わない。でも、もうこれでしか私には責任の取りようがなかった。これ以上ナイトアウルのメンバーに迷惑はかけられない。


 最後に、アルゴにさよならの一言でも言おうとしたけれど、最近全くログインして来ない。噂では、アカウントを停止されているらしい。好きな男に一言も挨拶出来ずに引退をするのは、きっと私への罰なのだろう。


 アルゴがナイトアウルを去ってから、まったく関わりがないわけではなかった。急激に成長していくラビッツフットとゲーム内イベントでギルドの代表同士、顔を合わせる事も割とあった。お互い、時間が経っていた事もあり、きっとアルゴにも事情があったのだと考えられるくらいには私も冷静になれていた。だから、少しずつアルゴと挨拶くらいには関係も良くなってきてはいた。こうしてアルゴと会う度に、悔しい事に私はこの男が何故か好きなのだと実感させられた。


 ナイトアウルにいた頃は、テレスがアルゴの恋人だった。だから、私は自分の気持ちに見切りをつけ諦めていた。...だけど、もうテレスはアバンダンドにはいない。それなら、私が貰ったって良いじゃない。ゆっくりゆっくりと、笑い合ってたあの時に戻っていければいい。そんな風に思っていた矢先に私の裏アカがバレた。何もかも私が愚かだった。


 このゲームを始めて、最初に訪れた町であるダンデリオンを私のアバンダンドの冒険の終わりの場所として、ログアウトする為に厩舎で馬を借りてヴォルトシェルを出たところ、若い男性の声が聞こえてきた。


 この声な感じ高校生くらいだろうか。


「蘇生貰えませんか?B 5 モノーキー3000G。」


 あーあ。海峡で誰かやられちゃったのね。初心者さんがヴォルトシェル目指して、やられちゃったパターンかしら。...私が行っても良いけれど、アバンダンドの魔女なんて言われてる私から蘇生もらうのなんて誰だって嫌がるわよね...。ヴォルトシェルの隣のエリアだし、きっと誰かがその内回復してくれるだろうし、そっちの方が絶対に良いはず。


 そう思って、再び馬を走らせようとしたところで、モノーキーという名前にどうも聞き覚えがあるような気がしてきた。


 ...何だったかしら。


 私は顎に指を添え、少し考えているとその名前の持ち主を思い出した。


 モノーキーってテレスが名付けたアルゴの倉庫キャラじゃない!あまりにも変、いや特徴的な名前だから耳に残ってたわ。海峡でやられるなんて何やってるのよ。そんなヘマをするような奴じゃないでしょうに。


 ...しっかし、ラビッツフットから追い出されただけじゃなく、アカウントまで停止されたって噂、本当だったのね。ナイトアウルを辞めてまで作ったギルドを追い出されたというのに、また新しいキャラクターを作ってまでこの世界に居座り続けるとは...。あの男、逞しすぎる。


 私なんかより、よっぽどキツい言葉を日常的に投げかけられているだろうに、この男の頭の中には引退の文字は絶対にないらしい...。でも、少しは私も見習わないとか。...結局引退は逃げ、よね。私に浴びせられる声は、私の罪なのだから。まだ少しだけこの世界に居て、この声と向き合わないとよね...。


 私はアルゴに会いに馬を走らせる。道中で初心者らしきポニーテールの女の子が心配そうにアルゴがいる地点の方を見つめていた。


 ...絶対あれ新しいアルゴの女だわ。そんな確信が私にはあった。...あの野郎。ラビッツフット辞めたら、もう新しい女作ってるとか、節操なさ過ぎでしょ...。


 何かもう、この男をただ黙って待ってるのが、バカらしくなってきた。...私もハルじゃないけど、ある程度攻めなきゃよね。この子みたいに、新しい女がドンドン出てくるし。


 遠くに三本ツノの緑色の巨体が倒れているのが見える。私は溢れ出る笑みを堪え、ナイトアウルでいつも話していた時のように眉を顰めながら話しかける。


「モノーキーって名前聞き馴染みあるなと思ってきてみたら、アルゴ、アンタこんなところで何やってんのよ。」




お読みいただきありがとうございます。

面白く感じていただけたら、ブクマと評価していただけるととても嬉しく思います。


よろしくお願い致します。

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メズよ、たくましいのはいいんだけど、就活挫折のプーなのに 生活だいじょうぶかい?  若さも美貌も 衰えるのは早いぞ~ お金かけてこそ維持できる健康と美容(笑) アルゴは 社会人の間にがっつりため込ん…
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