エピローグ〜お前この事知ってたか?〜
「よぉ、おっさんも釣りか。隣失礼するぞ。」
レンタロウがヒビカスの町で釣りをしている俺を見つけ、話しかけてきた。
「...隣来んなよ。釣れなくなんだろ。」
俺は、シッシッと右手で追い払うものの、レンタロウはそんなのお構いなしと、カバンから釣り餌を何種類もその場に置き出す。
「都市伝説だろそれ。公式から出てる情報じゃないし。ただの噂じゃん。」
「噂なのは否定しないけど、あえて俺の隣に来る必要もねーだろ。去れ去れ。」
俺が再び苦言を呈するも、レンタロウは「そっかぁ。」とだけ言い、俺の横で竿をケースから取り出し、餌をつけ始めている。...この野郎聞いちゃいねえな。
姿は見えないが、どこからかウミネコのモンスターのニャーニャーと鳴く声が聞こえてくる。陽の光がこの青一面の海に乱反射している。今日のアバンダンドは本当に良い天気だ。
俺とレンタロウは並んで、船着場から少し離れた釣り場で釣りをしていると、レンタロウが「姉ちゃんが寂しがってるぞ。防衛戦勝ったら、うちに帰ってくる予定じゃなかったんか?」と尋ねてくる。
「...あー、その予定ではいたんだけどよ。何かまだ簡単に抜けられねぇ雰囲気があんだよ。」
「おっさんの後任のギルマス探しとかか?」
「それもある。誰に引き継いでもらうか考え中だ。レグルか、ミラリサか、メズか、...色々選択肢はあるけどな。ナイトアウルにとって一番良い選択になるように考えてる。」
俺がここでメズの名前を出した事により、レンタロウは「そっか。」と呟く。
「...やっぱ分かってた事だけど、メズさんナイトアウルに戻るんかな?」
「今はわだかまりもなくなったろうからな。俺や初代ギルマスだったテレスよりも、メズが1番ナイトアウルを分かってる。あいつは、ナイトアウルの歴史そのものみてーなもんだ。」
昔、テレスに聞いた事がある。テレスがナイトアウルを立ち上げて、一番最初に誘ったメンバーはメズだったと。テレスと同じだけ、いや、それよりもメズはナイトアウルを見てきている。今のあいつならギルドマスターに戻ったとしても、テレスの真似をする事もなく、自由にやれるはずだ。
「メズさんいなくなったら、俺もササもだけど、姉ちゃんが一番寂しがるだろうな。メズさんの事、慕ってたからな。」
「その代わり俺が戻ってやるよ。寂しがる間も無く徹底的にお前ら鍛えてやる。覚悟しとけ。五大ギルドに負けねぇギルド作ってよ。今度こそ蒼穹回廊にギルド建てるからな。」
「メズさんの代わりがおっさんってのもなんだかなぁ。華がないっていうか...。あ、きた。」
レンタロウが竿を引き上げると、竿先にはイワシが引っ付いている。どんなもんだと、ドヤ顔を俺に見せつけてくる。
クソ、何でこいつばっか釣れて、俺は釣れないんだ。
「あ、あとさ。話は変わるんだけど、おっさんグレイトベアの事はどうすんだ。引退前にACOに存在する全領土をグレイトベアで制圧するとか声明出してきただろ。世界征服されちまうぞ。」
「ザラシかぁ。どーすっかねぇ。別に興味無いし、勝手にさせといてもいいと思うんだけど。...ただ、あいつ、俺の事を最後のバトル相手に指名してきてんだよな。対抗しねぇと逃げたと思われるのも癪だし。めんどくせぇ。」
「でも、うちまだまだよえーし、グレイトベア止める為に、ナイトアウルやラビッツフット、シューホースとかと手を組んだりする事もあるのか?」
「どうすっかね。そうするのがセオリーなんだろうけど、誰かと手を組むとか俺の性に合わんし、まだ考えてねーな。このギルドのメンバーだけで戦えるようにすんのが1番だけどな。」
「おっさん。あとは、」
「おっさんおっさんうるせぇ!言っとくけど俺はまだそこまでおっさんじゃねえからな。つーか、お前が話しかけるから、全然釣れねーだろうが!隣で釣るんじゃねえよ。どっか行けよ!」
「俺が話しかけてなくても釣れないだろ。一回もおっさんが釣ってるとこ、見た事ねーぞ。お、また、引いてる。釣りはマジで俺の完勝だな。おっさんほんと、釣り下手過ぎだろ。」
「黙れクソガキ。ぶっ飛ばすぞ。」
俺の暴言をよそに、レンタロウは釣り上げたキスを俺に見せつけながら、大笑いしている。
ぜってぇこいつより大物釣ってやるからな。
しかし、それから何分もお互いに当たりは来ず、暇になったは俺は、レンタロウに一つ質問をして見る事にした。
「そういや、一つレンタロウに聞きたかった事があったな。俺の周りだと、1番現実世界でまともなのがレンタロウだし。」
「俺が1番まともって、どんだけおっさんの周りにいるのヤバい奴しかいないんだよ。」
「アバンダンドにはまともな奴のが少ねーんだから仕方ねーだろ。いいから聞けよ。」
レンタロウは苦笑いを浮かべて、「はいはい、分かったよ。」と俺の質問を待っている。
「なぁ、レンタロウは死にたいって思った事ってあるか?」
「思ってたより、重い内容の質問が来たな。...そうだな。まぁ、あるよ。つーか無い方の人が少ねーんじゃね?誰だって一回くらいは思うだろ。」
「意外だな。陽キャって何も悩まねーと思ってた。レンタロウみたいなタイプって、いつも人生楽しそうじゃん。」
「どんな偏見だよ。一般的な話にしても、受験とか部活とか普通に辛くなるし。何で俺必死にこんな事してんだってなる。普通に人間関係できっつい事もいくらだってあるし。」
「陽キャが人間関係で悩む事あんのかぁ?お前みたいなのは、うぇーいで全部乗り切れるんだろ?」
「...ほんと失礼なおっさんだな。逆に俺からしたらインキャって言い方俺は好きじゃねーけど、自分と仲の良い少人数でしかつるまない奴らのが人間関係楽そうなイメージあるわ。好きな奴とだけ関わってれば良いんだろ。めちゃくちゃ楽じゃん。」
「...なるほどな。見方によればかなり変わるな。仲良い奴としか関わらないか。確かにそういう側面あるかもな。楽っちゃ楽なのか。陽キャも大変だな。大勢の奴らと合わせて生きてかなきゃならねーなんて。」
「ま、そういう意味ではこのACOは良い息抜きになってるよ。おっさんみてーな頭のおかしな奴しかいねーからな。俺も自由にさせてもらってるよ。割と俺も気に入ってんだ。この世界。」
「レンタロウの世代でも、このアバンダンドの理不尽なくらいめんどくさいゲームって、面白いと思うのか?MMOに限らず今のゲームってタイパ良いのが正義だろ?」
「俺みたいな学生からすると、ちょっとした隙間時間にプレイして、それなりの成果が出るゲームが楽だなとは実際思ってるよ。けど、俺はこのACOが1番だな。めんどくささって、面白さだとおっさんは思わないか?」
「そうだな。めんどくささがあるから憧れの装備一つ買うのにも何日もかけて金策するから思い入れにもなるしな。あの時の喜びは忘れられねーな。手間があるから面白いって言う風潮広がってくんねぇかな。」
「おっさんには申し訳ないけど無理だろうね。これからもゲームの主流は、どんどんライト思考になってくよ。やっぱ同世代でACOみたいな時間かかるゲームやってる奴は少ないし、皆携帯端末で手軽に出来るゲームアプリばっかだよ。」
「...世間からはバ⚫︎にされるかもしんねぇけどよ。ニートや引き篭もりでも、輝ける場を残してくれたのはありがてーわ。現実世界で生きづらくても、時間さえありゃ最強になれるこの世界なら、生きていける奴って多いと思うんだよな。この世界を生み出してくれた運営に花束の一つでも送ってやりてぇくらいだよ。無職の楽園だよここは。」
俺の言葉にレンタロウは、「これ以上にないくらい最低な楽園だな。」と苦笑いを浮かべている。
レンタロウは続けて、「んじゃ、逆に質問させてもらうぞ。おっさんは死にたいって思った事あるんか?」と尋ねてくるが、俺は首を横に振る。
「それがよ。俺は、一切無いんだよな。意外に思うだろ。」
「確かに意外だと思う。学生の時とか体育の授業あるだけで、おっさん恥かくの嫌で死にてーと毎回思ってそう。」
「はは、てめぇ⚫︎すぞ。体育とかクソ嫌いだったのは当たってるけどな。基本的に俺苦しい事があっても、何で俺が苦しまなきゃなんねーんだよ。俺を苦しめる奴らが⚫︎ねって思っちゃうんだよな。」
「...おっさんにあんまり同意とかしたくねーけど、生きてく上で案外その精神って、大事かもな。」
「この世界で生きてて、生きづらさ感じる時も勿論あんだけどさ。俺結構好きなんだよね。この世界で生きてる事。焼肉やラーメンもうめえし、可愛い女と遊ぶの好きだし、ゲームや漫画も好きだし、ハードもこれからの進化見ていきたいし、アニメや映画だってどんどん新しいの出てくるだろ。死んでなんかいられねーよなぁ。」
「...本能のまま生きてるなおっさんは。まぁ良いんじゃね。そういうのが生きるって事なんだと、俺も思うぞ。」
「今から思いっきりモラルのないこと言うかもしれねーけど、カス野郎の俺の言う事だから許せ。」
「...今ですらだいぶモラルなかったと思うけどまだあんのかよ。」
「俺さ、誰か大事な人がいなくなっても後追いとかぜってーしねぇんだわ。どーせ人間最後に行き着く場だしな。結局俺は自分が一番大事なんだよ。他人なんかどうだっていいってのが本音だ。俺はどんな状況だって自分が楽しく生きる事だけ考えちゃうんだよな。」
「...良くも悪くもおっさんらしいよ。」
「とはいえ、人それぞれの考え方と人生だ。どんな選択をしたとしても俺は口出ししたり、押し付けたりはしねぇ。ただ俺はしないってだけの話だ。俺はどこまで行っても自分第一。それは何があっても変えられねーんだわ。だから俺は絶対死なない。」
「もし、おっさんが死んだら姉ちゃんが泣いて悲しむぞ。悪い事言わねーから選ぶんだったら、姉ちゃんにしとけって。弟の俺が言うのもなんだけど、姉ちゃん相当美人だからそこは保証する。それに姉ちゃん以外の他の二人のどっちか選んだら、そのうち死人が出そうだからやめとけって。」
「死人が出るかどうかは一旦置いておくとして、...お前良くゲームと顔しか取り柄のない無職のおっさんに自分の姉ちゃん勧められるな。お前もアバンダンドプレイヤーらしく狂ってきたな。」
俺がレンタロウに向かってそう言うと、露骨に嫌そうな顔をする。
「ちっ、おっさんと遊んでたらうつったんだよ。きっと。んで、結局、おっさん誰選ぶんだ。うちの姉ちゃんか?メズさんか?それともハルさんか?」
「んー。とりあえず、それについては俺の中で一つの答えを出してる。責任取らなきゃいけねーのは分かってるからな。ただ、ちょっとそれでまた新たな悩みが出来てな。レンタロウ、聞いてくれるか?」
「ああ。いいよ。おっさんが誰を選んだのか普通に気になるし」
「俺知らなかったんだけどよぉ。最近法律調べたらさぁ。日本って重婚は犯罪になるらしいんだわ。お前この事知ってたか?犯罪犯すわけにはいかねーし、どーすっかな。」
「...おっさん、本当に人として終わってるな。」
レンタロウが心底呆れ果てたといった顔を浮かべたと同時に、俺の竿先も震え出した。
「お、なんか引っかかったぞ。」
俺は思いきり竿を引き上げた。
お読みいただきありがとうございます。
面白く感じていただけたら、ブクマと評価していただけるととても嬉しく思います。
よろしくお願い致します。