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最終章19話〜だって〜

 ユカちゃんやレンタロウに話かけられているうちに、メズとハルの喧嘩は更にヒートアップしていた。...何かもう二人の暴言の言い合いも行き着くところまで行き着いたといった様子だ。


「男とっかえひっかえしてるヤリ⚫︎ンのくせにアルゴちんに近づいてんじゃねぇよ!私にはアルゴちんしかいないんだから、私から奪わないでくれる!アルゴちんに相応しいのは、私のような清純な女だけよ。このクソババア。」


 ハルはメズにビンタを叩き込みながら、そう叫んでいる。


「はぁあああ!?ヤリ⚫︎ンだぁ。ふざけんじゃないわよ!私は処女だ!!!!それにババア?私はまだ二十四で若いし、適当言ってんじゃないわよ!ハル、てめぇ!⚫︎すぞ!」


 メズもそれに対抗して、ハルの胸ぐらを掴みあげながら叫ぶ。


「二十四で処女って、マジ?リアルのビジュ良くて、そこまで彼氏できないとか地雷じゃん。メズちゃんの性格悪いの見抜かれてんじゃないの?」


「ッ!あったまきた!てめーだって清純とか言ってるけど今まで恋人出来た事ないだけだろ!クソみてーな人間性しやがってよお。」


 もはや、ハルとメズの二人は完全に周りが見えてないようで、どんどんとプライベートな話までし始めている。


 ...こいつら、俺達だけじゃなく周りの見物人にまで聞かれてんの分かって言ってるんだろうか。ササガワなんかドン引きし過ぎて、さっきから一言も喋っていない。ある意味この状況はササガワが一番ショック受けてるかもしれない。ハルはラビッツフットにいた時は、まるでササガワを弟のように接してくれていたし、メズも自分を応援してくれるファンであるササガワの事を本当にありがたく思っていたしな。...この二人の喧嘩を見るのは複雑だろうな。


 メズはハルの胸ぐらを掴み上げたまま、「アルゴをラビッツフットから、追い出させたのもあんたの策略でしょ。この一連の何もかも、ハル、あんたが関わってる気がしてきたわ。」と言う。メズの目つきは、鋭く真っ直ぐにハルを見据えている。


「へぇ。よく分かったじゃん。でも、ほんっと全部うまく行かない!ナイトアウルからメズちゃん追い出して引退に追い込んで、ラビッツフットからアルゴちん追い出して、レベル上げも出来ない、どこにも行き場のない傷心のアルゴちんと私で二人だけの世界を築こうとしたのに。」


 ハルも一切怯む事なく、平然とメズにこう言い返した後、「...あのメスガキさえ現れなければ。全てうまく行ったのに。」


 忌々しげにそう言って、ハルの視線がユカちゃんの方に向いた。そのほんの一瞬をメズは見逃さなかった。チャンスとばかりにメズがハルの腕を捻り上げる。


「クソッ!!離せ!!!何しやがる!」


 メズによって腕を捻られ、押さえ込まれたハルは、「離せ!離せ!」と叫びながら、自身を拘束するメズの腕を剥がそうと暴れ回るものの、あまりにも大きなメズとのレベル差だ。一向にそこから抜け出せる気配はない。


「...私の勝ちよ、ハル。まったく、手こずらせたわね。裏工作ばっかして!私と正々堂々と戦えばいいものを。そんな変な事ばっかしてるから罰が当たったのよ。」


 本来、レベルの差を考えれば、もっと早く勝負がついてもおかしくなかったはずだ。似たような状況として、以前俺もモノーキーで蕨餅と対峙したが、あの時は頭突きを一発当てるのが精一杯だった。それを考えると、ハルのプレイングはメズに負けたとはいえ、恐ろしい程に卓越していたものだと言えるだろう。


「離せよ!クソ!メズちゃんと正々堂々なんて戦える訳ないじゃん!裏工作の何が悪い!...だって。」


 メズに対して語気を強め、息を切らしながら、声を荒げていたハルだが、何故か突然その続きの言葉を言う事なく突然黙り込んでしまう。


「だって、何よ!」


 メズが上から押さえ込みながら、言い淀んだハルへ一喝して問い詰める。


「...だって、」


 ハルはギリッと歯噛みをするも、今度は先ほどとは違い、消え入りそうなほど弱々しくか細い声で復唱するハルの目には薄っすらと涙が滲んでいる。涙を払うように一度力強く瞼をギュッと閉じると、何かを決心したかのようにハルは拳を握りしめて叫んだ。


「...だって!メズちゃんがアルゴちゃんを好きなら、私が、絶対に勝てるはずないじゃん!!!!」


「は...?」


 ハルの言葉にメズが息を呑んだ。大平原には、ハルの悲鳴のような怒号がこだましている。


「メズちゃん。私と話す時いつもアルゴちゃんの話しかしないし、文句言いながらあんな可愛い笑顔でそんなの聞かされてたら、誰だって、ああ、好きなんだなって、分かるじゃん!」


「ちょ、ちょっと待って。す、少し整理させて。あ、アルゴちゃん?その呼び方と言い、なんであんたが。嘘。だって...。」


 ハルの言葉にメズは目を丸くして驚いている。どうやら、メズもようやく自分が相手にしている人物に気づいたらしい。けれど、それを信じたくないのか信じられないのか、メズは錯乱し二の句を継げないでいる。そんなメズにハルは目を剥き、この大喧嘩において一番の大声で怒鳴りつける。


「...メズちゃんがアルゴちゃんに好意を持ってるそれだけで、もう勝負にならないんだよ!!!インキャの自己肯定感の低さ嘗めんな!私がアルゴちゃんと付き合ったとしても、メズちゃんの誘惑の一撃で私からアルゴちゃん剥がすのなんて、メズちゃんなら楽勝なんだよ!絶対に性欲塗れのアルゴちゃんは浮気するんだから。」


 ...まるで俺の事を何一つとして信用していないような無茶苦茶失礼過ぎる事をハルが叫んでいる。こいつ内心では俺の事をこんな風に思ってたのか...。


「一度手にしたものを無くすのなんて絶対に嫌だったから、アルゴちゃんの誘いを全部断ってきたんだよ!メズちゃんはキラキラ女子大生!それに比べて私は高校中退の引きこもり!!これでどうやって戦えっていうんだよ!メズちゃんは現実でも美人じゃん。声だって可愛いし。でも、私は化粧の仕方一つ知らなかった!自分のこの声も大嫌い。」


 ハルは声と手を震わせながら、堰を切ったように泣きじゃくり、絶叫している。


「メズちゃんにはアバンダンドですらリアルで会える友達、ミラもいる。アルゴちゃんとだってオフ会で会ってたじゃん。あの頃私が現実にいた友達はゼロどころか、中高でイジメられて対人恐怖症。会いたくたって会えなかったんだよ!」


 ハルはメズに対しての鬱憤だけじゃなく、今までの彼女の人生においてずっと我慢してきた感情を、溜まっていたものを全て吐き出すように慟哭している。


「不公平じゃん!おかしいじゃん!メズちゃんみたいにうまくいく人は何をやっても全部うまくいくのに。私はやる事なす事全部失敗するのに。何でメズちゃんは敢えて何も持って無い私から奪おうとすんだよ!」


 呑み込まれそうになるほどのハルの絶叫に、メズは一瞬、「ご、ごめ、」と口にするも直ぐに口を固く結び、深く瞬きをした。


「...う、う、うるさいっ!!!!じ、自分が自分がばっかり勝手なこと言って!わ、私だって、あんたに言いたい事、言ってやりたかった事は、たっくさんあるんだから!!」


 ハルを押さえつけながらそう言うメズの声も震えている。


「私だって常々あんたになりたいと思ってんだよ!好きな人が憧れの人に告白してるところ見たことあんのかよ!どんだけ辛かったと思ってんのよ。それでも受け入れて、私はずっとあんたらの事応援してやってたんだろうが!」


 思い返せば、メズがあいつにこんな強く言い返している記憶は俺にはひとつもない。それだけメズにとって、あいつはミラリサよりも、レグルよりも、ナイトアウルの誰よりも、憧れ、信奉していた存在だったから。


「私、ずっと勝てないと思ってたのよ。絶対にこれ口にしたくない言葉だったけど。良い機会だから言ってやるわ!私ね。あんたが引退してようやくチャンスが訪れたと思ったわ。いい!?いなくなったんなら、ACOに戻って来ずに諦めて、私に譲りなさいよ。」


「...マジで超むかつく。メズちゃんなんか大っっ嫌い!!!絶対に二度とメズちゃんなんかに譲るもんか。いい!あんたが私に、」


 ハルもまたそう言って、怒りをメズにぶつけている最中、黒い光が突然二人を包み込んだ。黒い光に包まれたハルとメズは足元から姿が徐々に消え始め出している。


「ちょ!何これ!ふざけんな!まだ話は終わっ」


「私だってテレ、」


 ハルとメズの叫びも虚しく打ち切られ、突然の黒い光と共にメズとハルは大平原から姿を消した。


 こうして、この見苦しくてぶちまけまくった大喧嘩は消化不良気味に、突然の終焉を迎える事となった。とはいえ、残された者はそう簡単にこの展開は受け入れられないらしい。


 想像だにしていなかった顛末に、ユカちゃんは慌てて、「モ、モノーキーさん!メズさんとハルさんの二人ともどこかに消えてしまいましたよ!どうしたんでしょうか!」と俺の体を揺らしながら尋ねてくる。


 ユカちゃんには、メズとハルの二人に一体何が起きたのか分からないらしい。まぁ、ユカちゃんには無縁の事だろうからな。普通にプレイしてたら、この光景はまず見る事はないし。


「...いや、まぁ。当然っちゃ当然の事が起きたってだけだ。」


 慌てているユカちゃんとは対照的に、この喧嘩がようやく終わってくれた事で、漸く安堵出来た俺は至極冷静に答える。


「モノーキーさんはお二人がどこに行ったのかわかるんですか?」


「ああ。あの黒い光のエフェクトは固有だからな。プレイヤーサーチかけるまでもない。ヴォルトシェル地下層にメズとハルはいるはずだ。」


「...ヴォルトシェルに地下層なんてあるんですか?初めて聞きました。」


「まぁ、普通にプレイしてたら、絶対行けないエリアだからな。」


「...何があるんですかそこ。」


「規約違反のプレイヤーを収監する刑務所だ。」


「...ああ、そういう。」


 俺のその言葉を聞いて、ユカちゃんも全て察したようで、こめかみに第二関節を当てながら軽く目を瞑り、何とも言えない表情を浮かべている。


「あんだけリアルタイムフィルターまみれの言葉叫びまくってたら、ゲームマスターにしょっ引かれて当然だからな。今頃二人ともGMにこっぴどく説教されてるところだろう。」


「あの、刑務所って事は、二人ともアカウント停止されちゃうんでしょうか?」


「いや。ならないだろ。あそこに行くのはだいたいアカウント停止には至らないけれど問題のある行為や発言をしたプレイヤーが対象だ。だから、安心しとけ。気が済むまで刑務所で二人で喧嘩させとけば良い。時間は限りなくあるからな。GMは大迷惑だろうがな。」


「...詳しいですね。つかぬ事をお聞きしますが...モノーキーさんは呼ばれた事あるんですか?」


「ああ。俺が呼ばれる度にGMから、またあなたですかと呆れられるくらいには常連だった。」


「...メズさんとハルさんのあの暴言でも、刑務所行きくらいで済んでるのに、モノーキーさん。一発アカウント停止って、あの時何を言ったんですか」


「...あまり気にすんな。過ぎ去った事を探っても良い事はないからな。」


「...まぁ、言いたい事は沢山ありますけど。...とりあえずお帰りなさい。モノーキーさん。」


 これから俺の事を待ってる問題は、非常に山積みで、考えるだけで頭が痛くなりそうだし、本当にどうしたらいいものだか分からない事ばかりだが、とりあえず、今は考えるのはやめだ。俺が今言うべき言葉は、これだけだ。


「ああ、ただいま。」


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