最終章18話〜そんなんじゃありませんよ〜
「ね、アルゴちん。多分、私に対して言いたい事、聞きたい事。...怒りたい事ってあるよね?」
ハルは軽く自身の唇を舐めた後、気まずそうに俺に向き直って、そう言う。
俺はハルの目を逸らすことなく見つめ、こくりと頷き、「当然だ。」と答える。ハルの言う通り、俺には彼女に言いたい事、聞きたい事は山ほどある。俺の今考えてる事が真実だとしたら、悪趣味な冗談でしたちゃんちゃんで笑って済ます事は絶対に出来ない。
俺の返答にハルは観念したように力なく笑う。
「...だよね。だから、私がアルゴちんに嫌われたって当然だと思う。だけど、一つだけアルゴちんにお願いしたい事があるんだ。...良いかな?」
「...何だ。とりあえずは聞いてやる。」
「えっと、これからするメズちゃんとの喧嘩だけは最後までさせて欲しい。だから、何があっても止めないで欲しいんだ。じゃないと、全力でメズちゃんと喧嘩出来ない。その代わり、必ず後で、アルゴちんには話すから。約束する。許して貰えないかもしれないけど。絶対に話するから。」
「...分かった。俺は止めない。その代わり必ず話せよ。」
俺の言葉にハルは、「ごめんね。ありがとう。」と申し訳なさそうに両手を合わせ、頭を下げると、すぐにメズへと向き直る。
「...さて、アルゴちんに許可もらったし。喧嘩しようか。ね。メズちゃんも私に聞きたい事って、山ほどあるでしょ。良いよ。何でも答えてあげる。」
「...ええ。あるわ。一度聞いておきたかったのよ。何でアンタはそんなに私の事を嫌うのよ。私がハル、あんたに何かした?何かしたなら、それは素直に謝るわ。ただ、私悪いけどハルにはそんな事した記憶ないんだけど。」
「...確かにメズちゃんは私に何もしてないよ。嫌う理由か、そうだね。強いて言うなら、メズちゃんが何もしなかったからかな。アルゴちんとメズちゃんが付き合ってたのなら、私は諦められてたんだからね。」
「はぁ?諦める?アルゴと付き合ってないから、私が恨まれる?意味が全然分からないわ。何もしてなくて嫌われるとか、こっちはたまったもんじゃないわ。もっと、ちゃんとした理由を教えなさいよ。理由を。」
「良いよ。んじゃ、ちゃんと分かりやすく教えてあげる。ね、メズちゃん。あなたは美貌も社交性も学歴もあるよね。生きてくのに必要なもの全部持ってるじゃん。素直に凄いって思ってるよ。」
「...別に。言うほど全部持ってるわけじゃないわ。大学だって、別にそこまでランク高いところじゃないし。就活で病む程度には社交性もないわよ。過大評価が過ぎるわ。ま、美貌だけは否定しないけど。」
「...やっぱ、メズちゃんは分かってない。そう言うのが一々ムカつくんだよ。そう言って、自分は強者の癖に、持ってる側の癖に弱者側に理解があるいい女みたいな態度に私は腹が立つの。今メズちゃんが謙遜して、切り捨てた些細なものすら、私には何一つ持ってなかったんだよ。」
ハルの口から、ギリッとした歯軋り音が微かに聞こえてくる。
「...でも、...それでも、唯一私もメズちゃんに勝てる、マウント取れるカード。スペードのエース持ってたんだよ。それが、私の残された最後のプライドで、ずっと大事にしてたの。誰にも渡したくなかった。」
ハルはプツプツと言葉を何度も区切り、徐々に言葉に怒気を含ませながら、メズへと答えていく。
「...でも、こんなゴミみたいな失敗作の私じゃ、幸せにしてあげられないと思って、メズちゃんに譲ってあげたのに!アルゴちんと何もなかったじゃん!じゃあ、メズちゃんがいらないなら、私が貰ったって良いでしょ!何で私が欲しがったら、今更メズちゃんまで欲しがるの!?ムシが良すぎだと思わないの!?」
そう言って、ハルは前蹴りをメズに叩き込んでいる。
「っ!何すんのよ!!!!」
ハルの突然の蹴りにメズが叫んだ。
「あー、ごっめーん。バ⚫︎女にめちゃくちゃイラついてつい、蹴飛ばしちゃったぁ。」
ハルに蹴飛ばされ、メズは少しバランスを崩す。それでも、ハルのサブキャラクターであるユズのレベルは11。殆どダメージは喰らってはいない。しかし、いつ爆発してもおかしくない緊張状態、一触即発状態の二人だった。このハルの一撃で、遂にメズも我慢の限界を迎えたようだった。
「つい、だぁ?超ムカつく!んな!低レベルキャラの攻撃が私に効くわけないに決まってんでしょ!てめえが⚫︎ね!!!!」
すかさず、メズもユニークの三叉槍をハルに向かってぶん投げる。ただ、ハルはその場から一歩も動かず顔だけ動かして、投擲を避けている。
...あいつ、躊躇なくハルの顔面目掛けて槍ぶん投げてるな。
「避けてんじゃねーよ!大人しく喰らって死体のまま私の話聞きなさいよ!」
「はぁ!?んな雑な攻撃が、私に当たるわけねーだろうがぁ!下手くそがよぉ!てめーとはプレイヤースキルダンチなんだよ。」
次はハルがメズの元にまで一気に距離を詰め、顔に顔にビンタしようとするが、メズの持ってる小型の盾、バックラーで防がれる。
「うっざ!!!ハルの言ってる事全然分かんないし。お前がいつ私に譲ったって言うんだよ!それにね、恋愛ってのは待つ事も大事なんだよ!そういう健気な女に男は惹かれるもんなんだよ!あんたみたいなガツガツ下品な女と私は違うんだよ!」
メズはメズでユズのポニーテールを掴み、逃げられないように自分の元へと引っ張ると、ハルはジタバタ暴れ出す。
「...クソ、離せって!!やっぱアンタの事嫌いだ!待つなんてどこまでもお姫様思考。何一つ共感出来ない。恋愛なんてのは攻めてこそなんぼだろうが!勝ち取らなきゃ、手に入れなきゃ、何の意味もねーだろ。」
ハルは腰に身につけていた鞘からナイフを取り出し、ポニーテールを自分で切り落とすと、メズの拘束から抜け出して距離を取っている。
大平原の雄大な大地にユズのミルクティー色をした髪の毛が風に乗ってふわりと舞い落ちる。ユズの髪型はロングからハルの時と同じようなショートボブになっている。
「クソ!!ショートになっちゃったじゃん!アルゴちん好みのロングの髪型元に戻すの。ゴールドかかんのに余計な事させんじゃねーよ!」
「勝手にあんたが自分で切り落としたんじゃない。私のせいにしないでよ。私だって、ハルの事嫌いだわ。ハルのやってる事は、自分を捨てて、人の顔被って、男の好みに擦り寄ってるだけじゃない!そんな腐ったやり方するなんて、女としてのプライドないの?自分自身を磨いて、男から告白させてこそ、いい女だろうがぁ!」
「擦り寄る?研究と努力だろの間違いだろ!努力は絶対に私を裏切らない。恋ってのは、努力で勝ち取るんだ!努力と正義は、絶対に勝たなきゃならねーんだよ!」
「あんたのどこが正義よ。どっからどう見たって、悪役じゃない!いい!?私の方が、ハルより先に出会ったんだから、譲りなさいよ。どう考えても邪魔してんのはハルの方じゃない!」
「先に出会ったから何だってんだよ。何のマウントにもなってないし、まるで弱者の発想じゃん!先に出会ったからアンタの運命の人。なわけねーだろうが頭花畑女!」
ハルとメズ、二人の全力での罵り合いとぶつかり合いに、何だ何だと、見物人が集まってきている。
大平原やダンデリオンの町は初心者向けエリアであり、ヴォルトシェルに比べれば全然プレイヤー数はいないはずなのに、どこにこんなに人がいたんだと思うくらいのプレイヤー達がメズとハルのやりとりを見ている。
「いい!?メズちゃんは、分かってないかもしれないけど、アルゴちんは働きたくないんだよ!私は今はフリーターだけど、正社員になるんだから、てめーみたいな無職とは、ちげーんだよ。無職が無職のアルゴちん支えられると思ってんの。共倒れだろうが!!」
「はあ!?何の為に貯金してると思ってんのよ!全部この男を養う為に決まってるじゃない!私は金持ちだ!フリーターは黙ってろ!金の力なめんじゃないわよ!」
「フリーターの何が悪い!虚業で儲けた金なんてすぐなくなんのよ。ストリーマーに戻れないメズちゃんなんか無職と一緒じゃん。」
その言葉を聞いたメズが、ハルに掴み掛かろうとするも、避けられるどころか、再び腹に蹴りをぶち込まれている。
「この私に!メズちゃん如きの攻撃が!当たるわけねーんだよ!!!!!!!」
ハルとメズの喧嘩は苛烈さを増していく中で、見物人達もざわつき始めている。ところどころで聞こえてくる、アルゴやハルという名前のせいだろう。
最初は、あれ?ストリーマーのメズが何か揉めてるなくらいにしか思っていなかった見物人達から、
「...ああ、メズと一緒にいるのアルゴとハルか。全員、人としてどうかしてるロクでもないプレイヤーだ。」と、呆れ声がチラホラと聞こえ始め出している。
...まぁ、別に本アカバレするくらいだけなら、まだ全然良いんだけどさ。どっちが俺の事を養えるかなんていうロクでもなさすぎる論議が始まり出したせいで、俺を見つめる見物人達からの刺すような視線が痛いにも程がある。
更には俺とハルがサブキャラで密会してるところをメズに浮気目撃現場取り押さえられたとこだの。
無職のくせに女に働かせて、ヒモ生活を送ろうとしてるクズだの。
ハルの姿見てみろよ。エルフの体にユカユカちゃんの顔つけさせるとかアルゴえげつない性癖してるなだの。
ラビッツフットとの防衛戦で見直したけど、やっぱり人間性は最低すぎるだの。
あちらこちらから勝手な事を言われ出し、俺の評価がとんでもない勢いで下がっている。自分のしでかした事で、ボロクソ言われるのは仕方がないと思ってる所はあるけれど、自分のしていない事でまで叩かれたくはない。
そもそもだ。俺はハルとメズどちらとも付き合ってるわけじゃないから、浮気もしてないし。そんな特殊な性癖があるわけでもない。というか、この件に関しては俺別に何も悪い事してないとすら思うんだけど...。
...だよな?
...してないよな?
クソ、ハルと喧嘩は止めないと約束はしたものの、この二人の喧嘩を止めなければこの喧嘩は激しさを増していく一方だ。これ以上妙な俺の噂がアバンダンド中に広がる前に止めないとヤバいことになる気がする...。
俺が二人を止めようと彼女らの元へと足を踏み出した瞬間、
「アルゴはそこで突っ立ってろ!てめぇが手当たり次第、女に気のあるそぶりみせてっからこうなってんだろうが!私に気がないんだったら、優しくしたり、二人きりのラーメンデートなんかすんじゃねえよ!人間のク⚫︎。」とメズが叫ぶ。
「ごめん。アルゴちん。私がいうのもなんだけどお願いだからそこで黙って私たちのやりとりを見てて!これは私のメズちゃんの問題なんだから!」とハルも叫んでくる。
...こうなると、俺は何も言えず、この大喧嘩が終わるまで待つ事しか出来ない状況だ。しかも、二人はまだまだヒートアップし続けており、この喧嘩が終わる気配など一向に見えない。一体どうするべきかとその場に立ち尽くし、考え込む俺の隣にユカちゃんが来て話しかけてくる。
「...おモテになられますね、モノーキーさん。お二人ともモノーキーさんの事を養う気満々じゃないですか。良かったですね。これから自堕落極まった優雅なヒモ生活が出来そうで。」
ユカちゃんは、じとーっと目を細めて俺を見つめている。...まるで汚物を見るような目だ。軽蔑しきっている。しかし、俺は意を決して、恐る恐るユカちゃんに聞いてみる事にした。
「...なぁ、ユカちゃん。俺は人間のク⚫︎やカスなのだろうか。俺、口は悪ぃの自覚してってけど、その分結構優しい人間だと思ってたんだけど。」
「...今更ですか?別にク⚫︎やカスなんて私は思っていませんよ。それに優しいのもその通りだと思います。ただ、その優しさを沢山の女性に振り撒いて、ちょっかい出してるからこんな事になるんですよ。ここが仮想空間で良かったですね。これ現実だったら、多分刑事事件になってますよ。」
俺の問いに対して、心の底から呆れたように、ユカちゃんは溜め息を吐いている。
「...なぁ、ユカちゃん。俺はどうしたらいいと思う?」
「知りませんよ、そんなの。私に聞かないで自分で考えてください。得意なのはモンスター討伐とPvPだけですか?」
ユカちゃんは冷め切った声で素っ気なく言うと、プイッとそっぽ向いてしまう。その様子を見ていたレンタロウが流石に不憫に思ったのか珍しく俺のフォローに入ってくる。
「...あー、おっさん。気にしなくて良いからな。多分、姉ちゃんもあの見苦しいアレに混ざりたかったんだと思うぞ。俺には理解出来ねーけどな。」
ユカちゃんは、レンタロウの言葉に、ふん、と鼻を鳴らしている。
「そんなんじゃありませんよ。」
お読みいただきありがとうございます。
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よろしくお願い致します。