最終章17話〜ペルセウスの剣〜
このだだっ広い大平原に、キャハハハハと口に左手を当て無邪気に笑う、私の甲高い声が鳴り響く。ここに集まった誰もが、私にドン引きしているのだろう。私のアルゴちんへの大告白に、誰もが言葉を失い、沈黙が流れている。
ようやく、この下卑た笑い方も大分板についてきたと自分でも思う。もはや、笑う時は自然とこの笑い方になる程度には馴染んできた。私は笑いながらも、目だけはじっとメズちゃんの顔を見つめる。
メズちゃんは気づいていないかもしれないけど、私がずっと参考にしてきたのはメズちゃんだよ。私を憎悪し、睨みつける彼女の顔は出会った時のまま美しい。
メズちゃんの魅力は鼻筋の通って、大きくパチリとした目、シュッとした輪郭の顔。後方に大きく伸びた耳などのエルフのグラフィックだけじゃない。大きな声で笑ったり、怒ったり、泣いたりと喜怒哀楽の感情をハッキリと外に出すその姿こそ、何よりも可愛い。きっと、現実でもこうやって、感情のまま振る舞う事が出来る可愛い子なんだろうなと、出会った時から常々思っていた。感情を外に出すって、やっぱ自信のある子しか出来ない事だと私は思う。
ハルになる前までの私には出来なかった事だ。メズちゃん、あなたは私の理想そのもの。私はメズちゃんに出会った時から、そんなあなたみたいに、ずっとなりたかった。だけど、今の私のユズの姿はメズちゃんにだって負けていないと思う。顔はアルゴちん理想の顔ユカユカちゃん。性格も私の理想のメズちゃんを真似し続けた結果、誰にだって強く出れるようになった。だから、このユズの姿は私の目指した完全体とも言える。
やっぱ、このユカユカちゃんの顔にして正解だった。よっぽどメズちゃんにとって、ユカユカちゃんは大事な人だったようだ。ラビッツフットで首を掻っ切った時も、ピアス狩りの時も、ナイトアウル戦の前も、どんなに煽っても、私に対しては落ち込むだけで、怒る事なんてなかったのに、今回は逆鱗に触れたらしい。こんな憎しみの表情を見せるメズちゃんは、いまだかつて見た事ない。
愛されてるなぁ。ユカユカちゃん。
私は目を細めて、メズちゃんへ微笑む。
ああ、ずっと、ずーっと、この顔が見たかった。漸く私を対等に見てくれた。これで喧嘩が出来る。メズちゃん達がこの場に現れる事は完全に予想外だったけど、今はそれはそれで良かったかもしれないと思い始めている。私は心のどこかで、こういうメズちゃんと喧嘩出来る展開を待ち望んでいたのかもしれない。
「...イカれてるわ。」
皆が沈黙する中、最初にそう言って口火をを開いたのはメズちゃんだった。
...イカれてるか。その通りだよ。私の頭がおかしくて、ぶっ壊れてるのなんてとうの昔から知っている。だけど、アルゴちんを想う、私の言葉に嘘偽りはない。この世界で生きていく事を諦めたあの日に、私は一度死んでいる。この命をアルゴちんの為だけに使っていく覚悟がある。
あーあ、ずっと隠していたかったなぁ。メズちゃん達が現れなければ、そういう未来もあったんだろうけど。流石にいくらなんでも、もうアルゴちん勘づいちゃってるよね。
私は隣にいるアルゴちんに、「ちょっと行ってくるね。」と告げると、ゆっくりメズちゃんの前に歩み寄る。
「ね、メズちゃん。アルゴちんが好き?」
メズちゃんの目の前に立った私は腰を屈め、下から覗き込むように一つ質問を彼女へ投げかける。
「...急に意味が分からないわよ。」
「逃げないで答えなよ。私にみたいにアルゴちんに好きや愛してるの一言でも言ってみなよ。どう言える?」
出した自分が驚くほどの冷々たる声で彼女に問うと、一瞬の沈黙の後、メズちゃんは覚悟を決めたのだろう。怯む事なく、私をまっすぐ見据え、「...言えるわよ。」と答えてきた。私はそんなメズちゃんに少しだけ感心した。
へぇ。あの頃は一言も言えなかったのに、少しはバカ女もマシになってるようだね。
私は屈めていた腰を上げ、スッと背筋を伸ばし、メズちゃんをまっすぐ見据える。
「じゃあ、言葉にして言ってみなよ。でも、誰かを好きなんて言っちゃったらアイドル売りしてるメズちゃんはもうストリーマーとして復帰出来ないんじゃない?それでもやれる?絶対に切り抜き動画がネット上に出て拡散されるわよ。裏アカバレの時みたいにね。私のように人生を賭けてアルゴちんを好きと言える覚悟はメズちゃんにあるの?」
「あ、アンタまさか!?」
メズちゃんは私の言葉を聞くと、震えた指で差してくる。メズちゃんの頭の中には、誰があの時の犯人かなんて想像だにしていなかったのだろう。ハッとしたような、呆然としたような、そんなどっちつかずの表情をしている。ここまで言えば、流石に気づいたか。
「あれ?ようやく気づいた?そーよ。あの時は私がメズちゃんの裏アカ拡散させたの。驚いた?」
「...何でアンタが私の裏アカ知ってんのよ。誰にも教えてないはず。分かるはずないのに。」
知らないわけないよ。私はメズちゃんの事なら全部知ってるんだから。趣味も言葉遣いも文体も知っている。一目見れば私にはそれがメズちゃんだって分かる。
「そりゃ、私がメズちゃんの一番のアンチだから。理由なんてそれで良いでしょ。でも、恨まないでよね。あんな事書き込んでたメズちゃんが、全部悪いんだから。」
「...んなの分かってるわ。私の罪を人に責任転嫁するほど、落ちぶれちゃいないわ。...全部背負ってくわよ。だけど、ハル。アンタにだけは遠慮なんかまったくしない。」
「良いよ。メズちゃん受けて立つよ。私も一回マジ喧嘩したいとずっと、ずーっと思ってたんだよね。言いたい事ぶつけ合おうじゃん。」
見えはしないけれど、きっと今向かい合う私とメズちゃんの間にはバチバチと火花が飛んでいるはずだ。
そんなピンと張り詰めた空気の中、ユカユカちゃんが、おずおずと挙手して、「わ、私も。も、モノーキーさんが。」とこの争いに参加しようとしてきている。これ以上参加者増やしてたまるかと私は叫ぶ。
「メスガキは黙ってろ!!」
「ごめん。ユカユカちゃん。今は大人同士の話なの。ちょっと子供は黙って静かにしててくれる?」
奇遇にもメズちゃんも私と同じ気持ちだったらしい。メズちゃんが大好きなユカユカちゃんに対して参加権は無しと言わんばかりに、冷たく言い放っているところにその本気度が感じられる。
「...はい。」
私とメズちゃんの迫力に押されて、ユカユカちゃんはしょんぼりと項垂れている。
...この姿を見ていると、流石にちょっと可哀想だったかもしれないという気持ちも若干湧いてくる。たださぁ、これ以上参加者増えても困るし、しょうがないじゃん。まぁ、とりあえずこれで邪魔者は消えた。
ハル。私がこの名前をこの子につけたのは、メズちゃんと正面からぶつかり合いたかったからだ。メズちゃんに負けないそんな覚悟の名前。だって、美しき怪物メデューサを討つのは、英雄ペルセウスの剣ハルパーに決まってるでしょ?
さぁ、メズちゃん。ラストバトルといこうか。ケリをつけよう。
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