最終章8話〜きっとこれからも長く〜
ガチャ、とギルドの玄関のドアが開く度に私は、ある言葉を言おうと思って彼の姿を待っている。しかし、今回も現れた人物は彼ではなかった。
「やっほー。ユカユカちゃん、レンくん。」
「どもっす。」
「あ、メズさん。こんにちわ」
私とタロちゃんが挨拶をした相手は最大手ギルド、ナイトアウルの元ギルドマスターであり、今はこの私がギルドマスターとして運営する、ファイブリーフクローバーのメンバーのメズさんだ。
いつものように元気良くハイテンションで扉を開けてきた彼女は挨拶をした私の顔を見て、「ごめんね。ユカユカちゃん。アルゴじゃなくて。」と笑いながら、冗談っぽく答える。
「す、すみません!わたし、そんなことは思ってなくて。」
私は慌てて自分の非礼をメズさんに詫びる。
私自身はこのギルドに現れたのがメズさんで残念なんて気持ちはまったく思ってはいない。それは本心だ。それでも、もしかしたら現れたのが彼でない事に対して、無意識のうちに少しだけ表情に出てしまったのかもしれない。
「良いの。良いの。気にしないで。私もユカユカちゃんの気持ち分かるから。」と、にこりと笑ってメズさんは言う。
「私も昔アルゴがナイトアウル出て行った時ね。いっつもそのうち帰ってくるんじゃないかって思ってて、ギルドに誰か来る度に、きっとそんな表情してたと思うわ。」
「なんか可愛らしいですね、メズさん。」
私がそう言うと、ふふん、とメズさんは得意げに鼻を鳴らす。
「でしょ。知ってる。超可愛いのよ、私。あと同じ事してるユカユカちゃんもね。あーあ、あいつ本当バ⚫︎よねぇ。こーんな超可愛い私とユカユカちゃんがいるギルドに来ないなんて。」
「...何でモノーキーさん。ここに帰ってこないんでしょうか。ライクス島を取り返したら、すぐ戻ってくるって言ってたのに。」
「...そうねぇ、どうしたのかしら。でも、きっと事情があるんだとは思うわ。...あの男優しいからね。あいつには言わないけど、感謝しても感謝しきれない事ばかりよ。」
「モノーキーさんは考えなしに何かする人じゃないですもんね。...その為の手段はあらぬ方向でする事も多いですが。」
「そうね。いっつも訳の分からない事してるけど、あれがあいつの優しさなのよね。昔は自分勝手にナイトアウル抜けたと思い込んでたけど、私もあの時は若くて焦ってバ⚫︎だったわ。アルゴがそんな事言い出すなんて、必ず理由があるはずだったのに、そんな事考えようともしなかったわ。」
「あの、メズさんのところには連絡とかないんですか?」
「ないわね。アルゴが私のメッセージ見ないなんていつもの事だから。」
メズさんが苦笑いを浮かべながらそう言ってるのを見て、「なぁ、それって、そこまで複雑な話じゃねーだろ。」と、それまで黙っていたタロちゃんがポツリと口を開いた。
「姉ちゃんもメズさんも、そんなにおっさんの事が気になるなら、おっさんが今所属してるナイトアウルに行って話聞いてみたら、何か分かるはずじゃん。そんな単純な事何でしねえの?」
「ちょ!...タロちゃん!」
私は咎めるように、少しだけ強い口調で弟の名前を呼ぶ。タロちゃんが言う事はもっともだ。現在のモノーキーさんの事が分かる人に聞けば良い。それが一番手っ取り早い。ただ、そんな事はメズさんが一番分かっているはずだ。でも、メズさんはナイトアウルに顔を出せない事情がある。口で言うほど簡単な話ではない。
私は弟の非礼な振る舞いに対して、気分を害していないかと、メズさんの表情を横目で一瞥する。メズさんは最初困ったようななんともいえない顔をしていたが、すぐに意を決したようなそんな少しだけ穏やかな表情へと変化していた。
「...そうね。私がナイトアウルに聞きに行くのが一番手っ取り早いわよね。最初からナイトアウルに行くべきだったわ。ありがと。レンくん。」
感謝の言葉を述べるメズさんに対し、馬鹿な弟は、「ああ、いいってことよ。」とメズさんに視線を合わせる事もなく、右手を振りながら飄々とした口調で良い事言ってやったとばかりに呑気そうな馬鹿面で答えている。
あとでとっちめてやる。覚悟しときなさいよ。...まったく気づいてて言ってるのか、それとも気づかずにタロちゃんは言っているのかは分からないが、目の前にいるメズさんは手が微かに震えている。内心はナイトアウルに行くのが、怖くて怖くて堪らないのだろう。領土防衛戦を見に行く時だって、モノーキーさんとナイトアウルの皆に迷惑をかけるからと何度も辞退していたメズさんを私が必死に誘ってようやく一緒に来て貰ったのだ。
「メズさん、私も一緒に行っていいですか?私もモノーキーさんの事を知りたいですし。」
私はギルドマスターだ。メンバーが辛そうにしていたら、それを支えるのが役目だと思う。
「ごめんね。ユカユカちゃん。もちろんオッケーよ。じゃ、ギルド本部に行って良いか、ナイトアウルのメンバーに個人チャットしてみるね。」
メズさんはそう言ってから、一分ほど経つと、神妙そうな顔つきが少しだけで安堵した表情へと変わる。
「...待ってるって。」
―――
それから、私はメズさんと共に二層にあるパイラル城の横にあるゲートをくぐり、移動用魔法陣から一層の蒼穹回廊へと移動する。ここはつい先日ようやくレベル50になって訪れる事が出来るようになったエリアだ。それまでは、私以外の五つ葉のクローバーの全員が入れるエリアという事もあって、私はこの場所に少しだけ疎外感を感じていた。でも、今は私だって入る事が出来る
まだまだ、私はモノーキーさん達と比べれば弱いけれど、こうして少しずつ新しいエリアにだって行けるようになって来ている。メズさんだって、再び蒼穹回廊に戻って来る事が出来た。ゆっくりでもこうやって前に進み続けてさえいれば、必ず何か少し変わる事はある。
私達が乗ってきた一層の魔法陣の少し先に、セミロングの長さの橙の髪色の女性エルフが一人立っているのが見える。彼女は私達の姿を見つけると、走って近寄って来た。私の隣にいるメズちゃんは緊張からだろうか。とても強張った表情をしている。
「メズちゃん。久しぶり。元気にしてた?」
快活な声で、橙色の髪色のエルフ、ミラリサさんが呼びかけた瞬間。メズさんが蒼穹回廊中に響き渡るような声で叫んだ。
「ミ、ミラぁ。ごめんねぇ!わたしが大バ⚫︎だったぁ。本当にごめん!あ、会ってくれるなんてお、おも、思えなくて、」
メズさんはミラリサさんの姿を見るなり、その目からポロポロと大粒の涙をこぼし、ミラリサさんに謝っている。その涙はACOのグラフィックに過ぎないけれど、VRゴーグルによって現実の彼女の表情を読み取り、それを映し出している紛れもない本当の彼女の姿だ。だから、この彼女の涙は私には本物の涙となんら遜色のないものだと思う。
「泣かない、泣かない。私達こそごめん。テレスがいた時が楽し過ぎて、あの時を変えたくなくて、メズちゃんにテレスになってもらいたくて、全部押し付けて。」
「私、い、色々ま、間違えちゃった。私じゃテ、テレスに、なれなかった。良くない事いっぱいしちゃった。私、あ、アルゴに全部押し付けちゃった。ごめん。ご、ごめんなさい...。」
メズさんは手と声を振るわせ、言葉に詰まりながら嗚咽している。私の知っているメズさんはいっつも明るく、誰かに何か言われたとしても気丈に振る舞っていた。こんな慟哭している姿なんて見せた事がなかった。
このメズさんの姿を見て、私はあまりの悲痛さに胸が締め付けられる。メズさんの自業自得と言ってしまえばそれまでだが、それでも会う人会う人に引退しろだの、死ねだの、殺すのだの、沢山の暴言を吐かれ続けてきたのだ。悪口を言われたら、誰だって傷つく。一つ暴言を吐かれる度に、メズさんが他者にやった事がいかに人を傷つけるものなのか、彼女自身もそれを身をもって体験してきた。だからこそ、このメズさんの懺悔は心からの反省だと私は思う。そしてそれはミラリサさんも私と一緒だ。
「分かってる。アルゴもナイトアウルの皆も分かってる。私達もメズちゃん追い出しちゃって、一人にさせてごめん。追い出すんじゃなくて私達のすることは一緒に謝る事だったのに。本当にごめん。」
まるで、子供のように泣きじゃくりながら、手の甲で涙を拭っているメズさんにミラリサさんが優しく答える。
「で、でも、ほ、他の人たち、わ、私が傷つけちゃった人たちに謝っても、わ、私の事を許してくれないのは分かってる。そ、それだけの事はしちゃったから。み、皆にそんな事背負わせられない。」
「...メズちゃん。ライクス島奪還してからレグルやナイトアウルのみんなと話し合ったんだ。ライクス島取り返したらもしかしたら、メズちゃん戻ってきてくれるかなって。」
「え...。」
「もちろん、メズちゃんを追い出したのは私達だから、私達からメズちゃんに連絡するなんて虫が良過ぎるのは分かってる。それでも、もしメズちゃんから私達に連絡が来たら、一緒にみんなに謝ろうって決めたの。お願い。私達もメズちゃんと一緒に謝り続けさせて。」
ミラリサさんはメズちゃんの手を強く握って、頭を下げている。その姿を見て、私はメズさんに良かったねと思う気持ちの反面、これからの彼女のことを思うと、再び胸が苦しくなる。
きっと、これが物語なら、彼女は謝ってなんだかんだで許されるのだろうけれど、これは現実だ。現実は優しくはない。現在メズさんは無期限謹慎中だ。いずれ、ストリーマーとして活動を再開させる事を考えているかもしれないけれど。そう、うまくはいかない筈だ。
メズさんのやった事を許せない人から、粘着されてしまう事もあるだろう。本気で反省したとしても暴言を言われ続ける事になるかも知れない。それどころか、もしかしたら、二度とストリーマーとして活動する事も出来ないかもしれない。でも、それは仕方のない事かもしれない。メズさんが存在している限り、いや、もしかしたら、いなくなったとしても、永遠に許される事はないかもしれない。この現代社会で間違いを犯すと言うのはそういう事だと思う。
きっとこれからも長く、メズさんは自責の念に苦しみ続ける事になるはずだ。それでも、これから彼女に訪れる長い、非常に長い罪と苦しみをミラリサさん、ナイトアウルの方々、そして私も、少しでも一緒に分かち合っていけたらといいなと思う。
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