最終章5話〜負けたくない〜
初めて会った時、彼女のジョブは音楽家だった。あの日、私は渓谷にいた。ここを訪れるのはヴォルトシェルに向かう為に、アゼイリの町のあった砂漠を越えて、辿り着いた時以来だろうか。初めて訪れた時は今まで砂漠の荒涼とした風景しか見ていなかった分、このエリアの森林や川などの自然の豊かさに非常に感動したものだ。自分より遥かにレベルの高いモンスター達に背中を追われながら、命からがら必死に駆け抜けたあの時の記憶が蘇ってくる。
私が再びこの渓谷訪れたのには理由がある。レベルを30から31あげる為には、【動き出す粘液】というアイテムが必要だったからだ。この【動き出す粘液】というアイテムを落とすのはスライムだ。世間一般的にはドラゴンに次ぐほどかなり知名度の高いモンスターではなかろうか。ただ、スライムと言っても、まったく可愛さのかけらもない、目も口もなく、ただのドロドロとした水溜まりみたいなモンスターだ。盗賊はこのスライムには滅法相性が悪いらしく、いくら待っていても私はどこのパーティからも誘われなかった。
ま、別に良いんだけどね。パーティに誘ってくれないなら、ソロで倒せば良いだけだ。スライムの対処法なんていくらでもある。そりゃあ、ソロだからパーティで倒すより時間はかかるし、ポーションやらなんやらでお金もかかるだろう。しかし、ソロならではのメリットもある。スライムを倒し、【動き出す粘液】をドロップすれば、確実に自分のものになる為、むしろソロでやる方が私には合ってるのかもしれない。
毒を入れたら距離を取り、スライムの攻撃範囲外から矢を射る。通常攻撃なら、多分私なら全避け出来る。雷魔法が来たら、ポーションで回復。このタイミングさえ間違えなければ、うん、大丈夫。多分倒せる。
これから倒す相手であるスライムへの対処法に頭を巡らせていると、「出たぁああああああああああ。」という甲高い声の女の叫びで、私の思考は遮られた。
うるっさいなぁ。何アピールだよ。
私は若干苛つきながら、周囲を見渡すと、エルフの女に対して多くのプレイヤー達が、おめでとう!おめでとう!と彼女を讃える言葉を投げかけており、エルフの女は涙を流して喜んでいた。相当このアイテムを手に入れるのに苦労した事が察せられる。状況からして、多分このエルフの女が先ほどの叫び声の主だろう。私はそんな彼女の姿を冷ややかに見つめる。だって、そんな低確率ドロップのアイテムを五人でパーティ組んでランダム入手なんてやってたら出なくて当然じゃん。
私は呆れながら、エルフの女の事を見つめ続けていると、彼女の更に奥に水溜まりのようなものが湧くのが確認出来た。私はそのチャンスを見逃さず、水溜りもとい、スライムに矢を射ると、スライムはズリズリとこちらの方に向かってくる。
占有権を私に取られたからだろう。「ちっ、ソロでやられるくせにわきからとってんじゃねぇよ」と、周りからヒソヒソ陰口が飛んでくるが、私はそんな負け犬共の遠吠えを聞いて、思わず笑みを浮かべてしまう。
まずは毒だ。近づいてきたスライムにアシッドスラッシュを叩き込むと、すぐさまスライムも触手を伸ばして、私に直接攻撃を仕掛けてくる。
食らうわけないじゃん。こんな攻撃。
私は上体を少しだけ後ろに逸らし、スライムが伸ばしてきた触手を紙一重で避ける。このくらいの攻撃なら余裕で見切れる。それからすぐに身を翻し、後方へ距離を取りながら、スライムへ矢を射る。
再び、スライムは触手攻撃を仕掛けてくるが、さっきの一撃で大体攻撃距離は把握出来ている。私の位置に攻撃は届かないのを確認すると、私は二発目の矢を射る。私に攻撃が届かないのを理解したスライムは触手を伸ばすのをやめ、雷魔法の詠唱を始め出す。
ち、こればかりは避けようがない。
私はポーションを手に持ち、雷魔法に備え出す。スライムの詠唱が終わり、雷魔法が発動されると、私は手に持っていたポーションを急いで自分自身に使う。HPの大半がスライムの雷魔法で持っていかれるが、ほぼ同タイミングで私のHPはポーションによって回復する。やはり、ポーション一本では足りない。少なくとも三本は使わないと次の雷魔法の一撃は耐えられないだろう。
回復に努め、無防備となった私のその隙を逃すまいと、スライムはズリズリと私へと距離を詰め、触手を伸ばしてくる。私はその場から一歩も動かず、上体を逸らし、触手攻撃を避けながらポーションを飲み干す。
所詮はゲームのモンスター。こんなものか。
もし、こいつが二連発で雷魔法を放っていたとしたら、私とて対処法は何もなかった。だが、先ほどから周りのスライムの戦いを見ていて気づいた事がある。
距離がある相手に対しては雷魔法の後のプログラムされた動きとして、雷魔法の連発よりも優先度は距離を詰める事にあるらしい。触手攻撃であれば私はほぼ確実に避ける事が出来る。こうなると、もはや勝ったも同然だ。
せっかく、距離を詰めてきてくれたんだ。状態異常を他にも入れる事にしよう。
今度は麻痺攻撃であるパラリシススティングをスライムに打ち込み、先ほどと同じように上体を後ろに逸らし、攻撃を避ける。そして再び距離を取り、矢をスライムに放つ。こうなってしまえばもはやルーティンでしかない。何度かこの工程を繰り返しているうちに、スライムは光となって消えて行った。
お、ラッキー。一発で落としてんじゃん。
私はスライムが落とした粘液を拾い上げると、何やら視線を感じる。周りに目を走らせると、私がソロでスライムを倒し切った事で、周りのプレイヤー全員が私を見て絶句していた。ドン引きしているらしい。人外でも見るような目つきだ。私からしたらこんな程度の相手、一人で勝てない方がおかしいのだが。
「あなた!凄いわね!あのクソスライムをソロで倒しちゃうなんて、どうやってんのそれ!」
周りのプレイヤー達がドン引きして立ち尽くしている中、先ほど甲高い声で叫んでいた金とピンク色の二色の髪色をしたエルフが私に話しかけてきた。
正直に言うと、この時私は彼女の事が怖かった。別にこの子に何かされたわけじゃないし、ただの私の偏見なのだけれど、こうやってデカい声を出す女性を見ると、昔私をいじめてきた子達を思い出してしまった。
生まれてこの方こういう子はいじめられたり馬鹿にされたりした事はないんだろうな。きっと、こういう子は躊躇う事なく、自分が良いなと思った選択肢を選ぶ事が出来るのだろう。
私が選ぶ事の出来なかったたエルフの姿も相まって、彼女を見ていると自分に対する卑屈さが増してしまう。せっかくの別世界なのに、こういう子とも一歩も引かずに対等に付き合っていきたかったのに、心の奥底に根付いた私の負け組の意識がどうしても引きずってしまう。
「あ、えっと。その、」
突然話しかけられた事もあり、私は少し言葉に詰まってしまうと、私が彼女に怯えているように見えたらしい。エルフの女は、「...あ、ごめん。急にこんなおっきな声で話しかけたら怖いわよね。」と頭を下げて謝ってきた。
この人の本意は違うのだろうけど、何だか見下された気分になってしまった。私にもプライドはある。この子に負けたんじゃなくて、元々私はこういう喋り方なんだという風に振る舞う事にしよう。
「え、えっと、その、わ、わたし昔からこういう詰まっちゃうような喋り方なんだ。ごめんね。誤解させるような話し方で。大丈夫。全然あなたの事怖くないよ。」
何となくこの子にだけは負けたくない。そう思った。
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