第2章3話〜私が招いた事です〜
「...ぶっ飛ばすって、どうすんだよ。俺がPvPで倒すとかか?」
確かに弟君のレベルは70超えで、魔剣士もPvPに強いジョブである。レベル80以上の相手でもない限り、簡単に負けはしないだろう。...だが。
「何の意味もないだろ、そんなの。お前がそいつをPKしたとしても、どうせすぐまた戻って来るだけだ。」
現実と違って、これはゲームだ。別に相手を倒したからと言って、そいつが何か罰則を受けるわけでもない。
「んじゃ、どうすんだよ。」
自分の意見を真っ向から否定された事により、弟君は不満そうに、声のトーンを落として言う。
「んなの簡単だ。まず、この手紙の内容をハラスメント行為として、運営に対して通報フォームから送りつける。後は運営から対処されるまで無視だ。付き纏い行為がエスカレートするなら、音声や動画、スクショを取れば良い。それで確実だ。」
「...もっともだな。」
弟君は俺の案に対して真顔で言う。
「まぁ、今回は手紙くらいじゃ、ハラスメントにならねーかもしれないけどな。それでも、やらねーよりはマシだろ。運が良けりゃ、アカ停止させられる可能性もあるしな。」
「かなり現実的過ぎるな...。俺はこう何というか、もっとスッキリするようなやり方というか...。」
俺の説明にもっともだとは言いつつも、弟君はモヤモヤが残るようで、どうもしっくりときていないようだ。
「何だ。お前はどういう事を想像してたんだ。」
「いや、何かこういうストーカーの撃退って、俺達が姉ちゃんの変装して襲われるの待って、犯人をとっちめるみたいなパターンとか...。」
「そんな事するわけないだろ。漫画やアニメの見過ぎだ。...まぁ、実際あるにはあるけどな。そういう他のプレイヤーの見た目に変身出来るアイテム。」
「あんの?」
弟君は驚いた声で俺に問いかけてくるので、俺は頷いて答える。
「ハロウィンクッキーな。」
二年前、アバンダンド初のハロウィンイベントで配られた、他の種族の姿やモンスターの姿、性別変更など好きな姿になる事の出来るアイテムだ。普通はそのイベント期間中に使い切るものだが、もう二度と配布されないかもしれないイベントアイテムは自分で使うよりも、市場価格が釣り上がっていく可能性が高い為、ずっと倉庫キャラのモノーキーに送って保管していた。
「んじゃ、俺がそれを食って、姉ちゃんのフリをすればいいって事だな。そこで変態野郎の音声とか録音してとっちめてやろうぜ。」
弟君は自身の両拳を胸の前で合わせ、気合を入れているが、俺はかぶりを振るう。
「だが、却下だ。」
「何でだよ。」
「これ食っても、俺達の頭上に出てるプレイヤーネームは変わらん。」
そう言って、指差す俺自身の頭上や弟君の頭上には、今もMonokeyやRentaroの文字が浮かび上がっている。
こいつが出ていたんじゃ、いくら姿を変更したところでバレバレだろう。まぁ、よく考えたらこの仕様は当然とも言える。名前まで変わったら、何をしでかすかわからん奴が蔓延るに決まってるからな。
「でも、こんな手紙送ってくるようなバ⚫︎なら名前も気づかないんじゃね?」
「お前も大概失礼だよな。」
「おっさんと一緒にいて、うつったんだろうな。」
失礼な。
―――
俺達がそんなやりとりを繰り広げていると、魂が入ったらしく、ユカちゃんがヨロヨロと動き出し始めた。いつもは明るく元気娘な彼女の顔も、どこか疲れ気に見える。
「すみません。お騒がせしました。」
「もう良いのか?」
俺がユカちゃんに視線を向けて気遣って言うと、
「ええ、少し驚いてしまっただけですので、もう大丈夫です!」
ユカちゃんは大丈夫だとアピールするように両拳を胸の前でぐっと握ってみせる。
まぁ、本人が大丈夫だと言ってるなら大丈夫なんだろう。
「なら、良かった。今、弟くんと俺でこの気持ち悪い手紙を出した奴をどうやってとっちめるかの話をしてたんだが、まぁ、無駄にこいつに会う必要はない。西口で待ってると書いてるから、東口から出ればいい。」
そう提案する俺にユカちゃんは、おそるおそる挙手をして、話し始める。
「あの...。一つ提案があるのですが、私がこの方と直接話してみて良いでしょうか?」
ユカちゃんのその発言を誰よりも早く弟君が否定した。
「姉ちゃんやめときなよ。」
「多分、ちゃんと話せば分かってくれると思うんですよね。やめてくださいって。」
「姉ちゃん、甘いって。」
「確かに、これが現実世界なら私も怖かったと思うんですけど、オンラインゲームでなら、私話せると思うんです。」
どこまでお人よしなんだこの姉ちゃん。そら、変な男達からモテるのが分かる気がする。優しすぎる。
「今回は、私が招いた事です。私がその方ときちんと応対します!」
力強い口調で、ユカちゃんはそう言うものの、やはり怖いのだろう。その声は少し震えている。
「ただ...。もし何かありましたら、タロちゃん、モノーキーさん。お願いします。」
「ああ、任せときな。」
俺は弟君へ話しかける。
「あんたの姉ちゃん強いな。」
「強くなくてもいいんすけどね。」
―――
「あいつだな。」
西出口に着いた俺達は、そこに立ち尽くす一人の男が目に入る。名前はRindou 人間族の男キャラクターだ。アバンダンドのプレイヤーは若い見た目のキャラクターを作りがちなのだが、珍しい事にこいつは初老くらいの見た目をしている。頭部にはライトの付いたヘルメット、服装はデニム生地のオーバーオールを身に付けている。ダンデリオン周辺には山はないのに、似つかわしくない炭鉱夫のような格好だ。マイナー職をメインとしているプレイヤーだろうか。
ユカちゃんが緊張しながら、そのプレイヤーの元へ向かっていくのを俺と弟君は物陰に隠れながら、その姿を固唾を飲んで見守っている。何か妙な動きや変な事を言いやがったら、即、飛び出して、通報出来るように録音準備も入念済みだ。
...あれ。
ユカちゃんがリンドウとプレイヤーネームが表示される男の目の前に行っても、何の反応もしてこない。予想外の出来事にユカちゃんも困った顔をしており、彼の目の前をウロウロと何周も行ったり来たりしている。
...これではむしろ、ユカちゃんが完全に不審者状態だ。もしかして別の奴だったのか?
俺と弟君が物陰から出て、ユカちゃんに近づこうとした時、その男はこちらに気づいたようで大声を上げた。
「愛する王よ!お待ちしておりました!」
は?
炭鉱夫の男、リンドウはユカちゃんに目もくれず、涙を流しながら、どんどん俺の元へと近づいてくる。
「やはり、それは鮮血兎の足!それを見た時、このお方は我が王ではないかと!今までこんなにところにお隠れになられていたんですね!」
俺の目の前で興奮しながら、早口で喋るリンドウに対して、俺は一つ尋ねる事にした。
「...お前が探してたのって、ユカちゃんじゃなくて俺か?」
俺は自分に向かって指を差すと、リンドウは大きく首肯する。
「その通りです。我が王よ!」
なるほど。そうきたか....。
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