表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

149/170

最終章3話〜Goblin〜

 拠点と思われる家から出た私は、一番近くにいたヒラヒラとした通気性の良さそうな色鮮やかな民族衣装を身に纏った女性NPCに恐る恐る話しかける。NPCもまるで本物の人間のように、にっこりと私に微笑んで、ここはアゼイリと呼ばれる砂漠の中にある町で、駆け出しの冒険者の拠点となる場所だという事を伝えてきた。


 私はこの町全体に目を走らせると、確かにこのNPCの言う通り、私の視界に入るものは殆ど砂漠だけで、木、草、花などはこの町の中央にある巨大なオアシスの周りにしか存在していない。かなり寂寥とした印象を受ける町だ。


 さて、この町を探索しようと思ったものの、何からどう手をつけたら良いのか、分からない。


 私はオフラインゲームであれば、全員に話しかけないと気が済まないし。道中に置いてある宝箱なども全て開けないと、次に町やダンジョンに進めないタイプの人間だ。ただ、これはVRMMORPG。そんな事を言っていたら、いつまで経ってもこの町から出る事すら出来ないだろう。あまりにも町は広すぎるし、住んでいるNPCの数も多すぎる。


 仕方ない。本意ではないが、何から手をつけたら良いのか分からない町の探索よりも、フィールドに出てモンスターを倒しに行こうかなと、考えたそばから再び問題が発生した。


 ...この町から出る方法が分からない。当然MAPは初期アイテムとして持ってはいるのだけれど、私は地図を見るのがあまり得意ではない。...さて、どうしたものだろう。


 再び周りを見渡すと、プレイヤーと思われる人達は何か目的を持って走っているように見える。そんな彼らの姿を見て、私は良い事を思いついた。この人達についていけば、外に出る事が出来るかもしれない。ここで立ち止まってたって、何も進まない。ここは現実の社会とは違う。現実のように引き篭もっていたら、勿体なさすぎる。前進あるのみだ。


 私は肩くらいの高さの位置で、両手で拳を握り、「よし。」と少しだけ声に出して気合いを入れると、私の右手が青白く光っているのに気づいた。


 ...これは、一体何なのだろう。


 良く見ると周りのプレイヤーの中にも、ちらほらと私のように右手が光ってる人がいる。見る限りNPCは全員一切右手首が光っていない事から、プレイヤーとNPCを区別する光とも思ったが、町を走っているプレイヤーの中には手が光っていない人もいる。


 うーん、分からない事ばかりだ。まぁいいや。ここで考えてたって、きっといつまで経っても分からないだろう。とにかく、モンスターと戦いに行こう。話はそこからだ。


 どこが町の出口かすら分からないので、とりあえず私は、何か目的を持ってそうな、走っているプレイヤーの後をこっそりとついていく。付き纏ってると思われないように微妙に距離をとりながら、その背中を追っていくと巨大な門が現れた。つけていたプレイヤーは気合い十分と意気揚々にその門をくぐっていくのに対して、逆にその門からはダメージを受けて命からがら逃げ込んで、助かった事に安堵してるのだろう。息を切らしているプレイヤーの姿が見える。


 どうやら正解を引いたようだ。この門を通ればフィールドに出れるらしい。


 私もフィールドに出る為に門へ向かおうとすると、門の前に突っ立っていた警備兵が、いきなり私の目の前に立ち塞がり、外に出ようとするのを止めてきた。


「おい 貴様!この門を抜けるとモンスターがフィールドに数多く存在している。その青い光は貴様ルーキーだな。モンスターを相手にするなら武器や防具を装備をしていないとひとたまりもない。装備はきちんとしていけよ!」


 警備兵の言葉で、私は装備の事を思い出す。


 そうだ。モンスターを倒すのであれば武器や防具が必要だ。私は何を持っているのだろう。普通は何も購入していなくても、初期武器くらいは用意されているはずだ。


 メニューを開き、持っているアイテムを確認すると、どうやら私はナイフを持っているようだ。これは私が最初に選んだジョブが盗賊だったからだろうか。メニューから武器の欄を開き、ナイフを選択すると、何も表示されていなかった武器の欄にナイフのアイコンが表示される。同時に私の右手の中に光と共にナイフが現れた。私は自分の手の中に握られたナイフをまじまじと見つめる。


 ...おお。こんな小さな事だが、この世界で起きる一つ一つの事に、一々感動してしまう。


 武器はこれでOKだ。さて、次は防具だ。防具欄には既に布製の服とズボンと革素材の靴のアイコンが表示されている。このアイコンの画像と私が今身に付けている服とは恐らく同じものだ。もう既に私は防具を身につけていたらしい。何とも頼り甲斐のなさそうな防具ではあるものの、最初の町の最初のフィールドに出て来る敵だ、きっとこんなペラペラの軽装の服でも、しっかりと私の身を守ってくれるのだろう。...そう信じたい。


 フィールドに出ると私はその広さに圧倒された。ただただ、広がる砂漠。存在するものはモンスターと岩と遠くの方に見える廃墟のような建物ものくらいだろうか。そのあまりの広さに度肝を抜かれていると目の前を巨大なラクダが悠然と闊歩していく。


 ...あれも、この世界のモンスターなのだろうか。


 私は自分の握っている小さなナイフを思わず見てしまう。こんな小さなナイフでは、あんなのを倒せる気がしない。ラクダ以外にモンスターはいないかと目を凝らしていると、中型犬くらいの大きさのネズミが砂漠を歩いているのが見える。


 ...あれならなんとかなりそうだ。


 私は意を決して、ナイフでネズミを切り付ける。ネズミも突然私に切り付けられた事で、ただでやられてはたまるかといった様子で、私の腕に噛みついてくる。噛みつかれた私はHPのゲージが少し減っていく。


 私はナイフで切り付け、ネズミは私に噛み付く。何度かこの行程をお互いに繰り返すと、ネズミは力尽き、光となりこの世界から消えて行った。ログには取得経験値が50と出ている。ステータス欄を確認するとレベル2になるまであと50。もう一匹、このネズミを倒せば私のレベルは上がるらしい。


 ネズミはどこだと、血眼になって砂漠を探していると、茶色い小さな鬼のような生物が私の背中をナイフで切りつけてきた。そのモンスターの頭上にはGoblinと表示されている。ゲーマーなら至る所で見るポピュラーなモンスターだ。アバンダンドでは、こういうデザインになっているらしい。


 ...ってそんな悠長事言ってられない!


 このゴブリンの攻撃は一撃で私のHPの二分の一を削ってきている。つまり、もう一回食らったら私は戦闘不能になってしまう。私はゴブリンから距離を取ろうと走り出すものの、既に時遅く、ゴブリンの二発目の一撃が私の背中へと繰り出され、私のHPゲージは尽きてしまった。先ほどとは真逆に経験値をロストした事を知らせるログも流れている。


 せっかく稼いだ経験値を失ってしまった。何やってんだ私は...。


 戦闘不能となり、その場から動く事も出来なくなった私は、仕方なく拠点として初期設定されているアゼイリの町にリスポーンする。ため息をつきながら町に戻った私の耳に、何やら今度は激しい言い争いの声が聞こえてきた。私は声がする方に目を向けると、オアシスの前でオーガと人間族の男キャラクター同士が揉めている姿が見えた。


 人間族の男が憤慨して、「何で僕がギルド追い出されなきゃいけないんですか!」とオーガの男に詰め寄っている。しかし、オーガの男は、フン、と鼻で笑い、見下したような態度を崩さずにいる。


「うちはガチギルドなんだよ!分かる?一日二時間程度のプレイしか出来ないお前を、このギルドに入れておく余裕なんてねーんだよ!お前、自分が寄生虫なの分かってんの?」


「だって!しょうがなくないですか!?俺高校生なんだから、そんな長時間プレイ出来ないんですよ。それがそんなに追放されるほど悪いんですか!?」


「悪いに決まってんだろが!!!頭イカれてんのかてめぇは!!!うちのギルド入りたいなら、高校中退してから来い。最低でも一日八時間はプレイ出来る環境になってから来いボケ⚫︎ス。」


 衝撃的な言葉だった。頭が痛くなるような、とち狂った発言だ。オーガの男に対して、お前の方が頭おかしいだろと、思わず突っ込みたくなった。しかし、ここはアバンダンドと言う世界。現実社会の価値観や常識などどうやらクソ喰らえといったところなのだろう。


 こっそりこの二人の話を聞いていると、信じられない事に、この世界はニート、不登校、専業主婦こそ至高の存在であり、大学生や専門学生短大生は次点。カースト最下位は小中高生のようだ。普通に生きてる人からしたら、とてつもなく狂ってる言葉だろう。民度なんて存在しない。まるで無法地帯だ。


 そんな狂った世界に私は今いるというのに、


 何故私は笑っているのだろう。


 何故私はこんなにも息がしやすいのだろう。


お読みいただきありがとうございます。

面白く感じていただけたら、ブクマと評価していただけるととても嬉しく思います。


よろしくお願い致します。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ