最終章1話〜Abandoned〜
【アバンダンドコンティネントオンライン。】
βテストを終えた事でVRMMORPGとして、正式にサービス開始とテレビのCMで流れた。部屋に引き篭もり、ぼーっとテレビを見続けるだけの日々を送っていた私は、突如流れてきたそのCMに目が釘付けとなった。元々アニメや漫画、テレビゲームなどのオタク的なコンテンツが好きだったのもあるけれど、目が釘付けになるほど興味を持つ要因となったのは、このゲームタイトルとキャッチフレーズだった。
Abandoned つまり見捨てられた、なんて私らしくて良いなと思ったし、
【世界から見捨てられたこの大陸があなたを待っている。あの熱き時代のMMORPGを、もう一度。】
何より、このキャッチフレーズに私はどうしようもなく心惹かれた。
勿論、見捨てられたのは遠い昔に魔物との戦争に敗れ、ボロボロとなってしまった大陸の事だ。そんな事は分かっている。だけど、この現実社会において、まさに見捨てられたような存在である私はこの単語にシンパシーを感じてしまった。
それに、昔のMMORPGというイメージで作られているという事も気になった。今の時代のMMORPGは一日一時間プレイでも、それなりにレベルも上げられ、装備も揃えられるライト志向が主流となっている。しかし、昔のMMORPGは課金要素も月額料金のみで、プレイ時間こそが大正義。どうしようもないニートほど輝ける時代だったと聞いた事がある。高校も中退し、アルバイトも辞めて、一日中家に引き篭もって何もする事なく一日を終えるだけの私でも、もしかしたら、そんなどうしようもない世界であれば、認めて貰えるのかもしれない。そんな気持ちからだった。
長くは続かなかったとはいえ、アルバイトで稼いだお金も少しはある。外に出る事もなく、欲しい物も特になかった私は、お小遣いもかなりの額が貯まっている。だから、このゲームを始められない理由は私にはなかった。
両親が仕事に行ったあと、家に一人になった私はコッソリとお父さんのパソコンから通販サイトを開き、このゲームをプレイするのに必要なものがセットになった商品を代引きで注文した。バレたらどうしようという心配も少なからずあったが、幸い両親にバレる事はなかったが、親がいない時間に届くように頼んだから、自分で宅配を受けなければいけなかったのは凄く緊張した。
指定した時間に家のインターホンが鳴った。遂にVRゴーグルやコントローラーなどの周辺機器が届いたという事に歓喜すると同時に、私は緊張から一度息を大きく吐く。覚悟を決めてインターホンの通話ボタンを押すと、宅配業者の制服を着た男の人が映像に映り、宅配業者である旨を伝えられる。
私はおそるおそる玄関のドアを開けると、爽やかそうな笑みのお兄さんから、私の苗字と名前を確認される。お兄さんの持つダンボールに自分の名前が記載されているのを確認し、「はい。」と頷くと、お兄さんからボールペンを渡され、受け取りのサインを求められる。こんなただ自分の苗字を書くだけなのに、ペンを持つ私の手は震えが止まらず、ガタついた不恰好な文字になった。そのうえ緊張してたせいだろう。手に汗が滲んでしまい、借りたペンが少し湿ってしまう。
...あ、またやってしまった。たったこんだけのやりとりなのに、もうやらかしてしまった。
心の中で何度も、汚くしてごめんなさいと呟きながら、お兄さんにペンを返すけれど、お兄さんは嫌な顔一つせず、「ありがとうございます。」と言って、私からペンを受け取ると、制服の胸ポケットに引っかけている。
私はお兄さんから荷物の入った段ボールを受け取ろうとすると、「重いですよ。」と声をかけられる。家に引き篭っているせいで、ますます細くなった腕で、段ボールを受け取ると、前腕部にずしっとした重みの負荷がかかる。私は汗が滲む手で段ボールを抱えると、恥ずかしい事に段ボールに手汗が染み込み、薄いベージュの段ボール箱がその部分だけ、茶色へと変色する。宅配のお兄さんに、ありがとうございましたと言おうと思っても、私の唇からは震えた声で、あの、えっと、その、としか言葉が出てこない。結局、私は何も言えず、事前に用意していた代金をお兄さんに渡す事しか出来なかった。
こんな挙動不審な私にも、宅配のお兄さんは料金を確認すると、爽やかに微笑みながら、「ぴったり用意してくれて、ありがとうございました!」とハキハキとした声で私に言い、その場を立ち去っていくのを見て、私は脱力する。
...きっと、あれが普通の人なのだろう。私は踵を返していく宅配業者のお兄さんの背中を見て、勝手に落ち込んでしまう。
普通に生きてる人は私のように会話する時に緊張しないし、こんな風にぐっしょりと手に汗が滲む事もない、声も手も震える事はないし、感謝の言葉も素直に言えるし、ぎこちない笑顔をする事もないのだろう。
私はあんな人になれなかった。なってあげられなかった。
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