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番外編34〜...おはよ。④〜

 15:19


 ...やば、寝過ぎた。もう三時回ってんじゃん。


 霞んだ世界でベットから立ち上がった私は壁掛け時計が示す現在時刻を見て、予想以上に時間が経っていた事に焦り出す。予定では一時間程度の仮眠のはずだったのに熟睡してしまった。


 私は寝ぼけ眼を左手で軽く擦りながら、洗面台に行く。洗面台に置いていたコンタクトケースから保存液に浸かったレンズを左手で取り出して、ソッと両目に装着する。霞んでいた世界が一気に解像度が上がり、クリアになった事で、一瞬だけ強い違和感があったものの、数秒後には世界は元からこうだったかの如く何の違和感も感じなくなる。


「...可愛いっ。」


 洗面台にある鏡に映り込む私は今日も可愛い。思わず自分の姿を見て自己を称賛する言葉が口からこぼれ出す。緊張したけれど、カリスマ美容師がいるという人気美容室に行ってカットして貰って正解だった。


 私はこのしっとりと艶のある黒髪を手櫛で軽く整える。生まれた時から付き合ってきたこの少し青みがかった黒髪は濡烏と呼ばれる類のものらしい。昔はクラスメイトから幽霊みたいなんて揶揄われて嫌いだった透き通るほど青白い肌と共に今や私の自慢だ。全てを飲み込んでしまいそうな漆黒の瞳と白く抜ける肌を持ってる私はブルベ冬というものに属するとバイト先の同僚に教えて貰った。何も持っていないと思っていたのに、最初から私は全てを持っていた。私はその自分の価値に長い間気付いてあげられなかっただけだった。


 鏡に映った可愛い自分に向かって、私はにっこりと微笑むと、鏡の中の私も同じ笑顔で返してくれる。本音を言えばコンタクトよりメガネのがお金もかからないし、手間もかからないからよっぽど楽だ。でも、それじゃあ駄目なんだ。アルゴちんは面食いだから、意識高くビジュ良くしていかないと。


 私は左手の親指と人差し指で右手首をギュッと掴む。長袖の服の上からでも余裕で手首を握れるほど細い自分の手首に私は満足し、笑みを浮かべる。それから、手首を握る爪についている可愛い装飾のジェルネイルを見つめて思う。


 今この鏡に映るこの可愛い私は努力の結晶。絶対手放してたまるか。この世界は見た目の良い奴にだけ優しく、そうじゃない人には非常に厳しい。それだけが真実だ。口でいくら人は見た目じゃないと綺麗事を吐こうが、ここはそういう残酷な世界なのを私は身をもって知っている。


 キッチンに移動した私は蛇口からコップ一杯分の水を注いだ小型のヤカンをコンロの上に置き、火をつける。一人暮らしをするまで、私はまともに料理なんてした事がなかったから、ガスの元栓がどこにあるかなんて考えもしなかったし、ガスに種類があって値段が変わるなんて事も知らなかった。世の中には飲料水は全てミネラルウォーターで済ます人もいるらしい。バカなんじゃないかと心底思う。こうやって水道の蛇口をひねれば水が出るのに、わざわざ有料のミネラルウォーターなんか買うわけもない。そんな金銭的余裕あったら、自分磨きに使う方がよっぽど有意義だ。


 お昼はスープでいいや。どうせ、すぐ夕飯の時間になるし。


 私は棚からインスタントのコーンスープの箱を取り出し、残り一パックとなったコーンスープの素を箱の中から抜き取る。


 これでおしまいか。次スーパー行った時、買い足しとかないとだ。忘れないようにメモしておこう。


 私はポケットから携帯端末を取り出し、メモ帳のアプリを立ち上げると、今日の日にちとコーンスープ在庫なしと手早く打ち込んでいく。


 よし、これで大丈夫。忘れない。


 さて、本題のコーンスープ作りだ。私はコーンスープの袋をじっと見つめる。こいつは切れ目はあるけれど、こういう細かい作業は得意ではない。元々手先は不器用だったけど、今は更に手を動かすのが苦手だ。前に手でやったとき、うまく開ける事が出来ず、粉をキッチンに撒き散らした苦い経験がある。


 失敗するのはしょうがない。ただ同じ鉄を踏む気はない。それが重要だ。多少めんどくさいが、今回はハサミで切る事にしよう。...で、そのハサミはどこいった。キッチンのどこを見回しても見当たらない。


 ...まぁ、良いや。そのうちどっかから出てくるだろう。今回は手で切れって事なのだ。深く考えてはいけない。こういうのを気にし始めたら、予定があっても見つけるまでずっと探してしまうのが、私の良くないところだ。メリハリをつけないとね。


 私は震える手でなんとか、ゆっくりとゆっくりと切れ目に沿って、コーンスープの袋を開けていく。


 よし、うまくできた。


 思いのほか上手に袋を開けれた事に、私は鼻歌まじりにインスタントのコーンスープの粉をマグカップを入れていくと、少しだけマグカップのフチから黄色の粉がステンレスの調理台の上に零れ落ちる。


 ...詰めが甘かった。


 相変わらずの自分の詰めの甘さに辟易としながら

も、私は台布巾を水道の水で濡らし、力を込めて台布巾を絞って水を切る。私は調理台に溢れた粉を拭き取りながら、ヤカンの前でじっと待つ。失敗したらすぐ対応すれば良いだけだ。何も問題はない。


 数分後、ヤカンから白い湯気と共に甲高い音が鳴り響くが、消さないと、という焦る気持ちを私はぐっと飲み込む。


 こういう時、焦るとヤケドしかねない。ゆっくりでいい確実に消そう。


 火を消して、甲高い音が消えた後も、確実に火が消えた事を確認する為に私は何度も目視と指差しをする。


 消した。消した。消した。消えてる。消えてる。消えてる。...大丈夫。焦らなくて良い。ゆっくり、確実にで良いんだ。


―――


 17:23


「俺がエリを守る!」「カイ...。」


 黒髪の人間族の男が銀髪のエルフの女性を抱き寄せ、甲板の上で胸焼けのしそうなくっさいセリフを吐いている。


 私は一体何のメロドラマを見させられてんだ。マジできっしょいなぁ。こういうの見せられると、本当鳥肌が立つ。話ぶりからして、こいつらは中高生で間違いないだろう。この時間帯は帰宅後の学生がまた増える時間だ。装備を見る限りレベルは70くらいだろうか。まぁ、中高生にしては、かなりやり込んで上げてる方だとは思うけど、私からしてみたら話にもならないレベルだ。こいつらのお仲間二人は既に私に惨殺されている。戦力の差は明らかなのに、良くこうもイキれるものだ。


「中学生だか、高校生だか知らねえけど、てめぇらが、このハルちゃんに勝てるわけねーだろうが。てめぇらとは、プレイ時間の量がちげーんだよ!」


 そう叫ぶと、私はエリと呼ばれている銀髪の女エルフへと向かって甲板を一直線に駆け出す。私の動きにいち早く反応し、カイとかいうクソガキが前に飛び出て叫ぶ。


「お前のようなイカれ女にエリは倒させない!」


 戦士のジョブであるクソガキは私にヘイトスキルの光を放ち、自身に攻撃向けさせようとしている。ガキにしてはいい考えだ。これであの女への攻撃を封じ、自分が代わりに私の相手をしようという事らしい。どっちにしろ、こいつら程度に苦戦する事は無いし、この二人惨殺するから良いんだけどさぁ。こいつら如きに私の動きをコントロールされるみたいで気に食わないなぁ。


 あ、良い事思いついちゃった。ただ順にぶっ殺すよりこっちの方が面白いし、私をイカれ女呼ばわりした罰には丁度いいかも。


 私は込み上げてくる笑いを堪えながら、ヘイトスキルが私に当たるより早く、私は左手に持つ曲刀を思い切りぶん投げる。高速で移動する曲刀に風切り音が鳴った、次の瞬間。ドサッという大きな音が甲板に響き渡った。それを見た私はがらあきになった左手を口元に添え、「アハっ。」と声を漏らす。


 やぁ〜だ、やっぱり、私ってぇ天ッッッッ才!クリティカルヒット!!


 物音を聞いたクソガキは後ろを振り向く、そこに横たわるエルフの女を見て放心している。彼女の喉には私のぶん投げた曲刀が深々と突き刺さっている。恐らく、彼女は蘇生待ちなのだろう。リスポーンせずに、その体は船の上に残ったままだ。


 一発殺してしまえば、このガキが私にかけようとしてたヘイトスキルは無意味になるからね。私は少々エイムに関しては不得手であるものの、思った以上にうまくいったわ。ああ、なんて清々しい気分なの。流石私は大天才ハルちゃんだ。でもね、このハルちゃんをイカれ女呼ばわりした罰はまだ終わってないよ?


 私は放心状態のクソガキを放置して、エリの元に一気に詰め寄る。曲刀を彼女の喉から引っこ抜くと、HPがゼロになっているエリの腹部を何度もえぐるように、グサグサと曲刀で突き刺しながら、私はエリに語りかける。


「この可愛い可愛いハルちゃんを?イカれ女だって?分かってない、あんたらの方が頭イカれてんだろうがよぉ。簡単には許さないよ?」


曲刀で私に何度も刺されてるエリを見て正気に返ったカイと名乗る人間族の男は私を止めようと、叫びながら剣で切り掛かってくるが、曲刀でその攻撃を受け止めながら、思いっきり腹に前蹴りをくれてやると吹っ飛んでいく。


 弱いくせにイキッてんなよなぁ。


「エリィイイイイイイイイイ!」と叫ぶ悲痛な声が船中に響き渡る。このガキ自分に酔ってんな、こりゃ。


 私は曲刀を突き刺すのをやめ、吹っ飛んでいったカイと呼ばれたクソガキの元までゆっくりと歩み寄る。彼の元に辿り着いた私はその髪の毛を鷲掴みにして強引に上体を起こさせ、「おい。」と呼びかける。先ほどまでイキっていたこのクソガキの表情は人の事を化け物でも見るような恐怖に満ちた目をしている。私はぐいっと更にこいつに顔を近づけて叫ぶように言う。


「いい!? 私はねぇ、人間族の男とエルフの女の組み合わせがいっちばん嫌いなの!見るだけで虫唾が走んだよ!」


―――


 20:21


「あれ〜?漆黒じゃ〜ん。ピアスの時以来よね。元気にしてる?」


 ラビッツフットの元の仲間である漆黒が、船に乗っていた為、私は船を襲撃するのをやめて、話しかけに行く。


「うげ、ハル。」


 漆黒は人の顔を見て、非常に嫌そうな顔をしている。なんて失礼なやつだ。こんな可愛いハルちゃんを見て、そんな態度取るなんて、こいつの好みは狂ってるとしか言いようがない。そういやこいつ、メズちゃんのファンだった気がする。趣味悪いなぁ。


 ...まあいい。うげ、と言った事は許してやろう。こんなところでイライラしたハルちゃんを出してたら、もしかしたらアルゴちんが近くにいるかもしれないし。注意注意。


「ね、漆黒がダンジョンから出てるって事はアルゴちんも一緒?どこにいるの?」


「残念だが、アルゴさんは、うちのギルマスとメズさんとレベル上げしてる。」


「はあああ!?メズぅぅ?あのバ⚫︎女と一緒とか、あり得ないんですけど。どこでレベル上げしてんのよ。私も行くわ。」


「...やめときなよ。ハルが行ったら、うちのギルマスもビビっちゃうって。何故か僕なはハル優しいし、付き合い長いから怖くないけど。慣れてねーとハルこえーって。」


「いや。姉ちゃんなら、割と誰でも付き合えるから、平気だと思うけどな。」


 釣り竿を持ったドワーフが私と漆黒の話に混ざってくる。良く見ると、漆黒も手に釣竿を握っていた。...って事は、もしかして。


「あれ、君。もしかして漆黒の友達?一緒に釣りしてるの?」


 ドワーフの男が私の質問に首を縦に振るのを見て、私は思わず、「へぇ〜。」と口角を吊り上げ、感嘆の声をあげる。


「なぁ〜に、漆黒。アルゴちんと私以外に友達出来たの?良かったじゃん。どれ、こっちに来なさい。ハルお姉ちゃんが、いいこいいこしてあげよう。」


 私はちょいちょいと手招きをして、漆黒を呼び寄せるが、漆黒は呆れた顔をしたまま、その場に立ちつくしている。


 恥ずかしがり屋だなぁまったく。


「...ハルさぁ。コミュ障の僕が言うのも何だけど、アルゴさんや僕にだけじゃなく、普段から皆にそういう態度してれば、誤解されず、もっと友達増えるのに。もったいないだろ。全員にそういう風に振る舞いなよ。」


「別に良いのよ、私は別に友達とかいらないし。アルゴちんさえ私のものになってくれれば、それで良くない?愛する人の為だけに私は人生捧げるわ。」


「...あの無職のおっさん、何でこんなにモテるんだよ。」


 は!?おっさん?


 私はドワーフへと顔を近づけ、睨みつけると、「おっさん、それアルゴちんの事?聞き捨てならないわね。⚫︎すわよ。」と、ドスを思いっきり効かせた声でドワーフへ脅しをかける。


 そんな私を見て、「...だからこえーって」と、漆黒が頭を抱えながら呟いた。


お読みいただきありがとうございます。

面白く感じていただけたら、ブクマと評価していただけるととても嬉しく思います。


よろしくお願い致します。


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