番外編33〜...おはよ。③〜
「は?頭おかしくないし。私よりも、まだギルドにいるギルマスの方が頭おかしいと思うけど?」
六時間以上もギルドのエントランスに篭って、作業してる奴の方が、私なんかよりよっぽどやばいでしょ。ゲームの中とはいえ、外に出てるだけ、私の方がまだ健全な気がする。
「いや、ギルドのハウジングしてたんだが、どうもしっくりこなくてな。巨大煙突を何本もつけて、夜中になると煙を出したり、ネオンで輝かせようと思うんだが、ハルお前はどう思う?やっぱ、ビルと工場って、男のロマン溢れる建物だと思うし。」
「...他のギルドに馬鹿にされるから、絶対やめて。そんなんつけたら、私ギルドやめるからね。」
私のマジトーンでの苦言に、「...そうか。ダメか。」と残念そうに落ち込んでいるギルマスに、私は再び声をかける。
「んじゃ、また行ってくる。」
10:30
この世界において一番の大物と言っていい奴が乗船していた。見紛うことなき真紅の肌と四本のツノ。魔法使いらしからぬ巨大な体躯。そして、その手に握られる蒼穹の杖。久々の再会と言う事もあり、襲いかかるよりも前に、思わず声をかけてしまう。
「...うわっ、ザラシじゃん。いつぶり?超懐いんですけど。」
私が話しかけた事もあり、迎撃する為に構えていた蒼穹の杖をゆっくりとおろすと、ザラシはニヤリと笑う。
「お、ハルちゃんか。久しぶりだな。何だ、エキスパート狙ってるのか?」
ザラシの問いに私はかぶりを振る。
「いや、全然。ただの嫌がらせ。最近のアバンダンドプレイヤーって、なまっちょろい奴らしかいないじゃん?だから、気合入れてやろうとね。ま、ザラシ、アンタだけは別だけど。」
「いいねぇ。そういうの俺も好きだよ。なぁ、ハルちゃん。甘っちょろいよなぁ!今のアバンダンドプレイヤーは!」
私達は甘ったれた現状に愚痴を垂れつつも、お互いにフッと少しだけ柔らかな笑みを浮かべる。ザラシは、この世界でメズちゃんに次いで大嫌いなプレイヤーだけど、癪な事に私とこいつは良く似ている。この世界だけはいつまでも狂っていて欲しいと思うある意味同志なのだから。
丁度良い機会だ。
こいつに聞きたかった事を私は後頭部をポリポリと掻きながら、尋ねる。
「...ってゆーか、ザラシさ。会った時に言おう言おうと思ってたんだけど、本当に引退すんの?今からでも撤回しときなって。ザラシが引退とか無理無理。どうせ、この最低の世界にすぐ戻ってくる事になるってのに。恥かくだけだよ。」
「何だ、ハルちゃん。俺がこの世界からいなくなるのが寂しいのか?」
せっかくの私の忠告に対して茶化すような言い回しをしてくるザラシに苛ついた私は大きく舌打ちをする。
「...ち、うざっ。」
そう言って、吐き捨てる私に口の端を吊り上げると、おろしていた蒼穹の杖を上げて準備運動のように軽く左右に振り始める。
「でも、こうしてハルちゃんが乗り込んできてくれたのは暁光だったな。引退する前に、一度ハルちゃんと全力で戦いたいと思ってたからなぁ。」
「...私がユニーク武器持ってないからって、手加減なんかしないでよ?本当に全力でやって楽しませてよね。」
「ああ。他の奴らには手心加える事もあるかもしれねーが、俺がハルちゃん相手に手加減なんかするわけないだろ。いいか!!!俺の獲物だ。周りの奴らは手を出すんじゃねえぞ!」
ザラシは大声で船に乗っているプレイヤー全員に目を走らせ、そう呼びかけると、乗船してるプレイヤー達はザラシの呼びかけに応じ、武器をしまい、ザラシと私への応援合戦が始め出す。ザラシもアルゴちん同様嫌われているプレイヤーだ。この船に乗ってる奴らからしたら敵である私への応援も相当数聞こえてくる。
一声で周りの空気を変えるなんて、皇帝の名は伊達じゃないね。ちょっとエンターテイメント過ぎるけど。ま、たまには、こういうギャラリーに囲まれるのも嫌いじゃない。...さて、行くか。
ザラシが相手である以上、二刀流みたいな遊びをするわけにはいかない。右手に持つ曲刀を空間にしまい、代わりに私は右手に小型の丸盾であるバックラーを握る。
軽く息を吐いた私は一気に距離を詰め寄り、ザラシに左手に持つ曲刀で切り掛かるものの、ザラシは意図も容易く、私の攻撃をザラシの持つユニーク武器である蒼い杖で防いでくる。
良かった。本当に全力でやってくれるみたいだ。ありがたい。
蒼い杖はザラシが魔力を込めた事により、赤と黒が混ざりあったような光を纏い出す。
「さて、ハルちゃん。一般的に魔法使いは一歩でも動くと呪文の詠唱が中断するから、タイマンでのPvPには一番不向きとされているジョブだ。だが、そんなのはプレイヤースキルのない奴が言う事だと思わないか?ハルちゃんにこの世界で最強のプレイヤーである俺の詠唱を止められるかな?」
「はぁ。うっざ。これを食らってもそう言える?」
私はザラシの煽り文句に乗り、猛烈な勢いで曲刀をザラシに向かって振り回す。しかし、ザラシは私の剣戟を一歩も動かずに、全て杖で受け止めているどころか、余裕綽々な笑みを浮かべて、炎の上級魔法の詠唱まで始めている。
足さえ動かさなきゃ、詠唱は出来るって事か。...化け物め。ち、この距離で魔法を発動されたら、マズい。
私はザラシから大きく距離を取り、水魔法を詠唱し始める。海賊は水魔法だけなら、魔法使いに匹敵する威力を出す事が出来る。これでザラシの魔法を受け止めるしかない。
ザラシの方が詠唱は早く終わり、私に向かって大きく杖を振るうと、巨大な火球が私に襲いかかってくる。魔法使いは全ジョブトップの火力を持つ職業だ。まともに食らったら、一撃でやられかねない威力を誇る。だが、炎に対しての水魔法。相性は良いはずだ。
私もザラシから少し遅れたが、詠唱が完成すると槍状の水柱をザラシが放った火球へとぶつける。しかし、ザラシは私の水魔法を見ても、目を細めて、余裕綽々な態度を崩さない。その理由はすぐに分かった。
私の水柱が火球に当たった瞬間、跡形もなく全て焼き尽くされた。属性相性など関係ないと言わんばかりだ。ザラシの炎と私の水魔法の呪文の位は同程度のはず。しかも、相性は私の方が良かったはずなのに。明らかに魔力の桁が違う。
...ユニーク武器によって強化された魔法がこれほどとは。ザラシの事舐めすぎてた。魔法じゃもう間に合わない。
私はスキルを発動させ、自分自身に水のベールを張り巡らせるが、すぐに火球が私に直撃し、大爆発が起きて船体が大きく揺れる。
「もらったあああああああ!!!!!!」
大爆炎の中から、私は全速でザラシへと向かって飛び込む。HPゲージの大半は失ったが、私が扱える最大の水魔法を火球にぶつけた事、水のベールを纏った事で、火球の威力を抑えられ、間一髪戦闘不能にならずに済んだ。
ザラシの方こそ、私の強さを見誤ったな。私こそが最強だ!!!
私は曲刀を切り上げると、ザラシの左腕が空に舞った。だが、ザラシはすんでのところで、杖を右腕に持ち替えている。
「残念だったな、ハルちゃん。惜しかったぞ。良い攻撃だ。...さて、ここからが本番だ。」
クソ。杖を吹き飛ばせれば、私の勝ちだったのに。
再びザラシはフェンシングの剣のように、杖を私の前に突き出し、詠唱を始めるとザラシの蒼い杖の先端から、まるで線香花火のように稲妻がバチバチと強く輝き始める。
今度は雷呪文か。...ち、雷と水。さっきと違い相性はあいつの方が上。本番というだけあって、メタを張ってきたな。だけど、私もまだ使っていないスキルなんて山のようにある。
ザラシが放った火球の残火が甲板の至る所で燃え盛る中、お互いに笑みを浮かべながら、次の攻撃へと備えていると、私の身体が光に包まれ始める。
「あー、クソ。時間切れかよ。会話もしてたし、五分は短いって。」
「ハルちゃん。久々に楽しめる一戦だったぞ。今年一年はまだ引退しないから、またいつでも襲ってこい。負ける気はしねーけどなぁ!」
ガハハハハと特徴的な大笑いをするザラシに、私はギリッと歯軋りをさせながら海賊船へと戻る。
...流石に疲れた。もうすぐ十一時。少し昼寝したあとお、昼作るかぁ。