第2章2話〜あれ、何か入ってますね〜
翌日、俺達はギルド本部で荷造りをしていた。別に大したものがあるわけではないが、ここで俺は一週間、ユカちゃんは二週間過ごした。その間に手に入れたアイテムの全てがギルド本部の中央に鎮座しているアイテム管理用の巨大な木造の箱、アイテムボックスに詰まっている。アイテムボックスの中には、未だ売り捌けていない小鬼の小刀が二本、小鬼の小瓶五十六本、生肉三十二個、何かの小骨二十三本、腐肉33個が入っていた。
この中で価値があるのは小鬼の小刀くらいで、残りは一個数十Gから百G程度の雑魚アイテムだ。小鬼の小刀が必要になる"王国騎士を目指して"のクエストは、このダンデリオンの町で発生する為、必然的にここが一番高く売れる事から出来れば全て売り捌いて行きたかったが仕方ない。
こうやって手に入れたアイテムを一つ一つ眺めていると、この数日間だけとはいえ、ここで過ごした日々の思い出が蘇えり、感慨深くはある。まぁ、ほぼゴブリンとゾンビしか狩っていなかったから、持っているアイテムに非常に偏りがあるような気もするが、これらもまた一つの思い出である事は間違いない。
「まだ契約期間が数日残ってるのは、勿体無い気もしますね。」
ユカちゃんが勿体無いと言っているのは、このレンタルハウスの契約期間の事だ。資金もメンバーも乏しい五つ葉のクローバーでは、ダンデリオンの町の土地を購入するなんて事は不可能な為、俺達はレンタルハウスというゴールドで借りれる小さな家をギルド本部として使っていた。契約は現実世界の一週間単位で出来て、値段は一週間三千Gだ。今の俺達は三人だけのギルドなので、割り勘にすれば一人千G程度で済む。小鬼の小刀一本でも出りゃ、一週間借りられるのは非常に経済的と言えるだろう。
「まぁ、それはしょうがない。逆に余裕を持って移動出来ると考えれば悪い選択じゃあない。勿体無いからって荷造りするのを最終日まで待ってたら、その日運悪くログイン出来ず、契約を再更新しなきゃレンタルハウスの中に入れないなんて可能性もあるからな。それに比べたらマシだ。」
「確かに、そうですね。」
これがヴォルトシェルだったとしたら、レンタルハウスですら一週間で五万Gは取られる。それに比べたら、この出費など痛くもない。
「たかだが、二週間ばかりでしたけど、ダンデリオンの町は何か故郷って感じがします。この大平原からさよならするのも寂しいですね。」
草花が咲き乱れ、エリアの中央に流れている川はいつも穏やかで釣りをする人もいる。ここを初期エリアにしたプレイヤーとも思われる人が、中級者の装備で馬に乗って駆け抜けて凱旋する姿。何も遮るもののないこのだだっ広い大平原。
俺も久々に来てみたが、この一週間ちょいの大平原での日々は中々楽しいものではあった。...ラビッツフットと蒼穹回廊を取り戻すという気持ちも薄れかねないほどに。だが、やはりあと五十日程度で俺は彼女らの元から離れる気持ちに変わりはない。俺の居場所はここではない。ホーブをぶっ飛ばし、ラビッツフットのギルドマスターに必ず返り咲く。ただ、焦る気持ちは前よりもない。必死になってこの低レベル帯で金策するより、今はこの二人とゲームを楽しむのを心がけようと思う。
アバンダンドのトップ層から大分レベルも離されるかもしれないが、それは五十日経った後、今まで以上の廃人プレイをすれば良い。もう誰もパーティを組んでくれないんじゃないかとか色々課題はあるが、そこに関しては俺にも考えがある。ま、なんとかなるさ。
「んじゃ、俺が二人を護衛しながら連れてくよ。」
先ほど弟君はギルド本部にて、魔法使いからメインジョブである魔剣士へとジョブを変更して来ている。その為、弟君の手には、いつも魔法使いで使っていたワンドと言われる小型の木製杖と違って、今日は彼の背丈ほどある黒いツーハンテッドソードが握られている。防具もフード付きの紺のローブから高レベルのプレイヤーしかつけれない漆黒の鎧を身に付けている。これが本来の彼の姿なのだろう。
ジョブチェンジは基本的に冒険者の家と言われるプレイヤー個人の家か、プレイヤーが所属するギルド本部でしかチェンジする事が出来ない。だから、ジョブチェンジする為に一々どちからに行かなきゃ行けないのは不便っちゃ不便ではある。とはいえ、フィールドでジョブチェンジが出来たら、モンスターにやられそうになっても、いきなり高レベルのジョブにチェンジして倒すなんて事が出来ちまうからな。
それじゃあ、いくらなんだって緊張感も何無くなってしまう。だから、この不便さも雰囲気を大事にするこのゲームの良いところと言えるだろう。全て便利にする事が、ゲームを面白くするわけではないのだ。クソみてーなゲームではあるが、プレイヤーからの苦情を一切反映させないこの運営の方針は、俺は何だかんだ言って結構好きなのである。
「タロちゃん。私とモノーキーさんを守ってね。」
準備万端の弟君にユカちゃんは嬉しそうに歩み寄り、優しく微笑む。
「まぁ、守り切るつもりでいるけど、姉ちゃん達も気をつけてな。そのレベルじゃモンスターの視界に入ったら、即襲われるだろうからな。」
「確かに弟君だけじゃ多分守りきれない事もあるだろう。俺も僧侶とはいえ、まだ蘇生魔法は使えないからな。死んだら、またダンデリオンの町からやり直しだ。」
俺がそう言うと、ユカちゃんは、両拳を軽く握りしめ、「ハイ!」と強く返事をする。
良い返事だ。しっかり、気合が入っているようだ。
「大平原は姉ちゃん達でも、もう危険性もないだろうから十五分もあれば抜けれるけど、問題は大森林からだなぁ。モンスターのレベルが跳ね上がるから、おっさんや姉ちゃんのレベルだと十秒かからずやられるし。確実に抜ける為に、設定時間は三十分はかかると見たほうが良いかな。」
弟君の説明に、「ヒェ...。」とユカちゃんが怯えた声を出している。ヴォルトシェルに行くには、今までとは比較にならないほどのレベルの高さのモンスター達がいるエリアを俺達は抜けなければならない。本当に一瞬のミスが全て失いかねない。
「海峡は更にモンスターのレベルが上がるから、十秒どころか多分一撃でやられるだろうなぁ。まぁ、ヴォルトシェルに近いから、高レベルプレイヤーも近くにウヨウヨしてるはず。やられたとしても蘇生くれと叫んだら、誰かしらは助けに来てくれるとは思う。ただ、ここも三十分は見た方が良いか。」
弟君はそう言って、綿密に計画を立てている。そこまで時間はかけなくても、辿り着くのは充分可能とは思うが、初めて大平原を抜けるユカちゃんの事を考えると最善案だろう。
「ユカちゃん。大森林からはマジでひとときも気を抜けない冒険するつもりでいたほうが良い。とりあえず、大平原と大森林のエリア切り替え口で十分のトイレ休憩もとろう。飲み物とかも用意してた方が良いな。」
「凄い本格的ですね...。何か本当に旅に出るって感じがしてきました。移動するだけで一時間以上かかるだなんて。」
ユカちゃんが呆然とそう呟くのも無理もない。オフラインゲームなら次の町に行くのなんて数分程度で済むだろうが、これはMMORPG。その圧倒的なボリューム感はオフラインゲームとは桁違いだからな。
最後に俺達は忘れ物がないか最終確認をしていると、レターボックスをまだ確認していなかったと気づいたユカちゃんは、レターボックスに何か来ていないかと確認しに行く。
「あれ、何か入ってますね。...手紙、ですかね?ギルドマスターへって事は私宛ですね。」
ユカちゃんは、「見てみます。」と封を開けて手紙を読み出すも、何故かユカちゃんはその手紙をポトリと落とし、ユカちゃんのキャラクターは完全に立ち尽くしてしまっている。
「今、姉ちゃんの部屋から凄い音がしたんだが...。ちょっと様子見てくるわ。」
弟君のキャラも魂が抜けたようで、俺の目の前で二人とも立ち尽くしてしまっている。俺は一体何があったのかと、地面に落ちていた手紙を拾い上げる。悪いとは思ったが、俺は手に持つ手紙に目を落とし、中身を読んでみた。
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愛するギルドマスターへ。
急にこんな手紙を出して申し訳御座いません。
ずっと、会いに行きたかったのですが、勇気が出ず、見つめるだけで、不安にさせてしまったようで、大変申し訳ないと思っています。
ただ、マスターに相応しい宝石を遂に手に入れました。受け取って欲しい。そして自分の事をギルドに入れて欲しい。
これから、ダンデリオンの町を出る事を知ってしまいました。出来ればその前に二人だけでお話ししたいです。
ダンデリオンの西出口にてお待ちしています。
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...おお、これはユカちゃんに宛てたラブレターなんだろうけど、文面が気持ち悪過ぎて怪文書に近い。
俺が手紙を読み終わるのと、ほほ同タイミングで弟君のキャラクターに魂が戻ってきたようで、俺に話しかけてくる。
「おっさん戻ったぞ。姉ちゃんがどうしたら良いのでしょうって、助け求めてる。どうするよ。」
「...流石にこいつは一発ぶっ飛ばしておいたほうが良いだろうな。」
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