第2章1話〜仕方ない〜
俺達が巡航船から降り立ったライクス島の船着場には、既にかなりの人数のギャラリーが集まっていた。桟橋を渡る俺達に大歓声もとい、大罵声を容赦なく浴びせかけてくる。その光景に俺は大きくため息をつく。
...こればかりはもう仕方ない事だ。この一週間、あれだけ相手が誰かれ構わず、初心者までPKして、ナイトアウルは暴れ回ったんだ。もはや、アバンダンドでナンバーワンの嫌われギルドと言っても過言じゃないだろう。だから、このくらいの事は想定済みだ。...さて、我らのギルドマスターはどこにいるんだ。やる事があるからと、アルゴは俺達より一足先にライクス島に乗り込んでいるはずなのだが。
俺はこの集落全体に目をぐるりと走らせると、船着場から大分離れたところにアルゴの姿と共に四名のプレイヤーの姿があった。
あれがアルゴの言ってた傭兵達だな。
アルゴの周りにはポッカリと空間が空いている。俺達よりも遥かに嫌われており、この瞬間にも誰かに襲撃されてもおかしくないというのに、今のアルゴには近く付く事すら憚られるようなそんな雰囲気を漂わせている。それはアルゴの手に握られているテレスの弓も一因しているだろう。
テレスの引退から一年以上経ったとはいえ、あの時代を知っているプレイヤーからしたら、その存在感は未だに絶大だ。今となっては型落ちした性能の武器だが、ちゃんとアルゴはテレスの弓の性能は非公開設定にして、隠して見れないようにしている。PKをしまくって、注目度が上がっている中、アルゴがこうして、大っぴらにテレスの弓を持ち歩く事で、迂闊に手出し出来ないよう大きく牽制出来ているようだ。
遠目から見えるアルゴの表情はここからでも実に嬉しそうにしているのが分かる。小さい子供が新しいおもちゃを買って貰える時のようにウキウキとしている。それもそのはずだ。英雄と云われるホーブが率いるラビッツフットを、創設者である自分自身で潰しにかかるのだ。アルゴからしたら、これほど愉快な事はないだろう。まるで、勇者を育て上げ、強くなったところを打ち倒そうとする魔王のような気分なのかもしれない。ゲーム的な表現で言えば、今アルゴの側には常についている四名の傭兵は、アルゴという魔王を守る四天王のようだ。ここから見ても、彼らがつけている装備は相当な高級品なのが分かる。アルゴが信頼するとまで言うだけはある。
...本来であれば俺達がその役目を担いたかったが、そこまでの信頼に至らなかったのは、仕方がない。それだけの事をしてしまったからな。
他のメンバー達がベースキャンプに向かう中、俺とミラリサは足を止めてアルゴの方を見つめていると、メズとユカユカちゃんと思わしき人物がアルゴに駆け寄っている。
...メズ。あれ以来だな。
メズはアルゴの持つテレスの弓を指差して、驚いている。一年がかりでも分からなかったあの宝箱の中身がテレスの弓だった事を知れたのだ。無理もない。メズはこの四名の傭兵達と面識があるらしい。涙を流すほど大笑いしながら、全員の肩を挨拶がてらポンポンと叩いている。しかし、全員メズの方を見る事もなく、微動だにしない。一体どういう関係なんだろうか。
アルゴはメズが彼らを叩いた事に不満そうな顔している。仲間を弄られて、あんなに嫌そうな顔をしているアルゴは見た事ない。俺達にそんな顔を見せない事は、少し寂しさもあるが、それよりもこうやって、メズが嬉しそうにしている事が、何よりもホッとした。
アルゴと話すメズは、ナイトアウルのギルマスだった時よりも、元気そうにしている。そんな元気そうなメズの姿を見てだろう。俺の隣にいるミラリサはメズと話したさそうにうずうずとしているが、俺は無言でミラリサに対して首を横に振り、「俺達は一足先にベースキャンプで準備をして、アルゴが来るのを待とう。」と声をかける。
アルゴの言う通り、ナイトアウルは満場一致でメズを追い出したんだ。今更メズにかける言葉なんて何一つとしてない。俺とミラリサはナイトアウルの幹部として、メンバー全員にその決断の正しさと責任を示さなきゃいけない。ただ、今更何をいってるんだと言われそうだが、俺達はこのギルドが叩かれようが、嫌われようが、メズを何としてでも守らなきゃいけなかったんじゃなかろうか。
今回アルゴの指示により、アバンダンド中のプレイヤーをPKして嫌われまくった今ならわかる。別にアバンダンド中のプレイヤーから嫌われたって、この程度のもんだったんだ。信頼出来る仲間達が隣にいてくれるなら、別に大した事じゃなかった。
俺達はテレスが作ったこのギルドの格を下げたくなかった。テレスの作ったギルドの評判を落としたくなかった。たかが、その程度の事の為に、たった一人でテレスの代役を必死にこなそうとしていたメズを間違いがあったとはいえ追い出したんだ。
俺達がしなきゃいけなかったのはメズと一緒に謝り、決して見離さない事だったはずだ。それなのに、密かに恋していたメズの事を俺はその程度の事で見捨てたんだ。
...アルゴが異様にモテるのが分かる気がする。あいつは自分が一番好きだ。自分以外の事に興味がない。だから、人が何をやらかそうが、ギャハハハハと邪悪そうに大笑いして、それでおしまいだ。
アルゴは人の失敗なんかによって、態度を変える事などしない。あいつの世界は自分かそれ以外だからな。あいつは自分自身を最優先にする代わりに、他の誰に対しても公平で、誰よりも優しい奴だと思う。
俺がベースキャンプに向かう為に止めていた足を再び動かそうとした時、更にアルゴの元へ一人の黒髪ボブの人間族の女の子がブンブンと手を振りながら、駆け寄って行くのが見える。
...あれはハルか。アルゴに会いに来たのか。
ハルはアルゴに挨拶をした後、ユカユカちゃんの後ろに隠れたメズを見て、嬉しそうに煽り散らかしている。何を言ってるのかは分からないが、アルゴの愛弟子だ。相当、性格の悪い事を言っているのだろう。
メズが発狂しているのを見て、キャハハハと特徴的な笑い方をしながら、ハルがアルゴに抱きついている。今度はユカユカちゃんが、抱きついているハルを必死に引き剥がそうとしている。
...修羅場すぎる。本当によくモテるなあいつは。
俺は苦笑いを浮かべながら、アルゴにならメズを奪われるのも仕方ない、そう思った。
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