第2章1話〜遂に冒険が始まったって感じがします〜
ユカちゃんと知り合ってから八日が経ち、俺のメインアカウント解除まで残り五十三日となった日。
ダンデリオンの町にある五つ葉のクローバーのギルド本部にて、「誰かに見られているような気がするんです。」とユカちゃんが切り出した。その顔はどこか少し不安そうな表情を浮かべている。
「姉ちゃんの気のせいなんじゃないのか?」
弟君が怪訝な顔でユカちゃんに言うが、俺は彼の言葉に対して、横に首を振る。
「いや...。俺もそう感じていた。明らかに誰かに見られている。」
実は俺もユカちゃんの言う視線には気づいてはいた。しかし、メインアカウントを使っている時は大規模なギルドのマスターをしていた事もあって、良く視線を感じてたし、見知らぬプレイヤーからいきなり死ね!と言われる事が多かったから、いつもの事だとあまり気にもしていなかった。だけど、初心者の女の子からすりゃあ、オンラインゲームとはいえ、ストーカー的行為に対して恐怖を感じてもおかしくないよな。
「おっさんも?いつ頃から?」
「昨日ユカちゃんと大平原にある墓場で、ゾンビ狩りしてる時からだな。」
ユカちゃんは俺の言葉に大きくウンウンと頷く。
「あ、やっぱりその時ですよね。いつものようにゾンビを二十体くらい集めて、まとめ狩りしてたら、凄く視線を感じて。」
「おっさんも姉ちゃんも、もうやめろって、その狩り方...。絶対それのせいだろ...。」
弟君は呆れながら、「はい、この話は終わり終わり。」と原因解明したといった様子で話を打ち切ろうとするも、ユカちゃんはまだ腑に落ちないらしく再び口を開く。
「うーん、でも、そうやって見られてるのとは違う感じがします。何といえばいいのか、その私達に対して、不快感を感じてる視線ではなく、もっと何ていうか。」
「熱い視線だな。マジで熱視線を感じた。あの感じは気持ち悪いな。」
俺がユカちゃんの言葉に同意すると、「そうなんです!」とユカちゃんは再び大きく頷く。
「情熱的というか、何というか、じーっと目を逸らさずに見つめられている感じです。」
「また、姉ちゃん変な奴らに優しくしたんじゃねーの?リアルでも無自覚にそういう事するから、変な奴らから姉ちゃんすげーモテるんだよ。ま、いつも俺が追っ払ってるけど。」
...それは何か分かる気もする。この性格だ。親切心から分け隔てなく、困ってる人に優しくしてそうだ。妙な勘違いする男がいてもおかしくない。
「しかし、お前、漢気あるのな。」
俺は弟君に素直に感心していた。親族とはいえ、自分の身に危害が及びかねないというのに、ちゃんと姉を守る事が出来る奴なんて、そうはいないだろう。
「身内を守るくらい普通だろ。当たり前の事をしてるだけだよ。」
「タロちゃん、カッコいいんですよ。前に恋人の振りまでしてくれた事あるんです。」
「こういう奴らは、ずーっとやり続けるからな。直接そいつらにガツンと言ってやるのが、一番手っ取り早い。」
苦虫を噛み潰したような険しい顔で、弟君が吐き捨てるように言う。
若いのに苦労してんだな、二人とも。...なら、そうだな。
「そろそろ、もうすぐ俺たちもレベル20だ。変に付き纏い行為がエスカレートしないうちに、ダンデリオンから拠点を変えるのも有りかもしれないな。」
「拠点変え...。そこって、噂のヴォルトシェル王国にですか?」
ユカちゃんは、小首を傾げて尋ねるが、俺はかぶりを振って否定する。
「いや、ヴォルトシェルには途中で寄るには寄るが拠点ではないな。ヴォルトシェルから船に乗って、次の拠点、ヒビカスの町まで向かう感じだ。」
「まだ、姉ちゃんは行った事ないだろうけど、大平原を抜けると大森林がある。それを抜けると、海峡があって、少し行くとヴォルトシェル王国があるんだ。」
「弟くんの言う通り、だいたいそんな感じだ。最下層の商業地区に港があるから、そのまま船に乗る事も出来るが、せっかくだ。他の層も見学して行くだろ?」
俺の言葉を聞いた瞬間、ユカちゃんの目が一際強く輝きを放ち出す。
「行きたいです!見学したいです!ワクワクしますね。何か遂に冒険が始まったって感じがします!」
おそらく、ユカちゃんはまだダンデリオンと大平原しか訪れた事がないのだろう。新しいエリアに行けるという事で、心躍らせているのが目に見えて分かる。
「よし。じゃあ、近いうちに拠点替えをするか。」
「ただ、欲を言えばこれが理由でこの街を離れるっていうのも少し寂しい気がしますね。」
ユカちゃんは、少しだけ残念そうな声で言う。
「まぁ、別にオンラインゲームのストーキング行為なんて、別に害を加えられるわけじゃないから、そこまで気にしなくても良いとは思うけどな。」
「いや...。アバンダンドにはマジで信じられない奴らばっかいるからな。あいつらのしつこさをなめてはいけない。」
俺は少しだけ自分の過去の体験を彼等に話す事にする。
ほんとロクでもない奴らがこのゲームは多すぎるからな。
「俺がメインアカウントでログインしてた時なんか、いきなり知らない奴らから、●ね!●すぞって、一時間に一回は言われてたぞ。ありゃあ、流石に精神に良くなかったな。俺になら悪口言っても傷つかねーと思ってんだよな、あいつら。」
不適切な音声が確認されたのでリアルタイムフィルター処理を行いました。と俺の全体ログに注意の文章が流れる。
「モノーキーさん、あなた一体メインのアカウントで何やらかしたんですか...。」
ユカちゃんが唖然とした声で言いながら、俺を見つめている。
内緒。
「俺はまだ⚫︎害予告とか暴言で済んでるからマシだけど、これがつきまといとかセクハラ発言とか、SNS特定とか個人情報特定とか女の子ならそういう恐怖あるからな。俺の知り合いにも、最近SNSの裏アカがバレて大炎上したバ⚫︎がいるからな。」
「...私はとりあえずSNSとかはやってないですし、そういう危険性はないとは思いますが、怖いですね。」
「しかも、こえーのは男であっても、女だと思われて粘着される事だな。美少女キャラのアバターを使ってれば、中の人は美少女だと信じてる層ってマジでいんだよ。男声だとしても、ボイスチェンジャーで男避けしてるんだな、僕は分かってるよ、みたいな風に捉え始めるしな。」
「...頭イカれてんだろ。俺だって、ゲームで女の子のキャラ使う事くらいあるぞ。」
流石に弟君がドン引きしている。アバンダンドはマジで闇が深いゲームだからな。現実社会では絶対に関わらない層とも、このゲームでは普通に関わる事があるからタチが悪い。この二人のように現実が充実してるタイプの人からしたら尚更だろう。
「特にユカちゃんは初心者だからな。ゲームしか知らない教えたがりおじさんの標的になってしまう。美少女アバター、女声、初心者の全てが、条件に当てはまってしまっている。」
「私は一体どうすれば良いんですか...。」
ユカちゃんは完全に怯えた表情をしており、手もプルプルと震えている。
可哀想に。
「なぁ、おっさん気づいてないのか?」
ん?
「美少女アバターで女声の初心者に」
おう。
「教えたがりのおっさん」
おう。
「それっておっさんの事だろ。」
「...なるほど。時系列だけなぞってくと完璧に俺だな。」
「私、モノーキーさんから、狙われてるんでしょうか?」
「狙ってねぇから安心しろ。」
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