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第1章5話〜お前らしいよ〜

「アルゴそれって。」


「...マジか。」


 レグルとミラリサの二人だけに、《ギルドに来てくれ。》と個人チャットを送った。ナイトアウル本部に戻ってきた二人はガラリと開け放たれた木箱と俺の手に持つこの漆黒の弓を見た途端、目を剥いて驚愕の表情を浮かべている。


 彼等が驚くのも無理はない。この弓はテレスを、かつての最強だったナイトアウルを象徴した、このアバンダンドの世界でただ一つのテレスオリジナルの武器。


【テレスの弓】だ。


 オーガにしては小柄なテレスだが、それでも人間族の女性並の大きさの彼女とほぼ同じだけの大きさのある上弦の長い、漆黒の和弓。


 ユニーク武器は決められた範囲内で能力値を割り振る事や、武器のデザイン、サイズ、そして名前をプレイヤーが自らが決める事が出来る唯一の武器だ。自己顕示欲の高くないテレスがわさわざ弓に自分のプレイヤーネームをつけていた事に疑問を抱き、彼女へ尋ねた事があった。彼女から返ってきたその答えは単純明快なものだった。どんな名前をつけても厨二臭くて嫌。ダサい。恥ずかしい。それだけである。


 一応最初はナイトアウルとかテレスコープとかユニバースとかつけようと思っていたらしいが、結局恥ずかしくて、一番無難な自分の名前にしたと彼女は話してくれた。そんな理由でつけた武器名ではあるものの、こうしていざ自分がこいつを手にしてみると、彼女の名前を冠した武器と言う事もあり、このアバンダンドという世界で最強を表すなら、これ以上ない名前だろう。


「こいつを誰にも知られないところで試し打ちをしたい。どこが良いと思う。」


 もしかしたら、このテレスの弓はラビッツフット戦に向けて、秘密兵器となり得るかもしれない武器だ。俺は二人に問いかける。その俺の意図を二人は即座に察してくれたようで、レグルが口を開く。


「...それならあそこしかないだろ。」


―――


 この武器の性能を試す為に俺達は古代の王の墓の地下四層へと赴いた。古代の王の墓は巨大な墳丘墓のダンジョンであり、メインストーリーを進め、ヴォルトシェルの国王に認められたプレイヤーのみが入る事を許されている。


 墓の内部は入り組んだ石の迷路のような作りとなっており、現在地下五層まで実装されている。メインストーリーでは、地下一層にいるNPCに話しかけるだけで終わる為、それ以上進むプレイヤーは、クエスト目的の暗殺者か、宝箱狙いの盗賊か、テイム目的の死霊使いくらいである。そのうえ、地下四層以降は、ソロならレベル80台のプレイヤーでも油断すれば戦闘不能になりかねないほどの高難易度ダンジョンになっており、今回のように誰にも見られず、秘密裏に何かするのであれば、うってつけの場所となっている。


「...やべーなこれ。」


 俺はテレスの弓から矢を一発だけガイコツのモンスターへ放つと、あの時のテレスと同じように弓からは、まるでレーザーの如く矢が光り輝きながら、遥か遠くまで飛んでいく。その一撃を見て、レグルが少し戸惑ったような顔で俺に問いかける。


「どっちの意味でだ。」


「...両方だ。」


 俺が狙いを定め、矢を放ったガイコツのモンスターは何事もなかったかのように、この仄暗い石造りのダンジョンを悠々と闊歩している。


 ....まるで当たる気がしない。凄まじくピーキーな弓だ。使い辛いにも程がある。


 この弓の射程に関しては全武器で見ても間違いなく最大級だ。通常の弓の二倍はあるんじゃなかろうか。かなり遠くにいる敵さえも狙えるだろう。これほど射程の長い武器は他に見た事が無い。武器の攻撃力も、レベル55装備とは思えない威力なのだろうが、とにかくブレが凄まじい。まともに敵に当てられる気がしない。持ってるだけで弓が震えているんじゃないかと思うくらい照準が狂っている。


 あの当時、テレスはこいつを当然のように使いこなしていた。矢を外したところなどほとんど見た事が無かった。改めて彼女のプレイヤースキルの高さを思い知らされる。


 攻撃間隔も非常に長く、PvEなら巨大なモンスター相手には使えそうだが、動きが速く的の小さい対人戦では使える代物じゃない。確かに、俺も弓はユニーク狩りの占有権争いなどでよく使うし、テレスに個人的に相当鍛えられたから、エイムもそれなりには自信はある。それでも、あくまで俺のメインウェポンは短剣だ、弓はサブウェポンに過ぎない。テレスのように、こいつを運用できる気がしない。


 まさに【テレスの弓】の名の通り、こんなもんあいつしか扱えないんじゃなかろうか。


「テレスの弓は戦力になりそうか?」


 再びテレスの弓を構える俺にレグルが尋ねてくるも、俺はその言葉に対して首を縦に振る事が出来ないでいる。


「...いや。レベル55からの装備にしては、凄まじく強いんだろうが、今の環境では話にならん。ほぼ骨董品みたいなもんだ。それに、」


 溜め終わると、俺はもう一発ガイコツに向かって矢を放つが、やはりガイコツには当たらず明後日の方向に飛んでいく。


「...どこに飛んでくのか俺にも分からん。」


 あまりにも照準のブレが酷過ぎて、使える気がしない。


 レグルはそんな俺の惨状を見てだろう。慌てながらフォローの言葉を述べてくる。


「あ、扱えるかどうかは別として、ほら、威力だけならザラシみたいにユニークの打ち直しクエスト受ければ相当底上げ出来るだろ。それすればいけるって。大丈夫大丈夫。」


 テレスの引退後、レベル55時代にユニーク武器を作ったプレイヤーへの救済クエストとして、レベルキャップ80時代にユニーク武器を持っていけ打ち直してくれるクエストが実装された。これにより、これから何度レベルキャップが引き上げられたとしても、打ち直しさえ出来れば、レベルキャップの性能にまで威力を引き上げる事が可能になり、再びユニークは最強武器の名を欲しいままにしている。


「...いくらかかるんだよそれ。」


 俺は怪訝な面持ちで二人を見つめると、ミラリサを気まずそうに、俺から視線を逸らして答える。


「い、今の方が昔よりユニーク作るのも高くなってるし、その差分...、数千万くらいじゃない?あ、アルゴなら払えるって!」


「...ひっでぇ値段だな。しかもよ、もし打ち直ししたところで、俺のプレイヤースキルじゃ、まず命中させる事すら出来ん。正直なところ、他の武器や装備に金回した方がマシだな。」


「ま、まぁ。そういう考えもあるわよね。え、えーっと、それじゃ、テレスの弓はラビッツフット戦じゃ、使えないの?」


 ミラリサはテレスが残していったこの弓がラビッツフット戦の切り札にならないかもしれないという事で少しだけ残念そうに俺に聞いてくる。


「いや。使えない事もない。射程や範囲はでかいし、攻撃のエフェクトも派手だ。それにテレスが使ってた弓だ。警戒してうかつには俺達に近寄れないはずだ。どこに飛んでくのか分からないが、あえて敵に当てずに、威力を分からせないまま使うのもありだな。」


「あ、確かに!テレスが使ってた弓をアルゴが使ってたら、見せかけだけでも効果はあるわよね。アルゴはユニーク持ってないのが、唯一の弱点みたいなところあったし。」


 ミラリサは両の掌をパンッと音を立てて合わせ、「そうよ、そう。いくらでも活用出来るじゃない!」と橙色の髪を揺らして、嬉しそうに言うけれど、やはり俺としては中々気持ちはあまり晴れない。俺の手に握られたテレスの弓を見ながら、ため息をつく。


「せっかく、テレスが残してくれたのに、こんな使い方しか出来ねーのは申し訳ねーな。俺が上手く扱えるんであれば、打ち直しで強化も視野に入ったんだが。このままじゃあ、宝の持ち腐れだ。...俺にこいつを扱う資格があるんだろうか。」


 テレスの弓に視線を落としたまま、弱音を吐く俺に、「あるに決まってるだろ。」とレグルが力強く言う。


「...即答だな。」


「私もレグルに同感。私達の中で、一番アルゴがゲーム上手いんだし、アルゴで資格ないんならナイトアウルには誰もそんな資格ないわ。」


「その通りだ。テレスは、アルゴにそいつを託したんだから、自信を持て。」とレグルはミラリサの言葉に同意の言葉を述べる。


「それにな。そんな事が気になるんだとしたら、考え方を変えろ。今はアルゴが預かってるだけ。いつかテレスが戻ってきたら、返せばいいくらいの気持ちでいれば良いだろ。」


「...そうだな。その通りだ。」


 レグルの言葉に俺は相槌を打つ。


 そうだ。テレスがいつかアバンダンドに戻って来たら返せばいい。今は、俺があいつが帰ってくるまで預かっているだけ。上手く使えなかったってしょうがない。ただ、あいつからしたら、こんなのも扱えなかったのと俺の事を鼻で笑いかねないな。


 俺は気を取り直して、テレスの弓を空間にしまうと、ミラリサとレグルの正面に立ち、まっすぐ見つめ、「よし、テレスの弓の現状は分かった。それを踏まえてお前達に頼みがある。」と前置きをする。改まった俺の態度にレグルとミラリサは何も言わず、次の俺の言葉を待っている。


「...この話はもう少し後でする予定だったが、丁度お前ら二人だけだし、今伝える事にする。」


 この話は、扱えるかどうかわからないテレスの弓よりも、遥かに重要度が高い。今回の作戦の基幹となってくる現実的な戦略の話だ。


 俺は二人を見据えたまま、ゆっくりと口を開く。


「ナイトアウルは今二十八人、上限まであと四人空きがあるだろ?そこの枠を使って、四人傭兵としてギルドに入れたい奴等がいる。」


「...それはメズちゃんやユカユカちゃん?」と、ミラリサが聞いてくるが、俺はかぶりを振る。


「あいつらじゃない。違う奴等だ。」


 俺は敢えてそいつらの正体を明かさない勿体ぶった言い回しをする。


「違うのか。...そいつらは、お前にとって信頼出来る奴なのか?」


 レグルは懐疑的な眼差しを俺に向けて言うも、今度は先ほどとは違い、俺は即座に首肯する。


「ああ。この世界で俺が誰よりも信頼してると言ってもいい。ラビッツフット戦が始まったら、ナイトアウルのメンバー全員、そいつらの指示に従って欲しい。」


 ...これは捉え方によっては、ナイトアウルの誰も信頼してないと言わんばかりの言葉だ。だが、ライクス島を奪還する為には、彼らの力が俺には必要不可欠だ。多少反発も喰らうのも覚悟で、俺は二人へと伝える。


「...分かった。今は、ここはアルゴのギルドだ。誰を入れようが、そこはアルゴの好きにしてくれ。俺達はそれに従う。」


「ごめん、私達が頼りないばっかりに。私もアルゴとその人達に従うわ。皆にも、その人達に従うように伝えとくね。」


 やはり、二人は俺の発言に対して納得出来ない事や思う所はあるのだろう。その表情は固く、曇っている。それでも、こうして一切食い下がる事なく俺の案を受け入れてくれている事に、俺は感謝の言葉を述べて、頭を下げる。


「ありがとう。悪いな。ライクス島が奪還できたらそいつら抜けさせるからよ。」


―――


「んじゃ、帰ろっか。魔法かけるから私に近寄って。」


 魔法使いであるミラリサは、ダンジョン脱出用魔法の詠唱をする為に、俺とレグルをちょいちょいと手招きして、魔法範囲内へと呼び寄せる。しかし、俺はミラリサの提案を断り、魔法範囲内から外れる為に、ダンジョンの深部の方に向かって身を翻す。


「悪い。俺はここに残るから、お前らだけ帰ってくれ。」


 レグルが怪訝そうな声で「何だ、アルゴ。ヴォルトシェルに帰んねーのか。一応何をするか聞いて見てもいいか?」と俺に尋ねてくる。


 察しが悪いな。んなもん、決まってるだろ。俺のメインジョブは盗賊で、古代の王の墓だぞ。


「宝箱あけてくんだよ。日課なんだ。」


 俺は頭痛の原因であろう首の凝りを軽く指でほぐしながら、二人に答える。


「...アルゴ。お前風邪引いてるのに、まだプレイすんのか。どんだけ体力あんだよ。」


「宝箱を他のプレイヤーの目の前で奪って、悔しそうな顔見てりゃ、風邪も良くなるさ。嫌がらせこそ俺の活力の源だからな。」


 首をゴキゴキ鳴らす俺に、「...お前らしいよ。」と、レグルは肩をすくめて呟いた。


お読みいただきありがとうございます。

面白く感じていただけたら、ブクマと評価していただけるととても嬉しく思います。


よろしくお願い致します。

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