第1章4話〜俺はこいつを〜
「...テレスの宝箱だぁ?んなの、俺知らねーぞ。」
俺は突如レグルの口から出てきた言葉を訝りながら復唱する。
初耳だ。俺もかつてはナイトアウルにサブマスターとして所属していた。しかし、テレスの宝箱なんていう存在は聞いた記憶などない。
眉を顰め、猜疑心を抱きながら、俺はレグルにそう聞き返す。
「知らないのは当然だ。アルゴがナイトアウルを出て行った後、見つけたんだからな。隠すように置いてあったんだ。まったく引退したってのに謎を残していくなんてテレスらしいよな。」
レグルは、「宝箱が気になるなら、着いてこい。見せてやる。」と俺に促すと、一層にあるナイトアウル本部へと向かって、人混みの中を一人歩き出す。俺はその言葉に軽く頷き、先を歩いているレグルの背中を追いかける。
「中には何が入ってたんだ?」
人混みをかき分け、何とか追いついた俺はレグルと横並びで歩きながら、先ほどのテレスの宝箱の詳細について促す。すると、レグルは眉を寄せて困った顔で言う。
「それがな。宝箱を見つけてから一年以上経つが、未だに開けられてないんだ。メンバーの名前とか、それっぽそうな言葉や単語は数字なんかを全て突っ込んでみたが、まったく開く気配がない。」
「...んな、重要なもん。もっと早く知らせろよ。」
テレスの引退から一年以上も経って聞かされる新事実に、俺は露骨に不快さを隠さず、しかめ面を浮かべながら言う。
「ずっとそうしたかったさ。俺はアルゴならパスワード知ってるかもと言ったんだよ。...ただ、メズがな。ここを捨てて出て行った人なんかに宝箱の事教える必要ないって言っててな。おっと、お前はあいつを恨むなよ?」
「...ああ、そういう事か。恨みなんかしねーよ。急に退団して出て行った俺が悪いんだからな。あんときゃ、俺が自分勝手に抜けたせいで、あいつと凄い険悪だったからな。メズにそう言われるのもしゃーねーよ。」
俺はそのレグルの言葉で、苛立っていた気持ちに溜飲を下げ、「悪かった。」とレグルへと伝える。
「気にするな。伝えなかった俺も悪いんだからな。ただ、それでもメズな。アルゴがナイトアウルに戻って来たら、教えてあげるとは言ってたんだ。ずっとあいつ、お前がナイトアウルに帰ってくるの待ってたんだと思うぞ。」
ニヤついた顔で、「健気だよな。」と横を歩く俺を見ながらレグルは言う。
「それなのに、お前は新しいギルドで、ハルといちゃついてるし、何やってんだと。一時期、ミラリサお前の事めちゃくちゃ軽蔑してたぞ。」
「...なるほど。それだけ聞くとあれだな。とんでもねぇクソ野郎だな、俺は。」
「俺ですら、ろくでなしだと思ったからな。」
ナイトアウルにいた時から感じていた事だが、こいつら、俺とメズをそういった関係性だと思っている節があった。...だから、第三者目線として見るならば、恋人同士である俺とメズが喧嘩したせいで、俺がメズを振って、ナイトアウルを出て行った。んで、新しいギルドを作って、新しい恋人であるハルと遊んでる風にしか見えんわな。ナイトアウルのメンバーからしてみたら、俺は最低な男で、メズはその帰りを待つ健気な女だな。
「ただ、俺は何度でも言うが、別にハルとそういう関係でもなければ、メズともそういう関係でも無いからな。勿論、ユカちゃんともだ。」
「まぁ、メズも当時同じ事言ってたよ。違うって。私はアルゴの恋人じゃないって。それで、ミラリサも怒りを沈めてたよ。」
「そうか。」
―――
一層にあるナイトアウル本部に辿り着くと、ミラリサを含めた数人のメンバーが俺とレグルに、「おかえりー。」と声をかけてくる。
俺は、「ただいま。」と彼女らに返す。レグルはその俺の様子を見て、軽く笑みを浮かべながら、「こっちだ。」と俺を案内する。
レグルが案内した先には人間族の背丈ほどの巨大な木箱が一つ置かれていた。
やはり、俺は一度も見た事のない宝箱だ。
「テレスがいつも座っていた椅子の下に隠し倉庫があってな、そこに隠されてた。あの椅子に座るギルマスのみに気付く仕掛けだったというわけだ。」
「...俺、最近座ってたけど、床下倉庫なんて気づかなかったぞ。」
俺がそう言うとレグルは、「お前はそういう奴だよ。」と苦笑いを浮かべる。
「アルゴ、もしかしてパスワード分かるの!?」
いつのまにか横に立っていたミラリサが身を乗り出して、俺に話しかけてくる。いや、ミラリサだけじゃない。他のメンバーも興味津々なようで、宝箱の前に集まってきていた。
「...ああ。多分、分かる。」
俺がミラリサのその問いに首肯すると、周囲から歓声が上がり、そこにいる皆が色めき立っている。遂にテレスが残した宝箱が解錠されるかもしれないのだ。無理もない。
「そうか。なら、やはりそいつはテレスがアルゴに残した物って事だな。だから、中身はお前の物だ。気が向いたら、開けてみろ。」
レグルはそう言って、俺を促してくる。俺はその言葉に軽く頷き、答える。
「...分かった。んじゃ、申し訳ねーけど。一人にさせてもらっていいか。」
一人きりにして欲しいという俺の言葉に、メンバー全員少し残念そうな顔をするが、すぐに分かったと納得して、俺の頼み通り、ギルド本部から出て行ってくれている。
「話したくなったら、私達にも中身何だったか教えてね。」と、ミラリサは微笑みを浮かべ、俺に手を振りながら言う。
俺はその言葉に深く頷くと、ミラリサとレグルもギルド本部から退出していく。二人が去っていくのを見送り、ナイトアウルの本部にいるのが俺は一人になると、また、テレスの声と俺の声がどこからか聞こえ、再びズキズキとした頭痛が襲ってくる。
...早く開けよう。
俺はゆっくりと宝箱に触れると、目の前にウィンドウが立ち上がってくる。ウィンドウにはPasswordという文字列の横に、文字を打ち込めるスペースがある。俺はそこに彼女の誕生日の数字と星座名を打ち込んでいく。
十二月十五日生まれの射手座。
星座と誕生日どちらが先かとか、日本語か英語かとかは分からないが、総当たりで何度かやればおそらく開くだろう。
...このパスワードだ。中に入っている物は、ある程度検討がつく。
何度か試しているうちに、木箱からカチャと鍵が解錠される音が鳴った。俺は大きく息を一回吐き、木箱を開くと中には予想通りのそれが入っていた。
...俺は、こいつを受け取って良いのだろうか。
彼女を最強たらしめた力の象徴。様々なジョブ、様々な武器を扱える彼女が、自分用にカスタマイズし、作り上げた最強の武器。
この漆黒の和弓【テレスの弓】を使う資格があるのだろうか。
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