表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

123/170

第1章3話〜スッキリした〜

 軽く上にあげた両手をストンと下に落とし、俺の話はここまでだと切り上げると、今度は俺がユカちゃんに聞きたかった事を尋ね出す。


「そういや、五つ葉のクローバーの奴らは最近どうしてるんだ。ササガワには、たまに連絡はしてるけどよ。」


 現実でも付き合いがあり、元ラビッツフットメンバーあるササガワとは連絡はとっている。古巣とやり合う事に関してはササガワは何とも思っていないようで、《早く倒して戻ってきてください。寂しいです。》と俺の帰りを待つ懇願の返事が来ている。半ば強引に五つ葉のクローバーに誘っておいて、速攻呼んだ張本人が離脱する事になったのは流石に申し訳なさを感じる為、平謝り状態である。


「私達の近況ですか?」


「ああ。」


「そうですね...。特に変わった事は、」と、ユカちゃんは軽く顔を上げて考え出す。


「あ!タロちゃんは嘆いてましたよ。おっさんがラビッツフットとやり合うなら、俺も誘えって。ずっと言ってます。タロちゃん、蕨餅さんにリベンジしたいみたいですよ。」


「...そういや、あいつだけピアス狩りの時、ラビッツフットとやり合えてねーもんな。でもなぁ、俺が誘ったところで、まだあいつじゃ蕨餅には勝てんだろ。」


 ラビッツフットのメンバーからは弄られ役に回る事の多い蕨餅だが、何だかんだいってその戦闘の実力は非常に高い。俺の直属の金策チームからホーブ率いる戦闘チームに鞍替えしたいと言った時も手放さなかった程には俺は蕨餅の実力を買っている。


 ナイトアウルは星やそれに関連した名前のプレイヤーを集めるというコンセプトのギルドだった。それに比べてラビッツフットは、四大ギルド全部ぶっ潰すという目的の為に、完全に実力でメンバーを選んだギルドだ。性格的に気弱な奴はいても、戦闘で弱い奴など一人もいない。


 まぁ、逆に言えば、ナイトアウルはたったそれだけの理由で選ばれたメンバーが、テレスというプレイヤーに惹かれ、彼女の為に頑張ろうっていうだけで、最強のギルドを名乗るまでに登り詰めたのは凄いけどな。


「ふふ、蕨餅さんを倒したいってのは多分タロちゃんなりの理由づけなんですよ。本当はモノーキーさんの事を何でも良いから、ただ手伝いたいだけなんだと、私は思っています。」


「なるほど。んじゃ、俺を手伝いたいなら、まだレベルが足りねえ、さっさとレベリングしろって、あいつに言っといてくれ。まぁ、あいつがレベル80以上になる頃には全てケリついてるだろうけどな。」


 そう言って、俺は意地悪くケラケラと笑い出す。


「もう、どうしてあなたはそういう意地悪な事を言うのですか!」


「事実だからな。」


 ユカちゃんはムスッと軽く頬を膨らませると、呆れたように、「まったく。モノーキーさんは変わりませんね。」と呟く。


「あと、メズさんも明るく見えますが、やっぱり前に比べると元気がない感じもします。モノーキーさんはメズさんと連絡取ってるのでしょうか?」


「全然だな。そもそも、あいつはナイトアウル関係の事は耳にしたく無いだろう。」


「...ですよね。私も敢えてナイトアウルさんに関しての話は一切してないです。何も知らない私が一丁噛みしてしまうのは、違うと思いますので。」


「悪いな、気を使わせて。とりあえず、ライクス島を奪還出来れば、メズも多少楽になるだろう。すぐ終わらせて帰るからよ。」


 俺は微苦笑を混じりにユカちゃんに手刀を立て、頭を下げると、「大丈夫ですよ。」と彼女は言う。


「...では最後に、私はどう思います?」


 彼女のその言葉の意図を計りかねつつも、俺は首だけ上下に動かしてユカちゃんの全身に目を走らせる。ユカちゃんは自分がどう言われるのを期待してなのか、恥ずかしさからなのか、うずうずと少し手を揺らしながら、俺の言葉を待っている。


「...ユカちゃんはそうだな。見れば分かる。凄い強くなってるな。」


 俺のその言葉は、ユカちゃんにとって期待通りの言葉だったのだろう。嬉しそうに先ほどより一際大きな声で反応を返してくる。


「ええ!レベル上げ凄く頑張ってますよ!」


 ユカちゃんが身につけている漆黒の外套はレベル45にならないとつけれない胴装備だ。この前まで30半ばだったのに、もう彼女はレベル50に届きそうになっている。


「言った通りでしょ?すぐモノーキーさん追いついちゃいますよ。80なんてあっという間です。」


 ...確かにこのペースで上げていければ、それほど時間もかからずに80まで上げられるだろうが、彼女は学生だ。こんなペースで上げていて学業に支障とかないのだろうか。俺やメズやササガワのように人としてどうかしてる奴らと彼女は違う。ゲームに集中するあまり、現実の方で悪影響を及ぼしてはいけないはずだ。


「焦る事ないぞ。俺になんか合わせないで、自分のペースでアバンダンド楽しんどきな。」


 俺の心配をよそにユカちゃんは、「いいえ。」とかぶりを振ると、笑顔から神妙な顔つきへと変化する。


「...焦りますよ。だって、私だけ弱くて、何もかも蚊帳の外じゃないですか。」


 いつもは明るく元気な彼女が、ぽつり、ぽつりといつになく憂いを帯びた声で、弱音を吐いている。


「私はメズさんのように当事者でもなければ、ササガワさんのように現実での付き合いもなく、タロちゃんのように自分を誘えっていうだけの強さも無いんです。」


 ユカちゃんは五つ葉のクローバーの中で、自分だけレベルが低い事にコンプレックスを抱えているようだ。ギルドで遊ぶ時は、同レベル帯のジョブや倉庫キャラでレベルを合わせたり、彼女のやりがいを奪わないようにはしてきたつもりではいる。だが、俺が五つ葉のクローバーを抜け、ナイトアウルを再興させるために行う事は、レベルの低い彼女にとっては手の届かない領域であり、劣等感を抱えさせてしまったのかもしれない。


「せめて、モノーキーさんに声だけでもかけに行きたいなと思っていたのですが、レベル50にならないと蒼穹回廊に入る事も出来ないんです。応援する事すらも出来ないのは寂しかったです。大きな壁を感じてしまいました。」


 彼女の表情は笑顔であるものの、その声はどこか悔しそうに、寂しそうに聞こえてくる。俺はただ黙って彼女の見つめ、話を聞く事しか出来ないでいる。


「実を言うと、さっき、モノーキーさんに話しかけるの少し躊躇してしまったんです。...勇気要りました。」


「意味が分からん。俺に緊張する事なんて何も無いだろ。ただのニートだぞ、俺は。」


「モノーキーさん。凄く難しそうな顔していて、雰囲気があまりにも違ったので。あ、やっぱりモノーキーさんって、凄く強いプレイヤーだったんだなって。でも、話しかけてみたら、いつものモノーキーさんで安心しました!」


「当たり前だ。ただ風邪で体調崩して、しかめ面してただけだからな。そもそもな。このゲームでいくら強かろうが、そんなんで話しかける事を躊躇すんな。」


 俺はまっすぐユカちゃんの顔を見据えると、声に力を込めて彼女に言う。


「あのな、いいか?このゲームで強ければ強い奴ほど社会不適合者なんだからな?言っちまえば人間のク⚫︎だ。そんな人間に気なんて使うな。」


 ...こんな、おそろしく情けない事を若い娘に力説しなきゃいけないのは、まるで自傷行為だな。


「大丈夫、安心しな。俺はどこのギルドに行こうが何も変わんねーカスのまんまだからよ。だから、無理して俺に追いつこうとせずに、ユカちゃんは自分のペースで良いんだよ。」


 俺のあまりに情けない言葉に、少し強張っていたユカちゃんがプッと笑い出す。


「しょうがないですね。分かりました。急いで上げるのは少し無理があったんでやめます。ただ、一緒に遊びたいので、そこは何を言われてもレベル上げは頑張りますからね。」


「あぁ、大丈夫。俺は引退なんかしねーから。その時まで気長に待ってるよ。」


―――


「また見かけましたら、今度は遠慮なく話しかけますね!」と、ユカちゃんが俺に別れを告げる。俺は路地裏から去っていくユカちゃんのその後ろ姿が見えなくなるまで見送った後、俺も取引販売所のある大通りへと戻る同時に、人混みの中からレグルが姿を現し、俺を呼び止める。


「よっ!お前、あの子の前だとあんな穏やかな顔すんのな。別人かと思ったぞ。」


「んだよ、どっから見てたんだよ。出刃亀はやめろ。ストーカーかよ、気色悪ぃ。」


 俺は露骨に不快感を隠さずに、レグルに向かってため息をつきながら言う。


「...出刃亀とは酷いな。ここに来たのはついさっきで偶然だ。アルゴ一層に中々戻ってこねーから、様子見に来たんだよ。...あの子、良い子だな。」


「だろ。お前に言われなくても知ってる。」


「...だけどよ、お前。本当にウサギ並に節操無さすぎるぞ。メズに、ハルに、あの子だろ。手出しすぎだ。しかも、見る度に相手の年齢もどんどん下がってるだろ。やべーよお前。」


 蔑むような目でレグルが俺を見つめながら言う。


「馬●野郎!全員ちげーからな。風評被害にも程があんだろ。」


 何て失礼な奴だ。しかも、俺にとって肝心なテレスはレグルの中には入っていないのが、またテレスに憐れみを覚える。...まぁ、テレスは色気はなかったもんな。とはいえ、まったく無関係な三人の名前をあげてきて、ロリコン疑惑まで持たれたら洒落にならん。どんなクズ人間だよ俺は。


 うぐ...。クソ、こいつにムカついてたら、...何か気持ち悪くなってきた。ユカちゃんと話してる時は大調子良かったのに。話す相手が野郎だと自分が風邪を引いてる事を思い出しちまうじゃねえか。


「なぁレグル。」


 俺は神妙な顔でレグルの名を呼ぶと、あまりにも真剣な俺の声にレグルは、「どうした?」と身構えながら答える。


「悪ぃ、吐きそうだ。」


 限界を超えた俺は手元に置いてあったバケツを抱えると、VRゴーグルを外して思いっきりバケツの中に逆噴射する。勢いよく吹き出しているその姿は、自分じゃあ見えないが、おそらく外国にある口から水を吐くライオンの像のようだろうな。外していたにも関わらず、俺の吐瀉音がVRゴーグルを通して五層中に大音量で聞こえていたらしい。


 「...音声くらい切ってくれ。」


 嘆息混じりのレグルの声がデスクの上に置いたVRゴーグルから響いてきた。


―――


「...あー、スッキリしたわ。」


 俺は抱えていたバケツを床に起くと、再びVRゴーグルを身につけながら、満面のニコニコ顔でレグルに言う。


「何でゲロ吐くと頭痛治るんだろうな。胃にある物を外に出しただけなのに、人体の七不思議だな。」


「...お前の周りだけ、ミステリーサークルみたいに空間出来てたぞ。こんだけ混雑してる五層にあるまじき光景だった。あんなん初めて見たぞ...。」


 レグルはげんなりとした顔で俺に言う。


 んなもん、俺の意思じゃなくて出ちまうんだからしゃーねーだろ。


 周りを見渡すと近くにいるプレイヤーは俺の事を汚物を見るような嫌悪感に塗れた目をして、距離をとっており、明らかに俺の周りだけ人がいない。


「...くだらん。ブツはアバンダンドにあるんじゃなく、今、俺の席の後ろにあるバケツの中だと言うのに。俺を避ける意味などなかろう。」


 俺は、フンと鼻を鳴らし、ぶっきらぼうにレグルに言う。


「汚ねえよ!そんなもん、さっさと片付けろよ!」


「また、吐くかもしれないからな。全部終わったら、片付ける。」


 すっきりしたとはいえ、肩と首の凝りは依然として残っており、首を回したり、肩を自分で軽く揉みほぐしながら言う。


「...良かったな。あの子に見られなくて。あの子、アルゴの事を物凄く尊敬してるように見えたぞ。いくらお前でもゲロ吐いてる姿見られたら、流石に辛いだろ。」


「ふん、もっと情けない姿なんかいくらでも見せてるからな。そのくらいじゃ辛くもなんとも無い。」


 俺の言葉に「お前なぁ...。」と呆れ果てていたレグルは、ハッと何かを思い出したかのように目を見開き、喋り出す。


「あ!そういや、最近バタバタとしててアルゴに伝えるの忘れてた事があるんだが。」


「何だよ。」


「テレスが残した宝箱の事だ。」


お読みいただきありがとうございます。

面白く感じていただけたら、ブクマと評価していただけるととても嬉しく思います。


よろしくお願い致します。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ