第1章1話〜あいつ、どんな説明してんだよ〜
...頭痛が酷い。ズキズキと脈打つように、痛みが襲ってくる。疲れもあるんだろうが、どうやら風邪を引いたらしい。
寒気や声枯れが酷いうえに、多少咳も出ている。唾を飲み込むのも痛いが、俺は病院に行くわけでもなく、ドラッグストアに風邪薬を買いに行く事もせず、気合いでアバンダンドを何とかプレイし続けている。とはいえ、風邪の症状から来る肩凝りだけは耐えられない程かなりキツイ。普段は気にならない重さのVRゴーグルが首と肩に地味に負担がかかっているような気がする。肩と首を指の腹でぐいっと押してほぐそうとすると、痛気持ち良さと共にあり得ないほどゴリゴリと音が鳴る。
まるで現実のようなグラフィックと言えど、ゲームはゲーム。今日は多少目にも辛さがあり、こいつが悪さをして吐き気にも繋がりそうだ。疲れを取ろうと一度VRゴーグルを外し、眉頭にあるツボを指でグリグリとほぐしているが、何度も胃液が喉元まで上がってこようとする。俺をそれをぐっと呑み込み、外に出ようとしてくるのを何とか耐えている。
こんな満身創痍の酷い状況であっても、俺はアバンダンドをやめる事など出来ないでいる。万が一に備え、俺の手元にはきちんとバケツとティッシュと水道水の入ったペットボトルの飲み水が既に用意している。これで、いつリバースしても大丈夫だ。
...ここまで体調が悪くてもゲームをやめられないのは、流石に自分でも酷いネトゲ中毒だと自覚している。だが、今は一刻も早くライクス島奪還するためにやる事が山のようにあるのだ。サボってなんかいられない。
再びVRゴーグルを装着した俺は、買い出しの為にヴォルトシェルで唯一取引販売所のある五層に蒼穹回廊から降りてくる。ヴォルトシェル王国最大の繁華街である五層は相変わらずプレイヤーで溢れかえっており、どこを見渡しても賑わっている。
...クソ。人酔いしそうだ。
実際に俺の周囲に人が存在するわけでは無いのにも関わらず、このプレイヤーの多さで気持ち悪さが加速してくる。俺は手元にあるペットボトルの水を一口に含むと、俺の背後から俺の名を呼ぶ声が聞こえてきた。
「モノーキーさーん!!」
俺に対して、この呼び方をするプレイヤーは一人だけだ。俺は取引販売所に向かう足を止めて、後ろを振り向くと、そこには数週間前より遥かに高レベルの装備を身に纏ったユカちゃんの姿があった。彼女はニコニコと嬉しそうな笑顔を浮かべながら、俺にブンブンと勢い良く手を振っている。
俺に手を振るユカちゃんは真っ赤なリボンでミルクティーカラーの髪を結んでいる。かつては俺もそのレベル帯で使っていたほどの高性能な頭装備だ。
...まぁ、俺の時は周りの奴らからは気持ち悪がられたりしたけどな。
ただ、そんな俺とは違い、ユカちゃんのそのレディライクなヘアスタイルは実に彼女の雰囲気に似合っていると感じる。服もホーブがいつも着ているような漆黒の外套を身につけており、その凛々しい彼女の姿は誰が見ても、初心者扱いする事はないだろう。
「お、久しぶりだな。」
俺はそのユカちゃんの呼びかけに軽く手を挙げて答える。
「ええ、お久しぶりです。ってモノーキーさん大丈夫ですか!?その、声が...。」
俺の元に駆け寄ってきたユカちゃんは、俺の声の変わりように驚いている。
やっぱ気づくよな。自分でも流石にガラガラだと思うし。
「あぁ、風邪引いたみたいでな。そんなすぐ分かるほど声酷いか?」
「はい。いつにも増して、とても酷い声です。」
「...いつにもは余計だ。」
「冗談ですよ。冗談。」
ふふ、とはにかみながら彼女は片目をパチリと閉じ、人差し指を一本立てながら言う。
...この子も大分俺に遠慮なく言うようになってきたな。
次代のスタープレイヤーであるユカちゃんと三大嫌われ者の俺との組み合わせは、やはりこの五層では目立つらしい。多くの視線を感じてどうも話しづらい。
俺は目線を今いる大通りから路地裏の方に向けると、その意図を汲み取ったユカちゃんは、「あそこで話しましょう。」と俺の手を引いてくる。いくらレベルや装備が変わっても、無自覚少女は相変わらずの健在のようだ。
人気のない路地裏へと俺とユカちゃんは移動すると、ゲホゲホと俺は軽く咳き込む。そんな俺を見てユカちゃんは心配そうに俺を見つめてくる。
「...本当に体調が心配ですね。そう言えば、モノーキーさんって、ご家族と一緒に住まれているんですか?もし、そうであれば私も安心なのですが。」
「いや、俺は一人暮らしだ。実家のが圧倒的に金かかんねーとは思うけど。まだ、親には俺が仕事辞めた事言ってねーからな。体調が悪くても絶対に帰れん。」
「...ご家族にバレた時が恐ろしいですね。...良い加減モノーキーさん働きましょうよ。そうすれば全て解決するじゃないですか。」
ユカちゃんは、「はぁ、」と軽くため息をつきながら言う。完全に呆れ返っているようだ。俺は小さく笑いながら、ユカちゃんに相槌を打つ。
「そうだな。それも良いかもしれないな。」
俺から返ってきたのが予想外の言葉だったからだろう。ユカちゃんは、「へ?」と素っ頓狂な声を出したあと、まるで飼い犬や小さな子を褒めるかのように大袈裟すぎるほど盛大に拍手をしながら、褒め称えてきた。
「遂に働く気になったんですね!偉いですよ!凄いですよ!モノーキーさん!」
ユカちゃんは嬉しそうに手を伸ばしてくるも、流石に歳の離れたおっさんの頭を撫でるのはマズイと思ったのかすぐに引っ込め出す。
...彼女の中で俺は一体どういう立ち位置なのだろうか。
「ああ。とりあえず最強になったら働く予定だ。もともとその予定だったからな。それか貯金が尽きたら働く。」
「...それ結局働く気全くないって事ですよね...。褒めて損しました。その条件だとお金尽きる方が圧倒的に早いんじゃないでしょうか。あ、でも、ラビッツフット、ホーブさんに勝てば最強に近づいたと言えますよね。ホーブさんってPvP最強なんですよね?」
「まぁ、ホーブが対人戦で強いのはその通りだが、対人戦で強いから最強のプレイヤーだって直結させるのは、また違うような気もする。俺の中での最強のプレイヤーはナイトアウルの初代ギルマスだから、そのイメージを超えたら最強と自負できる気がする。」
「初代って、テレスさんですよね?」
教えていないはずのテレスの名前が、突如ユカちゃんの口から出てきた事に俺は驚く。
「そうだけど。その名前、メズから聞いたんか?」
俺がそう聞き返すと、ユカちゃんはこくりと小さく頷いて答える。
「はい。テレスさんはモノーキーさんの恋人だったと、メズさんが言ってました。」
「...あいつ、どんな説明してんだよ。」
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