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番外編30〜粘液ってあの粘液よね?③〜

「すみません。自分盗賊30なんですが、粘液狩り参加したいです。もしよろしかったら、ご一緒させてもらえないでしょうか。参加してからの初回ドロップについては粘液は辞退します。」


 ヒビカスの町でダメ元で俺はスライム狩りパーティを募集していた人に交渉する。スライム狩りを目的とする人はヴォルトシェルではなく、渓谷に近いヒビカスで仲間集めをするのがセオリーだ。たかがゲームなのに、こうやってペコペコと媚び諂わなければいけないなんて非常に馬鹿らしいとしか思えない。しかし、こうやってへりくだってお願いしなければ、盗賊は粘液狩りパーティに参加する資格すらないのが実情だ。


「結構です。盗賊さんは必要ないので。」


 ...やはりダメか。また今回はかなりバッサリと断られたな...。


 現状スライム狩りに必要とされているジョブは戦士、王国騎士、魔法使い、僧侶、薬師のみ。普段のレベリングパーティであればタンクロールで人気ジョブの武闘家ですら盾が使えないから、スライムの魔法攻撃に耐えられないという理由でゴミジョブ扱いされている。武闘家ですらこの扱いなら、盗賊がどういう立ち位置、どういう扱いをされているのか分かるだろう。スライム討伐パーティーに参加を断られるのも、数十回に達している。


 ...これでは、まるで就活だ。リーマンプレイの俺には、この断られる時間すら勿体無い。もはや、別ジョブを育ててこのクエストをクリアする方が手っ取り早いんじゃなかろうか...。


 そんな事まで考え出すほどに途方に暮れていた俺の元に、「こんにちわ。もし良かったらスライム狩り一緒にやりませんか。」と声をかけてくれるプレイヤーが現れた。


 俺はこのチャンスを逃してたまるかと、ほぼ反射的に、「こんにちは。お誘いありがとうございます。是非ご一緒したいです!」と彼に返事を返す。


「ありがとうございます。ただ、自分達、武剣音音のパーティなんですが、それでも大丈夫でしょうか?」


 その言葉で、俺はこれがどういうパーティか理解した。これは俺と一緒でスライム狩りに適さないジョブ同士で集まって作られた余り物パーティだ。戦力としてみたら心許ない。しかし、誘ってもらえただけで相当な幸運だ。選り好みなんてするわけがない。


「勿論。是非、よろしくお願いします。」


 俺は深く頭を下げ、参加する意思を彼に伝えると、俺に話しかけてきたリーダーの人間族の男は、ほっとしたように「良かった。」とはにかみながら答える。


 クソみたいなプレイヤーが殆どのアバンダンドだが、やはり中にはこういったまともなプレイヤーもいるのが救いだ。


 パーティに合流した俺は、リーダーから攻略の説明を受ける。基本戦術は、武闘家のリーダーがスライムの攻撃を受け、魔剣士の女エルフさんが剣ではなく、威力は低いが魔法攻撃で削る。女性オーガと人間族の男の音楽家二人には、笛を吹いて微量でもHP回復の曲を演奏してもらう。僧侶や薬師に比べれば回復量などたかがしれてるが、それでもこのパーティの要だ。


 そして、俺に求められる役割は毒攻撃のスキルとなっている。スライムには打撃攻撃も切断攻撃もほとんど通らない為、俺の使える毒スキルは、このパーティの中で一番のダメージソースになるとリーダーは話す。俺は彼のその説明に、「了解。」と頷く。このパーティでスライムを倒すのは、確かにこの方法しかないだろう。


 俺達はヒビカスの町の取引販売所でポーションを山のように買い込むと、目的地である渓谷に辿り着く。渓谷は相変わらず頭を抱えたくなるような光景が繰り広げられていた。本来は自然豊かで、多様なモンスターが暮らしているとても美しいエリアなのに東西南北どこを見渡しても、人、人、人で埋め尽くされている。どいつもこいつも目がギラついており、ピリピリとした空気と共に怒号が渓谷中に響き渡っている。怒号の内容は狙っていたスライムの占有権を取った。取られたと、極めて醜い争いのようだ。


 このような喧嘩がこのフィールドの至る所で起きているようで、フィルターまみれの罵声が飛び交っており、まさに無法地帯といった様相である。


 パーティとパーティの隙間を見つけて、俺達もそこをベースキャンプすると、両隣のパーティから、露骨なまでの舌打ちが聞こえてくる。


 ...酷い有様だ。空気の悪さが極まっている。


「アイテム分配はランダムでやろうと思うんだけど、皆それで良いかい?」


 リーダーはそう俺達に問いかけると、それに異議を唱えるものはおらず、全員が頷いている。


「んじゃ、皆承認出してくれ。」


 リーダーの声に従い、俺はメニュー画面からアイテム分配の設定を開き、承認ボタンを押す。このアバンダンドというゲームのドロップアイテムの獲得方法は三種類ある。


 モンスターがアイテムをドロップした際、何も設定していなければモンスターが落とした場所に、倒したパーティの誰かが拾うまでアイテムが放置される事になる。これが一つ目だ。


 アイテム分配機能を設定すると、モンスターがアイテムをドロップした際、その場に放置とならず、すぐにアイテムプールシステムに一時的にドロップアイテムが保管される。この分配機能には、ランダムと挙手の二種類の設定があり、ランダム設定であれば、そこから完全にランダムでパーティメンバーの誰かにそのアイテムが渡る事になる。これが二つ目の獲得方法だ。


 挙手設定であればアイテムがドロップした時にプールされたアイテムに挙手ボタンを押す事でアイテムへの参加券を得られ、挙手したメンバーの中からランダムでアイテムが分配されることになる。これが三つ目の獲得方法となる。


 レベリングパーティであっても当然だが、特にこのようなアイテム獲得パーティで、この作業を怠ると大ッッッッ変めんどくさいトラブルに巻き込まれる事になるので、パーティメンバー全員が迅速に承認ボタンを押している。


「よし、じゃあ後はスライムを狩るだけですね。盗賊さんと魔剣士さんと自分は散らばって、スライム探しに行きましょう。もし、スライムの占有権を取れましたら、パーティチャットに報告して、音楽家さん達が待機してるここに戻ってきましょう。」


 リーダーの提案に俺達は、「了解です。」と返事をし、リーダーと俺と魔剣士は渓谷中に散らばってスライムを探し始める事にした。渓谷中を走り回っていると、川の近くに小さな水溜まりが見えた。それに向かって他のプレイヤー達が目の色を変えて走っている事からして、あれはスライムで間違い無いだろう。


 俺は弓を構えると、誰よりも早くスライムに矢を打ち込む。ズリズリと俺に向かって歩き出しているのを見て、『スライム取りました。』とパーティチャットに書き込む。


 俺は割とこの"釣り"と呼ばれるモンスターをの占有権を取り、ベースキャンプへ引っ張ってくる行為には自信がある。レベリングパーティを組んだ人からは、「盗賊さん釣り上手ですね。」と結構言われる事がある。俺自身の感覚としても、他パーティとのモンスター占有権争いには、あまり負けた記憶がない。


 あまりこういう事は思いたくはないが、スライム討伐パーティから溢れた不人気ジョブの俺達が、人気ジョブの奴らからスライムを掻っ攫うのは超気持ち良い。


『『了解です。戻ります。』』とリーダーと魔剣士も俺がした報告に対して即座に返信がくる。


 ここからが腕の見せ所だな。急いで帰ったところで魔剣士や武闘家であるリーダーが戻ってきていなければ、ただ全滅するのみだ。


 スライムの移動速度は遅い。移動速度が他のジョブより早い盗賊の俺であれば、攻撃を喰らわない適正距離を見極めながら、ゆっくり戻る事が可能だ。


 そうやって時間を調整した事もあり、俺がベースキャンプに戻ってきた時には、パーティメンバー全員が既に揃っており、引っ張ってきたスライムを全員で取り囲む。


 リーダーのジョブである武闘家はタンクロールである為、まず彼にヘイトを稼がせる必要があり、最初俺達は攻撃も補助も何もせずにいる。武闘家の打撃攻撃はスライムには攻撃はまったく通らない。だから、攻撃面でのヘイト上昇はほぼ見込めない。タンク以外のジョブが余計な事をしてヘイトを取ってしまっては総崩れになりかねない。リーダーがヘイト上昇スキルを打ち込んだところで俺達もようやく攻撃に加わる。このヘイト上昇値を上回る事なくアタッカーは攻撃をしなければならない。


 武闘家はスライムの触手のように伸びてくる通常攻撃であれば、受け流したり、かわしたり、受け止める事も出来る。こういう点では戦士や王国騎士と比べてもタンクロールとして、優位であると言えるだろう。それでも、このスライム戦においてハズレジョブと言われるのには理由がある。


 音楽家はHP微量回復の笛を吹き、武闘家のHPを回復させていく。盗賊である俺の毒スキルや魔剣士の魔法もあって、スライムはHPを少しずつ減らし、残りHPが三分の一程度になったところで、スライムは雷魔法を武闘家に放つと、HPの九割が一気に削られた。盾があればこの威力もいくらか緩和されるが、やはり薄着の装備しかできない武闘家では魔法耐性が弱すぎる。これが武闘家がハズレジョブと言われる最大の理由だ。


 ...ヤバい!分かっていたとはいえ、とんでもない威力だ。


 俺達は全員でありったけのポーションを武闘家に集中してぶっかける。ポーションにより、武闘家はHPが全回復されるが、既にスライムは2発目の魔法の詠唱モーションに入っている。


 またかよ!!!!


 何度かこの魔法連打をポーションぶっかけまくり作戦で乗り切ると、毒のダメージによってスライムは崩れ落ちていく。当然の如く落とすアイテムなど何もない。


 ...勝てたとはいえ、たかが一戦でとんでもないゴールド分のポーションを消費してしまった。これはこのクエストを達成するときには破産しかねないだろうな。


 それを皆が分かっているからだろう。パーティメンバー全員が絶望した顔を浮かべていた。



「出た!!!!!!!!!!」


 そう全員が歓喜の声をあげたのは、ようやく15体目の事だった。数時間やってようやく1つ目のドロップだ。本当に粘液が出るのかどうかわからないほど絶望していたが、これで少しだけ希望が見えた気がした。


 ランダム配布だ。誰が持っていっても恨みっこなしだ。


 俺達は固唾を呑んで誰に粘液が配布されるか見守っていると、いきなりパーティが解散された。何が起きたのか俺はすぐには理解出来ないでいると、リーダーがいち早く俺達の前から走り去っていく姿が見え、俺は立ち尽くす事しか出来なかった。


―――


「あの時代はよ。リーダーがパーティを解散してしまえばアイテムプールにあるドロップアイテムはリーダー総取りになるっていうクソ仕様で、それを利用した詐欺だったと言うわけだ。まぁ、あまりにもそういうのが横行して、今はパーティ解散した際はメンバーにランダム配布になったけどな。」


 ササガワのデュラハンが放った闇魔法で消滅していくスライムの中から、俺は本日三個目の動き出す粘液を拾い上げて言う。


「あれから俺はこのゲームで人を信用するのはやめた。このゲームで信じて良いプレイヤーは自分のみという格言を持つに至った出来事だった。」


 俺が当時の事を話し終えると、全員が絶句している。


「...人間不信になりそうですね。」とユカちゃんが何とか言葉を捻り出して言う。


「実際なったからな。あれからだな。俺がレベリングパーティでもアイテム獲得パーティでもリーダーを積極的にやるようになったのは。」


 誰かの下につき、従ってるだけではこうやって搾取されるリスクを負うってのはほんと身に染みたからな。


「そんな状況で、よくおっさん粘液取れたな...。まさかとは思うが、そのリーダーと同じようにリーダー総取りシステム利用したのか?」


 レンタロウは疑いの目で俺を見つめている。何て失礼なやつだ。


「なわけねーだろ。普通にまるまる一週間かけて取ったわ。」


 あの頃の俺はまだ純粋だったからな。今の俺ならそういう事は多分しないとは思う。...あー、でも、まぁ、仕様だし、確かに規約違反でなければ、そうだな。うん。まぁ、きっとしないだろう。


「...ほんと壮絶な時代だったわ。」


 メズは一つ大きくため息をつく。こいつも初期からプレイしているプレイヤーだ。アバンダンドをプレイしている中で酷い目にあった事など数知れずだろう。それでもこいつは辞めずに、まだアバンダンドを続けている。それだけ魅力ある世界なのだここは。


「ま、今はこいつはかなり緩和されたけど、今も新たなトチ狂った必須クエストとかどんどん出てるからな。ユカちゃんもいずれそいつらにあたるの期待しておきな。」


「出来ればそんな状況に出会いたくないですね...」


―――


 それから、俺とユカちゃんとメズは再びヴォルトシェル五層の大衆食堂を訪れている。


「トラウマを皆に話してスッキリしたし、あのクソ料理長にリベンジよ!」と、意気込んでいたメズは、再び料理長の顔を見てえずいている。


 ...懲りない女だ。


 ユカちゃんは、おそるおそる料理長に話しかけ、【動き出す粘液】を差し出す。


「スライムなんて弱かったろ?ちょちょいと木の棒で突いたらやられちまうような情けない奴らに苦労なんてするはずないよな。ハッハッハ。」


 粘液を受け取り、大笑いする料理長を見て、ユカちゃんは眉を顰め、複雑そうな顔している。


「...クエストクリアしました。...モノーキーさんやメズさんの話聞いてると確かに⚫︎意湧いても仕方ないような気がしてきますね」


 初めてユカちゃんの口からフィルターがかかる言葉を聞いた気がする。ユカちゃんもアバンダンドプレイヤーらしくなってきたな。


「だろ?」




お読みいただきありがとうございます。

面白く感じていただけたら、ブクマと評価していただけるととても嬉しく思います。


よろしくお願い致します。

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