番外編29〜粘液ってあの粘液よね?②〜
「うっぐ▲〒々ぉぉ〆ぇぇええええ。」
...とても若い女とは思えない奇声をミルファの姿をしたメズがあげており、今にもゲロを吐きそうになっている。
「...だ、大丈夫ですか。」
ユカちゃんが、えずいてるメズを見て心配そうに聞く。
「だ、ダメかも。あいつを見たら、き、気持ち悪くなってきた。私ちょっと外に出てるわ。」
「お前、まだ30になってないんだからクエスト受けれないんだし、わざわざ食堂まで着いてこなくて良かったのに...。」
そうメズへと話す今の俺は、倉庫キャラクターである緑の肌のオーガ、モノーキーの姿である。
「へ、平気かと思ったのよ。あの時代から、大分経ってるし。」
そう言うと、メズは足取り重く大衆食堂から出て行く。
これは重症だな...。
メズが吐きそうになる程のトラウマを抱える原因となったNPCを俺はユカちゃんに指差して教える。
「あいつが当時全NPCの中でぶっちぎりで忌み嫌われたNPC、大衆食堂の料理長だ。」
俺が指差した先のヴォルトシェル五層にある大衆食堂を率いている料理長は非常に強面をしており、坊主頭に長いコック帽、筋肉隆々の身体に白いコックコートを着込んでいる。どことなくリアルのザラシに雰囲気が似てるようなNPCだ。
「確かにちょっと怖そうな人ではありますけどそんなに嫌われるNPCなんでしょうか。」と、小首をかしげながらユカちゃんが俺に尋ねてくる。
「まぁ、クエストが高難易度過ぎて嫌われたところが大きな要因ではもあるな。ただ言動も普通にウザい。話しかけてみ?」
俺に促されユカちゃんが、「こんにちわ。」とNPCに話しかけると、馬鹿でかい声で料理長は話し出す。
「おう!なんだぁ!悩みがありそうなしけた顔してんなぁ。どうせ、くだらねぇ悩みだろ。そんな悩みなんて、俺様の作ったドリンクを飲めば一発で解決しちまう。ちょっと作ってやるから待ってろ。」
料理長はそう言うと、厨房の中を動き回り、何かを探している様子を見せた後、俺達の前に戻ってくる。
「あー、わりぃな。材料が足んねぇ。【動き出す粘液】っていうスライムが落とすアイテムを持ってきたら、俺様特製ドリンクを作ってやるよ。なぁに、スライムなんて木の棒で二、三発殴ったら倒せんだろ?まさか、冒険者様がスライム如き倒せねぇわけねぇだろう?」
「【世界で一番弱いモンスター】を受けました。とウィンドウに出ました!これで大丈夫ですか?」
ユカちゃんの言葉に俺は頷くと、「はーい。」とユカちゃんは嬉しそうに答えるものの、少し疑問が残ったようで、俺に再び尋ねてくる。
「料理長さん。口調は荒いですが、別に普通の方でしたよ。これでスライムを倒して、粘液手に入れればいいんですよね?」
「ああ、その通りだ。」
「すっごい簡単そうなクエスト名なんですが。本当に難しいクエストなんですか?」
「...そう思わせてくるのが腹立つんだよな。まぁ、やって見たら分かる。」
―――
以前、頭領のピアスを取る際に訪れた渓谷に俺達の目的である粘液を落とすスライムが湧く事から、五つ葉のクローバーのメンバー全員でヴォルトシェルからヒビカス、ラナイト湾を抜け、渓谷へと辿り着いた。
俺達と同じ目的なのだろう。俺達がベースキャンプにしようと思っていた地点にはスライムを狙っているであろうパーティが二組いた。ユカちゃんは彼等に対して軽く頭を下げ、「お邪魔します。」と挨拶をしている。ライバルだというのに真面目な子だ。
渓谷は緑溢れる森林があり、流れの早い大きな川が何本にも枝分かれするように流れている自然豊かな地形となっている。ここに生息している魚、カエル、ヘビ、ウサギをモチーフにしたモンスターの姿がぱっと見で確認出来るが、その中にスライムの姿は見えない。直前に狩られた後なのか、これから湧くのかは分からないが、とりあえず今はいないようだ。
「どれがスライムなんでしょう。」と、ユカちゃんが周囲にいるモンスター達に目を走らせ、俺に尋ねてくる。
「今はいないな。ま、そのうち湧くだろう。ちょっと初見では分かりにくい形状してるんだ。」
スライムはあくまでも通常モンスターだ。ポップする回数も多い。そんなに気を張っていなくても、俺達を含めても三パーティしかいないんだ。占有権は楽に取れるだろう。当時はどこの地点に行っても、十パーティは常駐してたからな。ドロップ率も絞りに絞られてて本当に酷い目にあったもんだ。
「お前らの時はどうだったんだ。」
スライムが湧くまでの間、雑談がてら俺は手伝いに来てくれたササガワとレンタロウに尋ねる。
「うーん。」と、ササガワは顔を上げて少し考えた後、「僕はそんな凄い苦労した記憶ないですね。粘液狩りを商売にしてた傭兵さん雇って狩ってもらいました。5000Gくらい渡した記憶あります。」と答えた。
ササガワはレベルキャップ80開放とほぼ同時に始めたプレイヤーだ。ササガワの話ではその時には既に粘液のドロップ率はかなり緩和されてたらしい。
レンタロウの時もさほど大変ではなかったようで、「俺も大変は大変だったけど、高レベルのフレンドに頼んで取ってもらったな。」と自分がこのクエストをクリアした時の事を思い出しながら、話してくれる。
「皆、誰かに手伝ってもらってるんですね。」
「まぁ、今はそれが普通のやり方だとは思う。高レベルのプレイヤーも多いしな。」
高レベルプレイヤーに手伝って貰うなんてゲーム性を損なうと言う人も中にはいるだろう。それはその人の考えで勿論俺は正しいと思う。けれど、強いプレイヤーに助けて貰うのだって本人が納得していれば、それはそれで俺は正解だと思う。他のプレイヤーに頼るという事も人と関わるゲームであるMMORPGの醍醐味だろうからな。規約違反をしない限り、MMORPGの遊び方に間違いなど存在しない。...と規約違反を起こした俺が考えてみるのは間違いだろうか?
そんな雑談をしながら数分経った頃、俺達の目の前に突然半透明の水溜まりが現れた。メズもそいつに気づいたようで、見た瞬間から顔が引き攣っている。薄べったい水たまりのような形状の物体に、俺は杖から放った光魔法の一撃を当てると、ズリズリとそいつは俺達の方に向かってくる。
「...二度とこいつ見たくなかったわ。」と、メズが声を漏らす。
「うわっ、何ですかこれ。」
あまりの異形の生命体にユカちゃんも驚きを隠せず、声を上げる。
「こいつこそが、かつてアバンダンドの世界に憎悪を撒き散らしたモンスター、スライムだ。」
そう言って、俺はそいつを杖でユカちゃんに指し示すと、ユカちゃんは何とも微妙な顔でしげしげとスライムを見つめ出す。ユカちゃんが想像していたスライムとはイメージが違ったようで小さく呟く。
「...かわいくありませんね。」
「目もなけりゃ、口もないからな。」
本当にただのドロドロした水溜まりのような液体としか言えない見た目をしている。光によって青に見えたり、茶色や黒のような色にも見える。かつて全アバンダンドプレイヤーを阿鼻叫喚させたモンスター、スライムは俺達に様子見で触手を伸ばそうとしている。
「んじゃ、早速タロちゃんやっちゃって!」と、ユカちゃんが弟であるレンタロウに促すと、「あいよ。」とレンタロウが気だるげにスライムに対して炎の攻撃魔法を放つ。スライムは炎攻撃が弱点属性の為、魔力がそれほど高くない魔剣士の魔法でもいとも簡単に光となって消滅していく。
「ほら!!!やっぱり!!!!何も落とさないじゃない!!!!!」
何もスライムが落とさなかった事で、メズが絶叫している。うるせぇ女だ。キィイイイイという甲高い声で耳が痛くなる。
「...とりあえず一体倒しましたので、僕は単独行動で、ちょっと離れたところで探してきますね。みなさんはレンタロウさんについててください。」
ササガワはそう言うと、一人スライム探しに駆け出している。
ありがたい。レベル70を超える二人が手伝ってくれているから何も問題はなくこのクエストは進むはずだ。
数分後、ササガワが引っ張ってきたスライムをレンタロウが再び、炎魔法で焼き尽くすと、
「...マジで出るわね。...信じられない。」
メズが光となって消えたスライムから、動き出す粘液を拾い上げて、呟いた。僅か二体目で出たことを未だに信じられないといった様子だ。
「...はい、ユカユカちゃん。どうぞ。」
メズは、拾い上げた粘液をユカちゃんに差し出しながら言う。
「良いんですか?」
ユカちゃんは、俺とメズの両方に顔を向けながら聞いてくる。
「当然よ。でしょ?アルゴ。」
「ああ、第一優先はユカちゃんだからな。俺達はあくまでも倉庫キャラだし。それに、このペースでやってたら、普通に三個全部出るから気にするな。」
「了解です。ありがとうございます。それでは頂きます。」
「...何か拍子抜けね。こんな簡単に出ちゃうとなると、私たちの時代は何だったのかしら。」
「そんな凄かったんですか?」
「ええ、一言で言えば地獄ね。」
メズはどこか遠い目をして呟いている。まぁ、地獄だったのは俺も同意するけど。メズは人気ジョブだし、そこまで苦労しないと思うけどな。
「メズは僧侶だし、引っ張りだこで割とすんなりクリアできたんじゃねーのか?盗賊の俺よりよっぽどマシだろ。」
「違うわよ。知らなかったっけ?私、最初音楽家から始めたのよ。なんとかこのクエスト突破したは良いけど、完全に心折れて、人気ジョブの僧侶に移行したのよ。」
「あー、今でこそ音楽家は人気ジョブだけど、あの時代の音楽家はやばいな...。そりゃ確かに地獄と言っていいな。」
「あの頃は魔力関係の楽器であるピアノが実装されてなかったし、魔法使いなどの属性攻撃しかスライムにマトモにダメージ与えられないから、音楽家はスライム狩りに役立たずで、HP回復効果のある笛を吹くしかできず、劣化僧侶の役割しかさせてもらえなかったわ。」
それからメズは唇を噛み締め、悔しげに顔を歪ませて、「歌うんじゃねぇ!劣化僧侶の産廃ジョブなんだから、HP回復の笛でも吹いてろクソババアって言われて二十歳頃の若かりし私は相当に傷ついたわ。生まれて初めて面と向かって他人から暴言吐かれて、それが未だにトラウマよ。」と苦々しい声で言う。
「ひええ...。」「...こえーよ。」「僕が言われたら引退しかねないですよ。」
メズの話にユカちゃん達がドン引きしている。それだけピリピリしてたからな、粘液界隈は。
「これからもずっとあーやって罵倒されながら、プレイすると思ったら、音楽家やりたかったけど心が折れて、人気ジョブの僧侶に逃げたわ。」
「...とんでもない時代ですね。やっぱりモノーキーさんもそうだったんですか。」
「まぁ、俺もメズに負けないエピソードは確かにあるぞ。」
俺がそう言うとユカちゃんは両手を合わせ、興味津々そうに聞いてくる。
「聞きたいです!その当時のお話聞かせてくれませんか?」
俺はユカちゃんに頷き、「ああ、良いぞ。」と答えると、人差し指の第二関節を顎に当てながら当時の事を思い返す。
「あの時は、そうだな...。俺がレベル30に達した時の事だな。今のユカちゃんと同じ感じだ。」
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