番外編24〜ごめんなさい〜
グレイトベアの攻撃を幾重にも耐えてきたこの頑強な壁には亀裂が走り、天井からは瓦礫が落ち、私達のいるこのフロアの床も階下からの攻撃で崩れ始めている。テレスが守り抜いてきたライクス島の砦が、私達の拠点が崩壊していく。全ては私のせいだ。
「...ごめんなさい。」
砦の中に攻め込んできたラビッツフットの奴らを何とか食い止めようと下の階で戦ってる皆に私は何か他に言葉を言おうと逡巡するも、結局その言葉しか言う事が出来ない。外のフィールドからラビッツフットの魔法部隊が放った魔法攻撃で砦が大きく揺れる。既にミラが率いていた魔法部隊は壊滅し、迎撃する事も出来ない。私は何度も何度も皆に頭を下げる。
「メズ!!!!!今は謝るよりも、何でも良いからギルドチャットに指示を出せ!ライクス島をあいつらに渡すわけにはいかないだろ!お前の処遇の事は後で決めるにしても、今ここはメズのギルドなんだ!メズが俺達のリーダーだろ!」
轟音と共にレグルの怒号が砦内に響き渡る。しかし、大きな間違いを犯してしまった私は必死で戦っている皆に何も指示を出す事が出来ないでいる。何度戦闘不能となろうとも、蒼穹回廊の効果を使い砦に入ってくるラビッツフットの奴らを必死に食い止めているものの、もはや大勢は決した。奇跡でも起きない限り私達のギルド、ナイトアウルは負けてしまう。このライクス島が奪われてしまう。テレスが立ち上げ、グレイトベアにだって、ライクス島を一回も奪われる事がなく、最強と言われたこのナイトアウルが負けてしまうという事実を受け入れられないでいる。
強襲だった。ラビッツフットだって想定なんてしていなかった筈だ。それでも、この私が犯した間違い。SNSの裏アカウントがバレて対応に追われている、この千載一遇のチャンスをラビッツフットが見逃すはずがなかった。
アバンダンドにおいて、最大規模のギルド同士の衝突だ。相当な損害を受けるのを覚悟で、ラビッツフットのフルメンバー三十一人がこのライクス島を襲撃してきた。既にお互い相当な量と額のポーション、銃弾、矢などの消耗品が失われているが、圧倒的な強さでラビッツフットはナイトアウルを制圧してきている。
全て私が悪い。してはいけない書き込みをした。人を傷つける言葉をたくさん書いた。ギルドメンバーも、自分のファンすら、バカにするような事まで書いた。慣れないギルドマスターによるストレスもあった。アバンダンドの公式ストリーマーとして活動して人気が出て、周りからアバンダンドの聖女だなんだと、持ち上げられて、私は増長していた。
...いや、全ては私の言い訳だ。何を言ったって、私がこの手で書き込んだのは事実だ。
アルゴがナイトアウルを抜けた後、蒼穹回廊を購入したギルドが更に二つ増え、四大ギルドと私達は呼ばれていた。情勢がどんどん目まぐるしく変わっていく中、テレスからナイトアウルを引き継いだ私は、このライクス島を奪われないように攻める事をやめ、防衛だけに努めてきた。防衛に専念したナイトアウルへの襲撃が、この一年間無くなっていた事で私は油断していた。
テレスは砦の屋上から見る景色がいつも好きだと言ってたのに、今や、テレスの愛した砦は既に半分崩壊している。いつ崩れ落ちてもおかしくない。もはや、魔法石を奪われるのが先か、砦が崩れ落ちるのか先かといった状況になってしまっている。
再び砦が揺れるほどの凄まじい爆発音が鳴り響くと、いつまで経っても指示を出せないでいる私にレグルが痺れを切らしたように宝箱の鍵を開錠し、中から魔法石と呼ばれる小さな鉱石を取り出して、私の前に差し出してくる。
「メズ!指示を出せないのであればそれでも良い。とにかく、こいつだけはお前が持って逃げろ!砦にはもう何人も乗り込まれてんだ!ここに置いてたって奪われるのは時間の問題だ!大丈夫。お前の指示無しでも砦は何としてでも俺達が守り切る。だから、お前は逃げろ!」
レグルはそう言うと、私に魔法石をぐいっと押し付ける。
領土防衛戦は砦が完全に破壊されるか、砦に置かれた魔法石を奪われるかで勝負が決まる為、領土防衛戦において最重要アイテムとなる。どのギルドも魔法石を奪われないように砦の最上階に置くのがセオリーとなっている。この魔法石はプレイヤーが持ち去り、逃げる事も出来る。ただ、それは打つ手がなくなった時の最終手段とも言える戦略となる。何故ならば、魔法石を持ったプレイヤーを戦闘不能にする事で即領土防衛戦は終了となるからだ。それを覚悟の上でレグルは私にこの魔法石を託そうとしている。
私がレグルの手から魔法石を受け取ろうとしていると、崩落しかけている階段の方から声が響いてくる。その聞き覚えのある声を聞いて、私の身体に戦慄が走る。
「やあ、メズ。それにレグルも。揉めてるところ申し訳ないが、その魔法石はメズじゃなく、オレに渡して貰おうか。」
その声の主はこのギルドのマスターである私と、幹部のレグルを魔法石の置いてあるこの四階にまで追い詰めたにも関わらず、歓喜する事もなく、落ち着いた声で語りかけてくる。
「...下にいた全員をやっつけてきたってのかよ。」
レグルがその声の主を見て、苦々しげに呟く。黒装束を身に纏ったそいつは私達のいる四階のフロアへの階段を登り終わると、悠然と私達の元へと近づいてくる。だらりと下げた右手には大太刀が軽く握られており、私とレグルの目の前に立つと、不敵な笑みを浮かべ出す。
「オレ一人で倒したわけじゃないさ。指揮はジャークに、作戦はハルに任せられたからこそ、こうやって、オレ自身が最前線に出て来られたんだ。皆の努力の賜物さ。まさかここまでうまくハマるとは思わなかったけどね。さて、勝負はついた。無駄に君達もオレにやられて、デスペナ貰う事はないだろう?もう一度言おう。オレに魔法石を渡すんだ。」
アルゴの元相棒。現在のアバンダンドでPvP最強プレイヤーと目されるホーブが柔らかい笑みを見せながら、私達に手を差し伸ばし、魔法石を渡すように要求してくる。
「メズ!!さっさと行け!!!ホーブは俺が引きつける。勝てなくても時間まで耐えたら、この領土は守れるんだ!投げろ!」
柔らかい笑みの持ち主とはあまりにも不似合いな重々しい空気を放つホーブに、レグルは警戒するように左手に持つ大盾を構えると、チラリと私を一瞥し、声を荒げてそう叫ぶ。
私を逃すまいとホーブが、「倒すしかないようだね。」と言って、半歩前に歩みを進めた瞬間。レグルは右手に握った騎士用の長剣であるロングソードでホーブへと斬りかかる。しかし、ホーブは目にも留まらぬ速さでレグルの攻撃を大太刀でロングソードを受け止めている。私は、「ごめんなさい。」とだけ言って、砦の屋上続く階段を駆け上がり、屋上へ向かう。
私が砦の屋上に辿り着くと、そこは火の海と化していた。ここにいるだけでHPゲージが減少していく。もはや、誰もいない事は分かってはいるが、私は屋上をぐるりと見渡す。本来であればそこにいるはずのミラが率いていたはずの魔法部隊、狙撃部隊はラビッツフット側の魔法攻撃により、既に壊滅しそこには誰の姿もない。それでも、ラビッツフット側の攻撃は一切手を休める事なく、上空から更に魔法が降り注ぎ、屋上を焼き尽くしてくる。
蒼穹回廊にギルドを建てた私達からしたら、戦闘不能になったとしても、デスワープで直ぐに砦に復帰する事自体は出来る。しかし、一度でも魔法部隊を壊滅させる事さえ出来れば、後は屋上を絶え間なく焼いてしまえば、屋上にいるだけでダメージを与える事が可能になってしまう。HPと防御力の弱い魔法使いの部隊では屋上に復帰する事は難しい。イタズラにHPを失うだけだ。敵ながら見事な対蒼穹回廊持ちの戦い方をラビッツフットはしてきている。
...遮るもののないここにいたって、あいつらの魔法部隊の標的になるだけだ。
私は屋上に蔓延る猛火の中を潜り抜け、躊躇する事なく屋上からフィールドへと飛び降りる。飛び降りた衝撃で私のHPゲージを大きく減らすけれど、回復する余裕もなく、魔法石を守り抜く為に再び駆け出す。
フィールドには両陣営のプレイヤーによる魔法、矢、銃弾、砲撃が飛び交っている。アバンダンドで一番美しいと言われるライクス島の砂浜が爆風で煙のように舞い上がっており、いつもの美しい光景も今は見る影もない。
私は何とか攻撃に当たらないようにかわしながら走るものの、全部は避けきれず、どんどんと私のHPゲージは消耗していく。けれど、私は安全地帯に行けるまでHPの回復をする事は出来ない。止まったら絶好の的になってしまう。走り続けないといけない。私が立ち止まったら、このライクス島は奪われてしまう。
とてつもないギルドをアルゴは作ったものだ。ここまで一方的にナイトアウルがやられた事なんて一度も無かった。ずっと戦ってきたグレイトベアよりもラビッツフットは遥かに強い。私達は蒼穹回廊を使えるはずなのに、その優位性を遥かに超えるほどの強さだ。全てがラビッツフットの掌の上で転がされているような強さに私は慄然とする。
私が指示を出せていなかった事で、統制の取れていなかったフィールドで戦っているナイトアウルのメンバー達は、なす術もなくラビッツフットの攻撃によって戦闘不能になり、バタバタと倒れていく死屍累々の光景が見える。私は逃げながら、「ごめんなさい。」とまた呟く事しか出来ない。そんな中、キャハハハハと甲高い特徴的な乾いた笑い声が私の耳に入ってきた。
「みーつけた。メズちゃあん。鬼ごっこはもうおっしまーい。」
爆風が吹き荒れるこの砂浜のフィールドで両手に刀身の大きく湾曲した曲刀を持った黒髪のボブカットの少女が一人、ゆっくりとニヤニヤとした表情を浮かべながら、私の前に立ちはだかってくる。
「...ハル。」
私は彼女の名前を呟く。現在のラビッツフットのエースとも言える存在だ。この子はアルゴが直々に鍛え上げたプレイヤーであり、めきめきと頭角を表して、今やギルドマスターであるホーブや幹部であるジャークと同等の存在感を放っている。
「キャハハ。仲間達がアンタのせいで、ボロボロになってくのってどんな気分?こんなんが最強のギルド、ナイトアウル?蒼穹回廊使ってこれって、弱っち過ぎてマジウケる。期待はずれもいいとこ。私だけで十キルしちゃったし。」
ハルの言葉に私はギュッと唇を噛み締める。唇の皮が剥け、血の味が口の中に広がる。
このギルドは紛れもなく、テレスが作った最強のギルドだったはずなのに、私がこのギルドの名誉を地に堕としてしまった。自分は何を言われてもしょうがない。だけど皆の、このギルドの名誉だけは守らなくちゃいけない。
「皆は弱くなんてない。...こうなったのは、...全部私のせいなんだから。」
「ふーん。ま、メズちゃんやナイトアウルの事情なんてどうでも良いけどね。見なよ、メズちゃん。あーいうのが本当に強いっていう事だよ。やっほー。もう終わったのー?」
ハルが両手に握っていた曲刀をポイっと無造作に地面に放り投げると、私から目線を外して笑顔でブンブンと砦の方に手を振りだす。まさかと思い、私もハルが手を振る先に視線を向けると、砦の屋上に立っているホーブがいた。そのHPゲージは私達と会った時からゲージが全く減っていない。
...レグル。
「ハル!何をメズと遊んでるんだ!砦は堕とした!だが、それだけじゃあ駄目だ。目指すのは魔法石を奪取しての完全勝利だ。その魔法石はメズが持ってる!ハル、お前がメズの首を掻っ切れ!」
呆れ声で、ホーブが砦の上からハルに指示を出してくる。もはや逃げる事も出来ない。この子を倒すしかない。
「言われなくたって逃す気なんて全くなかったし。りょーかい。ギルマス。んじゃ、メズちゃんの事、さっさと倒しちゃうわ。」
自分が負ける事など一切考えてもいないであろう余裕弱者な態度のハルに、私はユニーク武器の長槍を強く握る。
「舐めんじゃないわよ。...私だって、テレスと同じナイトアウルのギルドマスターなんだから!」
私はハルにユニークの槍を何度も振るうが、一撃も当たらない。完全に見切られている。焦る私とは対照的にハルは足元に曲刀を置いているにも関わらず、つまらなそうな平然とした表情のまま私の攻撃を間一髪の距離、最小限の動きで造作もなく交わしている。
...恐ろしい反応速度だ。アルゴ級。...いや、あいつを遥かに超える反応速度で、私の攻撃を全て避けている。...武器も持たずに私の攻撃を捌き切るなんて、そんな事が有り得るのだろうか。私だってお飾りのギルドマスターだったけど、メンバー全員からこの座を託された程度にはプレイヤースキルもあるはずなのにここまで当たらないなんて...。
「はぁ?舐めてんのはそっちでしょ。メズちゃんのユニークなんて、ただのお飾りじゃん。そんなの持ってたって、PvPで私に勝てるわけないし。バッッッッカじゃないの!?」
ハルはケラケラと声に出して笑ってはいるものの、侮蔑の表情、敵意に満ちた目で、私を見つめてくる。
「私、アンタの事だいっっっきらい。この手でアンタのナイトアウル、ぶっ壊せるの嬉しすぎて、涙が出るんですけどぉ。」
そう言うと、ハルが私に向かって駆け出す。ハルは地面に置いていた曲刀を左手で拾い上げると、その刀を私に向かって振るってきた。
一瞬だった。
気づくと私の視界は、地面しか見えなくなっていた。それから、すぐに私の視界は、どんどん高くなる。切り離された私の胴体が遥か下に見える。
...ごめんなさい。テレス、本当にごめん。守りきれなかった。私がこのギルドを潰したも同然だ。
ナイトアウルの皆の絶望とした表情が、視界の下に見える。それでも、これは私の責任だ。最後まで目を閉じずに向き合おう。
「メズの首を打ち取ったわ!!!これで、私達の勝利よ!!!」
ラビッツフット達の大歓声の中、私の首を持つハルの勝鬨を上げる声が聞こえてくる。この日ギルド結成以来、ナイトアウルは初めて領土ライクス島を失った。
お読みいただきありがとうございます。
面白く感じていただけたら、ブクマと評価していただけるととても嬉しく思います。
よろしくお願い致します。