第4章16話〜結局間に合わなかったな〜
二月のある日の事。テレスが緊急招集として、ギルドメンバー全員をギルド本部に集めた。
緊急招集をかけたという事で、ここにいるメンバーの誰もがテレスがふっかけてくる今度の無理難題は何かと、興味半分、恐ろしさ半分といった様子でそわそわとしている。
「また新しいネームド狩りか?」「グレイトベアの第一拠点を襲撃か?」「いや、そっちよりも。」などと、メンバー間で想像合戦が勝手に繰り広げられている。
...この場で今日テレスが話す内容を知っているのは俺だけだろう。
今日でテレスは引退する。
この前、テレスから資格が取れたと報告してきてくれた。苦手だった人付き合いを乗り越えての資格取得という事もあって喜びもひとしおのようだ。
彼女の両親の知り合いの施設で、すぐに働きに出るようだ。聞いている分には悪い話ではないと俺も思う。彼女の事をある程度理解してくれる環境で働けるなら確かにそれがベストだろう。ただ、これはテレスがいなくなる寂しさからいうのではないが、そこまで急いで働きに出る必要はないんじゃなかろうか。
確かに資格取得という目的を達成出来た今、一番テレスは自信に満ちている時期だと思う。だからこそ、ドンドンと話を進めてしまって彼女のキャパシティを超えるような事にならないと良いなと思う。
...と、まぁ、何やら理由をつけてこの気持ちを納得させようとしていたが、結局俺はテレスがいなくなる事がやっぱり寂しいんだろう。だってよ。あんなクソみたいな電波垂れ流しのイカれた女、他のどこにもいるわけがない。一年近くこの破天荒なテレスに振り回されまくったが、本当に面白かった。この一年を俺は二度と忘れる事はないだろう。
たった一人、テレスのこれからの人生の事を案じていると、遂にその時がきたようで、テレスはアンティーク調の椅子から立ち上がり、皆の前に出てくると緊張した面持ちで話を始め出す。
「...えっと、皆集まってくれてありがとう。急な事で申し訳ないんだけどね。私、今日でアバンダンド引退する事にしたんだ。」
テレスは自身の事に対しての話をギルドメンバーの前では、未だにした事が無かった。だからこそ、初めてメンバー全員の前で話す、テレス自身の事に関しての言葉に誰もが言葉を失っている。
引退。
誰よりもこのゲームを愛していたテレスが、この言葉を冗談でも言わない事をメンバーの誰もが分かっている。
「ごめんね。ずっと前から引退の事は考えていたんだ。皆にももっと早く話したかったんだけど。きっと、これを早い段階で話しちゃうと、私の決意が揺らいじゃいそうだったから。」
そう言って、苦笑いをテレスは浮かべている。申し訳なさと自身に対して視線が集中している事による照れ臭さと色々な感情が混じっての表情だと思う。
俺は一瞬だけテレスから視線をメズにうつす。
多分この中で一番ショックを受けてるのはテレスの最側近だったメズだろう。
メズは悲しそうでもなく、寂しそうでもなく、怒っているようでもなく、ただテレスだけを見つめている。あまりにも静まり返っている為、テレスも予想と違ったのだろう。大分困惑したような表情でメンバー達に問いかけている。
「ちょ、ちょっと。予想外なんだけど。皆やめないでーとか声が飛んでくると思ってたんだけどそういうのないの?」
そのテレスの上擦った声で、ようやくメンバーの一人から声が飛んできた。
「いつでも戻ってこいよー!」
その声を皮切りに、「頑張ってー。」やら「無理すんなよ。」「逃げてもいいからなー。」など応援の声がギルド中飛び交っている。ただ、その声の中に"辞めないで"という言葉は一つもない。
皆、テレスが社会復帰する為に引退するのだと分かっているようだった。勿論、俺はこの事を誰にも話してはいない。あれだけこのゲームを愛していたテレスだからこそ、このゲームに飽きて引退だという事は誰も思っていない。
テレスのログイン時間が減っていた事に気付いていたのはメズだけじゃあない。恐らくナイトアウルの全員が気づいていたはずだ。きっと、テレスは何かリアルでしているのだと皆分かっていたから、こうやって、快く送り出せるのだろう。
メズも、「いつでも待ってるから。」とテレスに声をかけている。
俺もメンバーに混じって彼女を送り出す言葉を投げかける。引き止める言葉は口にしない。その代わりに、「引退するなら装備をよこせ!全部アイテム置いていけ!」とテレスに声をかけると、周りから刺すような冷たい視線が俺に集中する。
...クソ、ぜってえお前らだって思ってた事だろ。わざわざ俺が代弁してやってんだから、ありがたく思えってんだ。
テレスは俺を見て、呆れ混じりの苦笑いを浮かべた後、黙って深く、本当に深く、俺達に頭を下げている。
テレスは一分近く頭を下げ続けると、「じゃ、じゃあ。私はこれで落ちるね。本当にみんな今までありがとうございました!」と言い、もう一度だけ俺達に頭を下げた後、このアバンダンドの世界から完全に姿を消した。
彼女がこの世界から姿を消す、最後の最後にテレスから俺宛に個人チャットが送られてきた。
《アルゴちゃん。ナイトアウルをよろしくね。》
俺はテレスに、《ああ。任せろ。》と即座に返信を送るが、【相手がログインしていないため返事は届きませんでした。】と俺のログに流れた。
これで、この世界から消えてしまった彼女ともう連絡を取る方法が完全に無くなってしまったんだという事を痛感する。
こればかりはオンラインゲームをしているうえで仕方のない事だ。テレスだけじゃあない。今まで多くの引退者と別れをしてきたんだ。別に珍しい事じゃない。頭では充分理解は出来ている。それに別に永劫の別れというわけでもない。テレスが現実世界でうまくやれた時にひょっこり戻ってくる事だってあるはずだ。
ナイトアウルのメンバー達が、「これからどうしようか。」と彼女のいなくなったギルドでざわつく中、俺はウィンドウを立ち上げ、メールボックスから数週間前に届いていた一通のメールを開く。
【Algo 様の申し込みについては、厳正な抽選の結果 誠に残念ながらウェディングサポートは落選となりました。】
この一通だけではない。落選のメールは何通もこのメールボックスの中に消さずにとってある。あのウェディングイベントがあった時から、毎月抽選に申し込んでいたが、当選する事は無かった。
...結局間に合わなかったな。
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