第4章15話〜それが出来たら苦労しないわよ〜
「最近テレス、一週間に一度はログインしてない日があるような気がすんだけど。」
ネームド戦から大分時も経ったある日の事。メズから、「ちょっと話あるんだけど。」と、あまりプレイヤーのいないヴォルトシェル第二層に俺は呼び出された。
個人チャットではなく、わざわざ会って話したいという事だった為、何だこいつ。前々から思っていたが、やっぱり俺の事が好きで告白でもしてくるのかと思って来てみたら、テレスの話だったという流れである。
「んだよ。そっちの話か。てっきり、俺に告白するんかと思って、お前の返事どうやって断ろうか考えてたんだけど。」
冗談混じりな軽口で俺がそう言うと、メズは額にビキビキと青筋を立てながら怒声を上げる。
「なわけないでしょ!ぶっ飛ばすわよ。テレスの事に決まってるでしょ。アンタ、テレスが最近来なくなったの絶対何か知ってるでしょ。」
メズはテレスが何をしているのか気が気じゃないらしく、俺に詰め寄ってくる。
実に察しが良い事で。まぁ、まがりなりにもメズは長い間テレスの最側近やってたんだ。そりゃあ、気づくしだろうし、気になってもしょうがないだろう。ただ、かといって俺からテレスが社会復帰する為にアバンダンドを引退しようとしている事をベラベラと勝手に話す気はない。これは俺とテレスだけの秘密だからな。
「まぁ、確かに知ってるけど。俺はメズに話す気は無いぞ。」と、俺は少し強めた口調でメズに言う。
大分前から資格が取れるスクールに通っているとテレスは俺に教えてくれた。本人曰く難しい資格ではなく、とりあえずスクールに通ってれば基本的には資格が取れるくらいにはカジュアルな所らしい。それでも、人付き合いは苦手なままのようで、うまくいかない事も多いようだ。テレスがそこに通った日は必ず対人関係での愚痴を聞かされるが、今の所辞めずに行けてるようだから、テレスの社会復帰への本気具合が伺える。
カジュアルな資格だけあって、かなり年配の人も通ってるらしい。テレスは若い人達よりそっちとなら、まだ会話出来ると嘆いていた。どうも若い人と関わるのは特に苦手なようだ。テレスが若い人から逃げて、お年寄りと穏やかに会話する姿が容易に想像出来て、思わず笑ってしまった事もあった。
「んな事より、人のログイン時間まで把握してるとか、ストーカー染みてるからやめろよ。」
「何とでも言いなさいよ。気になるんだからしょうかないじゃない。」
「それほどまでに気になるなら、自分で聞けよ。」
「...それが出来たら苦労しないわよ。」
「なーんで皆、テレスにそんな気を使うかね。俺に聞くみたいに、●ね、●す、●●でなし、ク⚫︎、カスとか言いながら聞いてみろ。そしたら、テレスは喜んで教えてくれるんじゃないか?」
...おお。クズやろくでなしは、フィルターに引っかかるのに、カスはフィルターにかからないんだな。一体ここの運営はどういう基準でNGワード登録してんだ...。
「なわけないでしょ!んな事したら、テレスに嫌われちゃうでしょ!アンタの中で、テレスってどんなイメージなのよ...。」
別にそんくらいじゃテレスは嫌わないと思うけどな。テレスの方がそんなのよりよっぽど不謹慎なワード使ってきたりするしな。しかし、テレスに対する俺のイメージか。色々あるけどフィルターに引っかからない言葉にしといてやるか
「俺の中でのテレスは、性格がカス過ぎてヤバい最強のギルドマスター。そんなところだ。メズ、お前気を使い過ぎなんだよ。テレスを人間のク⚫︎と思って接してみろ。距離近くなるぞ。」
「あんたはいいわよねぇ。そういう事を気軽に聞けて。私さぁ。ひとりっ子だったから、テレスを妹みたいに思ってたのに、いつの間にかアンタのほうが距離縮めてて、取られちゃった気分よ。それにね、あの子を少しでも傷つけるような事したくないのよ、私。」
何となくメズがそういう目でテレスのことを見ていたのは分かっていた。こいつはこいつなりにテレスのお姉さんでありたいんだろうなってのは伝わってきた。
「リアルの事聞けねーんなら、ブラックジョークつーか不謹慎な事の一つでも言ってみろ。多分、テレス喜ぶぞ。」
「ブラックジョークねぇ...。例えばどんな感じの事よ。」
俺の言葉に少し興味もったようで、真剣な顔つきで俺の言葉を待っている。んじゃ、その期待に応えて俺も真剣に答えてやるとするか。
「そうだな。テレスがログインしてきたら、お!生存確認!!今日も腐乱死体になってなくて安心したぞ!あー、よく見たら頭の中は腐ってたな。とかどうだ。」
「アンタ達、普段どんな会話してんのよ!頭おかしいでしょ!!!」
んだよ。聞かれたから真面目に答えてやったというのに。
「ま、これくらい言えないようじゃ、距離は詰められないな。」
俺がハン、と鼻を鳴らして煽るように言うと、メズは、「ちっ、」と舌打ちしている。
「あー、もう分かったわよ。ちょっと不謹慎な事の一つくらい言えるようにして見ようじゃないの。」
「その意気だな。優しさってのは相手に気を使ってやるだけじゃなくて、相手と本音をぶつけ合えるような関係を築けるように立ち回る事だからな。」
「癪だけど、頑張ってみるわ。」
メズは、「さんきゅ。」と呟く。勉強して頑張らないと、えっと、煽り言葉、不謹慎な言葉と色々頭の中に思い浮かべているようだ。こんな事勉強したり、頑張ったりする事でもないような気もするけどな...。
「つーか、お前そろそろ内定決まったか?今の時期決まってないと、もう面談してくれる企業も」
「あー、聞きたくない、聞きたくない。」
メズは両耳を押さえて、「あーあー、」と俺の言葉を遮ってくる。多分今リアルでも同じ姿してるんだろうなこいつ。
しかし、まだ内定決まってないのかよ。もうすぐ十二月だぞ...。
「どうせ、大企業ばっか受けてたんだろ。中小零細、何でも良いから受けとけよ。大企業で埋もれるより、小さい会社のエース目指して生きてくのも悪い選択肢じゃないと思うぞ?」
「アドバイス貰って悪いけど、私もう就活は辞めたわ!私将来はストリーマーとして生きていこうと思うの。」
何言ってんだこいつ。面接に落ち過ぎて頭おかしくなったのか...?
「ほら、知っての通り、私ってちょーかわいいじゃない?顔出ししても良いんだけど、可愛すぎるからさぁ。誰かに付き纏われたりするリスクも考えるとちょっと怖いのよ。でも、幸いな事に、このメズっていう現実の私並みに可愛いガワが存在してるし、ナイトアウルの広報として動画投稿も生放送もしてきたから実績あるし。だから、アバンダンド専門のゲーム配信者として生きてこうと思ってるのよ。」
「...お前ほんと終わってるな。おっと、本音が出ちまった。悪い悪い。」
「ふん。そうやってバ⚫︎にして。そんな事思ってられるのも今のうちよ。これを見なさい。」
メズは親指と人差し指で作った輪を弾くように開くと、俺に見える形でウィンドウが開かれる。メズが立ち上げたウィンドウには、ぱっと見、広告のようなものが映し出されている。
あー、なになに。ACO公式ストリーマー募集...。
「これに私今選考中なのよ。」
メズは自信満々に胸を張ってドヤ顔している。受かる気満々らしい。こんなもん絶対に受からないだろうが、同じギルドの仲間だ。とりあえず応援しといてやるとするか...。
「そうか...。うまくいくは分かんねーけど、頑張れよ。」
俺が呆れ気味に、メズにそう言うと、大変満足そうにニヤリとした笑みを浮かべ、「ええ!私絶対受かって見せるわ。もちよ!もち!」と両手でピースサインを作って見せつけてくる。
...バカ女ここに極まれりだな。
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