71 負けなけばよしとする
ダンダダン ダンダダン ダンダダン ───
チュイン。チュイン。──
鉄砲隊の斉射が軍船に向けられるも鉄甲に弾かれ効果はない。
「くるぞ! 下がれ! 下がれ!」
ドン。ドドン。 ドン。ドドン。──
腹に響く砲撃音。四散する竹束。斃れる兵。
ダンダダン ダンダダン ダンダダン ───
竹束を失った兵士らは、数百挺の発砲にバタバタと斃れた。
ダンダダン ダンダダン ダンダダン ──
左方より銃声が響き渡る。山際の砦から放たれたものだ。
ドン。ドドン。 ドン。ドドン。──
ダンダダン ダンダダン ダンダダン ───
「下がれ! 下がれ!」
こちらも大砲により弾除けの竹束は粉砕され多くの死傷者でている。
建造中の二隻に積む予定だった大砲を砦に配したのだ。
焼き落とされた唐橋の架け替えが終わり渡河はなったものの、織田勢は大津に布陣していた。
大津には城はないが、鉄張り船が着岸できるよう湊を改修していたのだ。
湊に停泊した二隻の軍船と山際に築かれた砦で、武田の進軍を阻んだ。
織田の戦い方は徹底している。
一切出撃せず攻め寄せて来る敵に大砲や鉄砲を撃ちかけるだけだ。
東岸に和田、馬場二万を配して安土城に備えさせているが、兵も軍船も出て来る様子はない。
「奴ら鉄砲に頼り、出て戦う気はありませぬ。このままではいたずらに兵を失うばかり。我が隊が中央を突破し一気に坂本まで押し出しまする」
「だめだ。出てこないなら兵を下げ手を出すな」
三日も繰り返す攻めに、痺れをきらした山県が本陣に来た。
山県の赤備えなら陣形を突破することは容易なことだろう。
「なぜでございます」
山県がつめ寄った。
「内藤の戦況がわからない」
「‥‥ わかり申した。今しばらく待つことにいたします」
松永ら大和勢に対し講じた策だ。
内藤勢二万を伊勢から大和に向け進軍させている。
大和までの道程は、伊勢からおおよそ三十五里(約百四十キロ)。
美濃からなら十二、三日見なければならない。
松永の信貴山城を囲めなくとも、二万の大軍が進軍を開始したと知れば、松永、筒井ら大和勢は動けなくなるはずだ。
三日前にきた伝令は、松永、筒井が城に籠ったことを伝えてきている。
だが、この報せは四日も前のことで、何しろ伝令も敵地を通り抜けることが出来ず、大和路を伊勢に引っ返して瀬田まで来るという途方もない日数がかかっているのだ。
ただ、出浦の手下の情報でも、松永、筒井らはいまだ城に籠ったままだというから、挟撃される恐れはないだろう。
本陣を東岸の瀬田城とし内藤からの続報を待つことにする。
攻撃を控えて五日後、遂に内藤からの知らせがきた。
「松永弾正、筒井順慶。城を明け渡し降伏。内室、子を証人(人質)に差し出しました」
「これで、後ろを気にせず攻められまするな」
山県が破顔した。
「小舟は手に入ったか」
同じ攻撃を繰り返しても埒が開かない。
陸がだめなら湖から攻めるしかない。
「堀が掻き集めました。準備は万端」
「よし。攻めよ」
柴を満載した小舟五十数艘が湖に漕ぎだした。
舳先には焙烙玉が葡萄のように吊り下げられていた。
後方を漕ぎ手を回収するため数十艘の小船が追って行く。
風は都合よく追い風である。
ダンダダン ダンダダン ダンダダン ───
西岸の和田隊が斉射を開始した。
援護のための陽動である。
ダンダダン ダンダダン ダンダダン ───
ドン。ドドン。 ドン。ドドン。──
敵の応射は、相変わらず鉄砲と大砲である。
「軍船一隻! 動き始めました」
船団はまだ湖の中ほどを越えたばかり、敵軍船まではかなりの距離がある。
遮蔽のない湖ではこちらの策が筒抜けになるのは仕方がない。
織田の軍船は大型の鉄張りであり、動かすまでに時間がかかるだろうと、立てた策なのだ。
ところが、織田の軍船は櫓を出すと瞬く間に岸を離れた。
百足を思わせる軍船が湖面を滑るように回頭した。
ドン。ドドン。 ドン。ドドン。──
砲口から火柱が吹き上がった。
命中したのは一艘であるが落下した砲弾の水柱で数艘が転覆した。
ダンダダン ダンダダン ダンダダン ───
ドドン。ドドン。──
敵の発砲に舳先に括り付けた焙烙玉が爆発した。
満載の柴が燃え白煙を上げている。
ドン。ドドン。 ドン。ドドン。──
ダンダダン ダンダダン ダンダダン ───
逃げ惑う小舟に砲撃が続く。
「退かせろ。合図を! 急げ!」
三十人の鉄砲隊が空に向け発砲し、竹先に吊るされた赤旗が振り回された。
「何故、夜襲にいたしませなんだ」
傍らで見たいた小早川が聞いてきた。
白昼堂々と攻撃したことが理解できないのだろう。
「夜では漕ぎ手を回収できない」
「えっ⁉」
小早川が唖然と僕を見た。
「小舟の用意を。焙烙玉は空にしておけ」
僕は近習に命じた。
「はっ」
失敗することは端から承知だ。
夜襲でも鉄張り船相手に上手くいくとは思っていない。
自由自在に動けなくするために攻撃したのだ。
「小早川殿。わたしは京に向かいます」
「ああっ。なるほど」
さすがは小早川隆景である。瞬時に理解したようだ。
織田は鉄張り船を頼り、下船して戦う気はない。
それに軍勢は琵琶湖の両岸の城に籠っているだけだ。
堀、大和勢が恭順を示した今、押さえだけ残して京に進んでも追撃されることはない。
打って出て来れば、押さえの兵で完膚なきまでに叩き潰すことも、武田なら可能だ。
琵琶湖東岸に、馬場、和田隊および土屋、堀の兵を加え約三万。
西岸に、仁科、秋山隊および山県、上杉、本隊からの兵を加え約三万を布陣させ、僕は京に向かった。
連れて行くのは、景虎、山県、土屋、小原と、兵一万八千である。
「二城御所にお入り下されとのことです」
上洛の許可を得るための使者は、神余親綱とともに帰ってきて告げた。
「ガハハッ。鼻薬がききましたな」
山県は、莫大な献金をしたのを揶揄っているのだ。
二条御所は将軍足利義昭の屋敷であったのだ。
何度も戦火にあうが、信長が修繕、改築をして義昭に与えた屋敷だ。
信長に不信を抱いて、戦となり義昭は追い出されたのだ。
義昭を庇護する小早川に意見を聞きたかったが、堺に己の船が寄港しており、京には立ち寄らず帰ってしまったのだ。
武田に臣下する理由を口には出さなかったが、博多に集結した大友らの軍勢の背後に、イエズス会がいるのだろう。
大国毛利でさえ危惧する事体なのだ。
まだ天下統一も終わっていない内に、ポルトガル、スペインの脅威にさらされている。
キリスト教の信仰を弾圧をしてまでやめさせようとは思わないが、かといって植民地となるわけにはいかない。
駿河あたりでのんびりと余生を過ごしたい僕には、天下取りなど面倒以外のなにものでもなかった。
烏丸通りには、店先が見えないほど大勢の人々が列を作っていた。
露払いを買って出た景虎が天賜の御旗を掲げ進んでいくと、黄色い歓声があがった。
騎馬、槍、鉄砲隊三千を率いた行進だった。
「甲冑のままお入り下されとのことです」
神余の言葉に誰もが仰天した。
二条御所は通りを挟んだ隣である。
物々しく武装した兵団を迎え入れるとは思わなかったのだ。
「帝が武田の武威をご覧になりたいと申されたそうです」
今上天皇は、後の正親町天皇である。
信長の馬備えと見比べたいのかもしれないが、一万八千で上洛するのは憚れる。
三千に絞り一万千四を土屋に任せ四手井の廃城に布陣させた。
景虎隊に続き異様な馬印の山県にも歓声が飛んでいる。
戦場で敵の猛将が震えあがる赤備えは、京の町民に鳴り響いているようだ。
悲鳴にも似た歓声が直ぐ脇で起こった。
御旗、錦御旗を掲げた僕に対するものだった。
江尻城の凱旋の時どころではない。拝む者さえいるのだ。
一体、京の町で何が起こっているのだろう。
その答えは、次の日の晩に判明した。
石山本願寺が荒木村重の襲撃を受けたのだ。




