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69 将軍からの使者

 松井との約束の日を待つ間に、予期しない使者が尾張津島湊に来た。

 毛利の重臣小早川隆景がわずかな兵を引き連れ、将軍義昭の使者としてきたのだ。


 「毛利右馬頭輝元が家臣、小早川左衛門佐隆景でございます。以後お見知りおきを願います」

 将軍の使者来訪に、城で迎え入れるのは憚られ、会見の場を城下の禅寺にした。

 勝手に解釈している鎮撫総督であるが、さすがに征夷大将軍の上というのはいかがなものかと、思ったからだ。

 小早川らに合わせ、会見に付き添う家臣は、景虎、山県、土屋、仁科、小原の五人である。

 内藤は自分が選ばれず、小原が出席することに不満を申し立てたが、何とか宥め透かし隣室に控えている。


 「お初にお目にかかる。鎮撫総督、武田四郎勝頼でござる」

 将軍義昭の胸中がわからない以上、鎮撫総督を前面に押し出す挨拶をするしかない。

 「鞆の浦に御動座されるお上も鎮撫総督就任に大変お喜びでございます。居ても立っても居られず、それがしを使者にたてられました」

 そう言うと、後ろに控える家臣から房掛けの文箱を受け取り前に置いた。

 「お上からです」


 僕は文箱を開け将軍からの書状を開き目を通す。

 「さようですか」

 当り障りない返事をして、膝を進めた小原に書状を渡す。

 小原を出席させたのは僕が草書が読めないからだ。

 読めたのは、日付だけである。


 「なっ」

 噛み殺した小原の呻き声が聞こえた。

 「しょ、将軍職を御屋形様にお譲りになりたいそうです」

 小声で小原が言った。


 小原は驚いたようだが、僕は平然と受け止めた。

 丹羽の工作が上手くいったのだろう。

 毛利が敵にならずに済んだのは御の字である。


 「御旗を送られたときから、お上が望んだことです。八幡大菩薩の御文字を使われぬのは、お上の心中を推察されたことと、右馬頭も感涙いたしておりました」

 源氏の頭領を思い図って消したのではない。

 天照太神の文字だけにしたのは、八幡大菩薩の旗が信玄遺言で禁じられていたからだ。

 僕には都合のいい勘違いだ。


 「ひとつお聞きしたい。毛利殿が継承しようとは思わないのですか」

 本では毛利元就の遺言で、版図拡大を禁じられていたとなっていた。

 「毛利にそこまでの力はありませぬ。精々中国を治めるのみ。正直に申さば武田様に領地安堵を頂きたく押しかけた次第」

 一本の矢が爽やかな笑顔を浮かべた。臣下することを承服している。

 敵に回せば厄介だが、味方なら頼りになるだろう。

 ちなみに有名な三矢の教えは臨終の床にあった元就が、三人の息子を呼び、一本では簡単に折れるが三本なら折れぬと兄弟の結束を求めたそうだが、嫡男の隆元はすでに亡くなっていたらしく、後世の創作らしい。


 会合は一刻(約二時間)ほどで終わった。

 次の日、小早川一行を岐阜城に招き、簡素な酒宴を催した。

 なぜ、毛利の要の小早川隆景の酒宴を簡素なものしたのかには理由がある。

 松井との約束の期限があと二日に迫っているからだ。

 信忠が来ることはない。

 美濃、尾張に散らばっていた兵士らが続々と岐阜城に集まっていたのだ。


 「物々しく申し訳ない。右大臣織田信忠を攻め滅ばす。小早川殿もぜひお立合い願いたい」

 「これは。武士冥利に尽きる御命令。有難くお受けいたします」

 小早川に武田の武力を見せつける好機だ。

 僕を選んだことが正解だったと、将軍義昭に伝えさせるのだ。


 出浦の報告では、安土城に信孝や佐久間を残し、信忠は琵琶湖の西の坂本城に移動していた。

 「織田の兵数は?」

 「安土を含めて、おおよそ三万と見ました」

 「三万?」

 「はっ。池田、堀の両将が帰城した模様です」

 「ほう」

 池田恒興、堀秀政は、信忠を見限ったのだろう。

 信忠が頼るのは大和勢か。

 だから、坂本に移る必要があったのか。

 「主水。大和勢の兵数はわかるか」

 「伊勢に攻め寄せたときは一万ほどでしたが、紀伊、伊賀、甲賀から掻き集めれば三万は揃えられまする」

 「金で雇うということか?」

 「はい。そのような地ゆえ。金さえ惜しまなければいくらでも兵は集まります」

 傭兵に頼らなければならないほど、信忠は追い詰められているのだろうか。

 信長なら体裁などに構わずに、しれっと挨拶に出向いて生き残りを図ったはずだ。

 信長と信忠では、器量が違いすぎるのだろう。

 西国の武将らにいい見せしめになる。


 「主水。織田はもうよい。若狭の丹羽長秀を手下に見張らせてくれ」

 「ははっ」

 丹羽長秀は武田に江戸幕府を開かせようと目論んでいるようだが、どこまで信用していいのかわからない。

 丹羽ら北陸勢が動けば、これも挟撃される恐れがあるのだ。


 「磯山城、佐和山城ともに自落。馬場様、土屋様両城を押さえました」

 百足の旗を靡かせ使番が駆け寄ってきて膝まついた。

 本隊は関ケ原を通過したばかりだが、先手、二手は琵琶湖沿岸まで到達していたようだ。

 

 「和田は北上したか?」

 「今頃は長浜近くまで進攻したと思われます」

 三手の和田勢は、長浜城に籠っている堀秀政に充てている。

 城を攻める必要はない。動かぬよう牽制するだけでいい。


 先手馬場を大将に、曾根、駒井八千。

 二手土屋を大将に高坂、奥平、遠山一万三千。

 三手和田を大将に真田、依田一万四千。

 四手仁科を大将に岡部、朝比奈一万二千。

 五手、上杉景虎率いる北条、下条ら二万。

 僕の本隊は小原、跡部ら五千。

 殿は山県赤備えと秋山、八千である。

 それに岐阜城、大垣城の内藤、三枝、小幡、松平ら二万の兵は留守居役ではない。

 遊撃隊としていつでも出陣できる態勢をとらせていた。

 

 武田の進軍に琵琶湖東岸に点在する小城、砦はもぬけの殻だった。

 「織田は愛知川沿いに柵を築き布陣しておるとのことです」

 佐和山城に入り物見の報告を聞く。

 「鉄砲で固めて松永ら援軍を待つ気ですな。芸がない」

 山県の言うのは手取川での一戦のことだ。

 川に沿って五重柵を作り、五千挺を越える鉄砲を並べ進攻を阻止した。

 城に籠った織田勢を攻め、迂回した織田信長本隊に散々に攻撃され、逃げ込んだ城を囲まれ窮地に陥ったのだ。

 馬場美濃を含む多くの諸将が討死している。

 油断はならない。


 「兵数は?」

 「一万ほどと見受けました」

 「右大臣はいるのか?」

 「安土にいるのか、坂本にいるのか。わかりませぬ」

 「瀬田辺りに布陣したのではござらぬか」

 大和勢の到着を待つのであれば瀬田城か。

 劣勢となれば橋を焼き落とし、坂本に籠る算段だろう。

 「夜明をまって進軍を開始する」

 「ははっ」

 「百足衆を呼べ」

 圧倒的な強さを見せつけるために、打てる手はすべて打つ。

 大和勢が来る前に安土を攻め落とす。そのためには遊撃隊を動かすしかない。

 

 夜明けとともに進軍を開始したものの、織田勢は愛知川の陣を引き払い安土に撤退していた。

 川を頼りに陣を張ったところで、五万の武田軍を防ぎきれないと思ったようだ。

 

 「彼奴等腑抜けか! 兄上、われに先手をご命じ下され。瞬く間に落としてみせる」 

 仁科が言うと、

 「五郎様。武田の先鋒は譲れませぬ。ここは善右衛門尉の出番でござるぞ」

 秋山がしゃしゃり出た。

 織田は武田の侵攻に撤退するばかりで一戦もしていない。

 諸将らに不満が溜まっている。

 

 誘い込まれているのではないのか?

 大将が信孝とはいえ、あまりにも弱腰である。別な狙いがあるのかもしれない。


 山県と眼が合った。

 「信忠、松永らが出て来た方がやりやすい。城攻めでは鉄砲ばかり‥‥ ゴホッ。申し訳ありませぬ」

 山県は小田原城攻めで鉄砲を多用する僕に呆れていた。

 存分に暴れ回れる野戦に持ち込みたいのだろう。

 「御屋形様。軍を進めましょうぞ」

 山県の言葉に頷いたものの、嫌な予感がする。

 信孝が籠る安土城は、僕が知っている城とは全く違うのだ。


 史実では琵琶湖と繋がる内湖に突き出た安土山の山頂に、金色、朱、緑青、白で彩られた壮麗豪華な天主を頂く総石垣の城だが、出浦が書き写した図はまるで西洋の要塞のようであったのだ。

 山の裾野が全て石垣で、唯一地続きの南側も水堀を回していた。

 頂上にそそり立つ五層六階の天守閣も形こそ同じ様だが、色など無い物見のための武骨な物であるらしい。

 長篠での敗戦後、信長の考えが変わったのだろう。

 天下統一事業の象徴として人々に見せつけるための城が、京に入る東山道、北陸道を進攻してくる武田、上杉に備える城になってしまったのだ。

 深堀も堀切もなかったはずが、水堀で囲まれているのはそのためだ。

 防御は固いうえ、平坦な琵琶湖の周りでは、陣形も兵数も天守閣から丸見えになるのだ。


 ただ、水堀に架かる二つ橋を落とせば、織田勢は城から出られない。あとは瀬田に陣取る織田勢を叩けばいいというのが山県の考えだ。


 翌日、東山道を南下を開始した。

 内湖の北側を押さえる馬場勢八千は、夜明けとともに出発していた。

 「これはっ⁉」

 東山道と安土城の間には観音寺山があるためわからなかったが、南側に布陣して仰天した。

 史実でも総石垣、城壁の上に長く続く多門櫓を配した城郭建築の先駆といわれていたが、この安土城は出浦の絵図通り西洋の要塞である。

 湖から上へ上へと伸びる石垣が、まるでモンサンミッシェルのようだ。

 明らかに西洋の築城技術。

 信長がなぜ? 嫌な予感がする。

 

 「主水。城内には臨済宗の寺はあるのか?」

 本陣に出浦を呼び確認する。

 臨済宗の寺と言うのは、安土城に信長が菩提寺として他所から移築した憁見寺のことだ。

 

 「寺? いえ。家臣の屋敷と‥‥ あっ、南蛮寺ならありまする」

 「イエズス会の教会が、安土城内にあるのか?」

 「は、はい」

 都に教会が建てられたのは信長が許可したからだ。

 仏教勢力の抑え込みと西洋との貿易のためだと本で読んだ記憶がある。

 だが、長篠での敗戦により信長は変わった。

 イエズス会を通商ばかりではなく、軍事にも利用したのだろうか。


 「これでは攻めようがありませぬな」

 安土城の水堀に架かる橋は、切り落とされている。

 山県が言うように、これでは手の出しようが無い。

 「仁科勢を瀬田に向かわせよ」

 どうせ打って出る気はないだろう。城は囲んでいればいい。──

 数千の篝火が安土城を取り囲み陣が張られた。

 

 僕は大きな間違いを犯すことになる。

 信忠を舐めていたのだ。

 岐阜城での戦いで、武将として大した器量ではないと思っていた。

 信長のいない織田など武田の敵ではないと、高を括っていた。

 信長以上の才覚が信忠にあることを家臣らの血で知ることになる。


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