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5 決戦 設楽原⑴

 天正四年(一五七六年)四月 ─── 武田軍一万五千が三河に侵攻を開始した。


 本願寺からもたらされた知らせにより、援軍のない徳川なら一万五千の兵力をもってすれば、容易に踏みつぶせる。重臣らは、昨年九月の徳川攻めで、何ら成果を上げていないのに徳川が武田を恐れ籠城したと、過剰な自信をつけてしまったようだ。


 軍議では僕は蚊帳の外だった。まあ、それも計算のうちだ。勝頼になって一年と少し、この戦に向け打てる限りの手は打った。


 夢でも現実でもどうでもいい。ただ、勝頼として生きる。


 武田軍は信濃から足助に進出、作手から野田に押し出し吉田城を狙うが、徳川家康は八千の軍勢で城の守りを固めたため、攻略を諦め反転し、北の奥平貞昌の居城長篠城に狙いを変えた。


 長篠城主奥平貞昌は、信玄の死後、真っ先に徳川に寝返った憎き裏切り者で、重臣らは見せしめのためにも奥平を攻め滅ぼすつもりだ。


 長篠城を囲んで五日が過ぎた。城の東側に五つの砦を築き猛烈に責め立てるも、五、六百の奥平に手を焼き攻めあぐねていた。奥平は予想を超える鉄砲を備えていたのだ。


 しかし、圧倒的兵力の差に長篠城の櫓や建屋を火矢で焼き尽くし落城寸前まで追い込んでいた。


 僕は本陣に重臣らを集め軍議を開いた。歴史をひっくり返すための軍議だ。


 「五日と経たず信長がくる。その数、二万」

 「なんぞ透破からの知らせがありましたかな」

 山県も手下の透破を放っているが、まだ知らせは届いていないのだろう、平静を装っているが、顔には戸惑いの色が浮かんでいた。


 「ない。信長はまだ岐阜を出ていない。だが、来る」

 僕は透破など使ってはいない。史実のまま話しているだけだ。


 「何を仰せだ。戯言も大概にしなされ」


 山県より先に、叔父の逍遥軒信廉が声を上げ、合わせるように親族衆が騒ぎ立てた。


 もうじき、これもなくなると思うと怒りは湧いてこなかった。


 「疑うならこうしよう。わたしの言葉が本当になったら、この戦の指揮はもらう。口答えは許さぬ。どうだ」

 何としても直接指示を出せるようしなければならない。そうしなければ二の舞だ。


 「なにをたわけたことを!」

 顔を真っ赤にさせ信綱が、軍議の場を顧みず怒声を上げた。仮にも当主代理を叱りつけたのだ。廊下に控えていた近習らが脇差に手をかけた。しかし、僕はこれを待っていた。


 「具体的に言おう。ここより西へ一里の設楽に、信長は陣を構える。これならよいか」


 緊迫した軍議が、一転白々しい空気に包まれた。居並ぶ重臣らは何と答えいいかわからないのだろう。信廉でさえ目を見開き口を閉じるのを忘れている。


 「あ、呆れてものも言えぬ。もし、そうなったら四郎殿の命に従いましょうぞ」


 絞り出すような声を信綱が発した。何と思われようと構わない。うまくいった。


 「よし。二言はないな。軍議は終りだ」


 四日後、織田信長、岡崎城入城の知らせがもたらされ、翌日には連吾川という小川の右岸の小高い高松山に野戦陣地を築き始めた。左岸の天王山に囲まれた湿地帯こそ設楽原とよばれる、僕の運命をわける決戦場所だ。


 「約束通りわたしが仕切らせてもらう。よいな」


 幔幕を張り巡らせた中央に矢楯を横にして床几を並べ重臣を座らせた。呼び付けた重臣は三軍の大将、副将の六人と五つの砦の将の七人である。


 「さて、始めるか。忠広、図を」

小原忠広が矢楯の上に大きな紙を広げた。設楽原の地図だ。


 「ここが長篠城。ここが織田、徳川が陣を構える山だ」


 扇で指すと小原忠広が、味方は白碁石、敵は黒碁石を置いていった。


 「この黒い線は、何ですかな」

 覗き込んだ山県昌景が怪訝な目を向けた。敵は戦仕度を始めたばかりだが、陣形をびっしりと書き込んでおいた。


 「三重の柵だ。鉄砲三千挺を配している」

 「ばかなっ! 敵は砦を作り我らが突っ込んでくるのを待つというのか。ありえん」


 だから武田は負けるのである。あり得ない手を信長は打ったのだ。勝算があるからこそ武田との全面対決に踏み切ったのだ。


 「東より鳶巣山砦を突いたらどうなる。兵数は三、四千。二日の内に攻めて来る」


 信長の打った手を逆手に取る。家臣を意のままに動かせれば僕にはできる。


 「なんと⁉ 兵を割いて後方から狙うと……」

 「我らは退路を断たれ、待ち構える織田、徳川とやり合わねばならない」


 唾を飲みこむ音が響いた。否定したくとも、考えれば考えるほど信長のやりそうな事なのだろう。僕はゆっくりと重臣らを見廻した。


 「では、陣形を決める。信実。小笠原ら遠州勢千五百をつけてやる。砦の兵千五百と合わせて三千。東から後方を突く徳川を討て!」


 もはや、叔父でも呼び捨てでよい。


 「右陣、馬場美濃、土屋右衛門尉。中央、梢遥軒、小幡右衛門。左陣、山県三郎兵衛、内藤修理 総計六千。二万六千の織田、徳川軍にあたるに不足はあるまい」


 「不足はござらぬ。しかし、このようにいきますかな」


 「今は教えてやれないが、必ずなる」


 山県の問いに、僕は口角をあげて答えた。



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― 新着の感想 ―
いつも楽しく拝見させていただいています。 今のところ他の転生ものに比べてあまり現代知識(歴史以外)に頼らないところがよいです。 一点、年表記で気になったので記載します。 設楽原が話によって、1年ズレて…
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