33 難攻不落
「何故、氏政は動かない」
玉繩城の居室に、三浦城から戻った山県を呼び、酒でもてなした。
川越城の上杉景虎、憲政、鉢形城の秋山、和田らには、押さえの兵を置き玉繩城に向かうように命じてある。
二、三日の内に小田原攻めの兵が揃うのだ。
八王子も平塚も占領されていて、小田原と伊豆だけになっても動かない氏政が逆に不気味だった。
「織田を待っているのでしょう」
山県が酒を含み言った。
「信長が動くか?」
「北陸勢は壊滅状態。毛利、本願寺が盛り返しているいま、まず動けないでしょうな」
柴田勝家を失い、越前一向宗徒の反撃が続いている。
どう考えても信長が北条救援のため、兵を犠牲にしてまで土屋らと一戦交えるはずがないのだ。
「北条は信長に見捨てられたか」
「上杉潰しで同盟を結んだのでしょうが、御神代が二枚も三枚も上手でしたな」
山県が苦笑いを浮かべた。
家康の計略がなければ、やられていたのは僕の方だった。
山県はわかっていて僕の手柄にしたのだ。
まあ、景虎を味方につけたのは紛れもなく僕なのだから、回り回れば手柄なのかもしれない。
鉢形城攻めで、北条の重臣が密かに景虎に接触し寝返りを要請したという。
氏政の弟の景虎なら、当然命令に従うと思っていたようだ。
景虎は重臣を捕え、秋山ら武田の武将の前に引っ張りだした。
「氏政の弟は、上杉との手切れで見捨てられ死んだのだ。我は武田四郎の家臣、上杉弾正少弼景虎である。小田原に戻り氏政に伝えよ」
事情の知らない原、和田らは言葉も出なかったらしい。
僕でさえ、関東国人衆の前で言うとは思わなかった。
「ときに御神代。梶原備前が臣下を望んでいますが、いかがいたしましょう」
「三浦城代の梶原か。船で逃げたのではないのか?」
北条の船大将とも言われている。
山県の侵攻に船で伊豆に逃げたのかと思っていた。
「それが、氏康の死で暇を願い出たのが通らず、何度も熊野に帰ろうとして連れ戻されているそうで、本人は囚人だと申しまして、三崎に置いておくわけにもいかず連れ参りました」
「それなら、一艘を与えっ・・・ いや、会ってみよう」
山県が連れて来たのだ。何か考えがあるのだろう。
「御目通りを頂き恐悦至極にございまする。梶原備前守景宗と申します」
日焼けした中年の男は、平伏し声を震わせた。
「武田四郎だ。梶原とやら、わたしに仕えたいと聞いたが」
「はっ。不躾ながら、それがしを使って頂きたい」
梶原は安宅船に精通していて、偽りがなければ召し抱えたいところだが、話しがうますぎる。
「召し抱えるのは構わぬが、半領地安堵だぞ」
「手下百人の扶持を合わせ九百八十貫(約2千石とする)頂いておりましたが、三百貫で結構でございます。船商売を御認め頂きたい。もしお許しいただけるなら、伊豆の清水、鈴木らも臣下を望むでしょう」
「どういうことだ?」
どこの水軍でも戦ばかりしているのではない。
武田の間宮、小浜、千賀などの水軍の将も平時は海運事業に勤しんでいる。
上方商人との取引で知行地より、よほど稼いでいるのだ。
「今代様より船商売に制限が設けられ、紀之湊の佐々木刑部助が仕切るようになりました。皆、不満に思っております」
氏政は水主の食い扶持まで与えている。取引の利益を独占するためだろう。
陸の将なら家臣の俸給まで貰えれば、権利を主君に独占されても文句は言わないだろうが、海の将は商業活動こそが重要であり、取引の許可を得るため臣下していると言っても過言ではない。
「よかろう。伊豆の水軍を口説いてみよ」
「あ、有難き幸せ」
伊豆の韮山、山中城はつけ根にあり、半島を取り巻く水軍の将らが北条を見限れば、両城に与える影響は大きい。
それに、伊豆には金山がある。
二年前、土肥は北条により発見されているが、湯ヶ島、縄地はまだだ。
海運、交易の権利を手放しても十分に見合うだけのものがあるのだ。
「梶原。手ぶらでは口説けぬだろう。商売だ。伊豆の竹や丸太、木材を買いたい」
「は、はあ?」
僕は近習に言いつけ銀子を用意させた。梶原は何事かと目を白黒させている。
百枚ずつ入った袋を三つ並べ、ひとつを梶原に渡した。
銀一枚が十両にあたり、銭なら二貫文に値する。
「手付だ。仔細はその者に聞いてくれ。頼むぞ」
「はっ」
梶原は袋を抱え、近習と退出した。
「早速、梶原を使われましたか」
脇に控えていた山県が、僕の前に膝を進めた。
「そのために合わせたのではないのか」
「まあ、さようですが。手付まで支払うとは思いませなんだ」
山県がニヤリと笑った。
「其の方の策であろうが」
小田原城攻撃の策だ。使える者は誰でも使うつもりだ。
今頃平塚の真田は人足集めに苦労をしているだろう。
費用を惜しむつもりはない。
兵糧、武器弾薬の補給のほかに川越、鉢形城の景虎、和田にも命じている。
準備が出来次第、北条を攻める。
信長のやり方で潰すのだ。
七月初旬 ──
平塚より四万五千進軍を開始。川を渡って布陣した。
酒匂川の土手から眺めただけで、小田原城の異様さがわかる。
赤土の高い土塁が延々と続き、上には矢倉が並んでいる。
外曲輪東西五十町(約五・五キロ)、南北(約七・七キロ)山や田畑まで囲んだ広大な規模だ。
入口は海側を含めて九つ。ここを突破しなければ城を攻めることは出来ない。
謙信は十万の兵で攻めても落とせなかった。
秀吉は十五万の兵で海まで埋め尽くし、降伏させている。
小田原攻めの兵数は、占領した城に守備兵を置いてきているため四万五千ほどだが、秀吉と同じ策をとることにしたのだ。
「竹束を並べろぉ! 鉄砲隊三段横列!」
東の山王口、渋取口、井織田口と西の久野口に鉄砲隊を配置し、北条の攻撃に備える。
「よし。人足を入れよ」
鍬や畚、丸太を担いだ平塚の百姓人足三千人と兵士二千人が柵を造り濠を掘る。
掘り出した土は土塁となるのだ。
北条の領民を人足とするため、昼間の手間賃は相場の三倍、夜間作業は手間賃五倍のうえ米一升をつけた。
北条の年貢は四公六民と低く領民から慕われている。
平塚で集めた人足も、半ば無理矢理連れてきたようなものだった。
だが、やはり金がものをいった。
三日もすると近在の百姓二千人が仕事を求め、四日目にはさらに二千が増えて、八千人が働くようになった。
五日ほどで東側の土木作業は終え、そのまま、西から南側の早川口まで二十日ほどで完成した。
その間、北条は何度も城門から打って出るが、鉄砲隊の斉射で多大な犠牲者を出した。
一度は退却の際、秋山隊に詰め寄られ、兵を見捨てて城門を閉じている。
それ以降、南側の水之尾口、箱根口、早川口からは兵が出て来ることはなかった。
急造ながら八つの城門を取り囲む三重の柵が完成したのだ。
北条の兵を外に出さないための、信長に倣った馬防柵だ。
東の山王口、渋取口、井織田口に対し真田、原一万。西の久野口、荻窪口に対し、本隊、上杉勢一万六千。南の水之尾口、箱根口、早川口に、仁科、葛山、内藤一万二千を配した。
これにより、駿河に続く街道を使えるようなった。
山中、韮山城を東からも攻められるようになったのだ。
「御神代。我らも出ます」
「目に物見せてやれ」
「はっ」
山県、秋山の七千が箱根路を進攻する。
兵糧、武器弾薬の補給は上野から幾らでも調達できる。
北条が音を上げるまで引く気はない。




