表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
23/74

23 手取川の戦い ⑶ 裏切り

 「槻橋砦の上杉様から使いが来ております。如何なされますか」

 

  山県、内藤を呼び朝餉の途中であったが、景虎からの使いとなるとただ事ではない。


 「かまわぬ。通せ」

 小姓が甲冑武者を連れてきた。ただの使いではない身分の高い武者だ。


 「お食事中、失礼ながら火急の用にてご容赦くだされ。今朝未明上条山城守、砦より撤退致しました」


 「な、何を勝手な! 呼び戻せ!」

 内藤が怒声を上げた。


 「呼び戻しに行った山吉らを手打ちにしております。我らでは手の施しようありませぬ」

 「秋山はどうした? 三郎殿が気に食わなくとも、秋山なら止められであろう」

 河田の申し出を二人に計っていた途中である。

 内藤は景虎との確執による撤退と受け取ったようだ。


 「秋山様は、昨日から隊を率い莇生砦方面に出陣しております」

 「なに! 善右衛門が出撃したあとにか!」

 山県が襖が震えるほどの大声を発した。椀の中身が膳にこぼれている。


 「山城守はどこに向かった。七尾城に帰ったか!」

 「おそらく尾山御坊に向かったものかと」

 武者が頭を下げると山県の殺気が消えた。


 「御神代様より河田殿に呼び戻すよう命じてもらおう。ご苦労であった。下がってよい」

 「ははっ」


 武者の退出を待って、内藤が詰め寄った。

 「どういうことだ。三郎兵衛殿。御神代様を差し置いて勝手に帰すとはっ」


 内藤を手で制し、

 「河田殿に御命じ下され。それと出浦主水を!」

 山県の剣幕に、内藤が押し黙った。


 僕は近習と小姓に、言われたと通りに命じた。

 河田は驚き、直ぐに家臣を政繁のもとに向かわせた。


 「お呼びでしょうか」

 出浦は小姓とともに部屋にきた。


 「主水。急ぎ尾山御坊を探れ。家臣三百を松任城に連れ出せ」

 「はっ」

 出浦は瞬時に理解したようだ。前から探らせていたのだろう。


 山県が居住いを正し、深々と頭を下げた。

 「見誤りました。申しわけござりませぬ」


 「まさか、上条山城が寝返ったというのか!」

 内藤は眼を剝いたが、それだけではすまないはずだ。

 寝返っただけなら、政繁は尾山御坊に入るはずがない。一向宗徒も敵になったのだ。

 二里半(約十キロ)後方の尾山御坊に一万の軍勢が出現したに等しい。


 前に七万、後ろに一万 ── 袋の鼠だ。


 「みなを集めよ。軍議を開く」

 「ははっ」


 火皿の芯がジジッと音を立て、閉めきった広間に嫌な臭いが漂った。

 だが、誰も気にする様子はない。それどころか流れ落ちる汗さえ拭おうともしない。


 「山城守に出した使者は、ことごとく殺されました」

 左側に座する河田が悲痛な声をだした。

 藪の中に捨てられていたのを発見したのは、出浦の手下である。

 尾山御坊は寺の外まで能登勢と一向宗徒が陣を敷き、近づくことができなかった。

 御坊を望む山林から様子を窺がっていたとき偶然見つけたのだ。


 首のない丸裸の骸であったが、特徴のある指の欠損により河田が送った使者と判明した。

 御坊に詰めいた武田家臣三百人は生死不明である。捕らわれていることを願うばかりだ。


 「こうなれば武田の意地を見せてくれましょうぞ。七万上等! 切り裂いてくれるわ」

 右側に並ぶ馬場が、床を拳で叩いて叫んだ。

 老いて増々盛んなり。鬼美濃と言われるだけのことはある。


 「それは早計というもの。信長が動かない今なら、尾山御坊を打ち破った方が良い」

 内藤の言葉に大半の者が肯いた。


 柵に籠った四万の織田に打ち掛かるより、当てにならない一向宗徒を含む一万の方を選ぶのは常識だ。


 だが、──


 「尾山御坊に向かえば、信長めに後ろから食いつかれますぞ」

 秋山が口を開いた。


 「柴田らは柵を頼りに打って出ぬ。その心配はあるまい」

 「すでに後方の柵はかたずけられております。今夜にも前だけを残し撤去するでしょう」

 

 「なんと!」


 秋山は砦攻略に向かった途中で、山腹から敵陣を見ている。

 四重目、五重目は綺麗に取り払われ、三重目もかたずけていたらしい。


 広間が静まり返った。唾を飲み込む音が聞こえる。


 「我は鬼美濃殿に同意する! 名を惜しむ。死するべし!」

 高坂弾正が吠えた。これが引き金となった。

 「おお、目に物見せてくれる」「信長の首上げてくりょうぞ」

 途端に火がついた。


 「静まれ!」

 山県が一喝する。

 僕はゆっくりとの広間を見回した。爛々と眼を輝かせる武士ばかりだ。


 「闇雲に突っ込んでやられるわけにはいかない。策はある。山県布陣を!」


 「はっ。左陣。秋山善右衛門尉、真田左衛門尉、馬場美濃守」

 「おう!」

 「右陣。高坂弾正、内藤修理亮、そしてワシ、山県三郎兵衛尉だ」

 「中央。御神代様の本隊と小山田左兵衛尉。尾山御坊攻め上杉三郎殿、河田豊前守殿。以上だ」


 山県と練った策だ。

 退路を塞ぎ勝ちに驕っている織田軍の裏をかき、兵を割って同時に攻めるのだ。

 尾山御坊は落とさなくてもかまわない。押さえておけばいい。

 武田軍は柴田らに打ち掛かり、頃合いを見て退却する。


 向かう先は尾山御坊の東、山中の廃砦。山の中に陣を張るのだ。

 

 武田を追撃する織田北陸軍に、恨み骨髄の一向宗徒はどう対応するのだろうか。

 上条が懐柔していたところで、尾山御坊まで進行されたのでは、ただでは済まないはずだ。

 越中、越後勢一万八千なら、上条ら一万を尾山御坊に閉じ込めておける。

 苦肉の策だがやるしかない。


 「お待ちください!」

 「上杉殿、如何なされた」

 山県は景虎と河田を客将として扱っている。臣下を申しでているが一時的なものだと思っているのだ。


 「何卒、何卒、この三郎に、先陣をお与えくだされ!」

 僕の前に進み出た景虎がひざまついた。

 後ろには河田と上杉景信が同じ姿勢をとっている。


 居並ぶ武田の重臣が唖然となった。

 大敵だった上杉が軍議の席で頭を下げる光景など信じられないのだ。


 それは僕も同じだ。

 確かに史実では景虎は景勝に敗れ自刃している。それを救ったというなら恩義に酬いるためと受け取れるが、僕は謙信の死を利用して越後を奪ったのだ。

 景虎に味方したのは、逃げ込んできたからだ。これが景勝でも同じだった。


 「三郎殿。死する覚悟は、おありか」

 「御命じ頂ければ、この三郎景虎、信長と刺し違えて見せまする」

 器量を認めた? 男気に惚れた? 景虎の心境はなぞだ。

 山県も口を半開きで呆然と見ている。


 「あ、あいわかった。左陣の秋山に替え三郎殿。右陣の高坂に替え河田豊前守。よいな」

 いつもなら我を張る二人が無言で頷いた。予想外の出来事に頭が回らないのだろう。


 天正六年(一五七八年)七月二日未明 ── 僕は出陣した。

 

 手取川を挟んでの攻防になる。柴田ら織田北陸軍四万に対し半数の二万で仕掛けるのだ。

 秋山、高坂に越後、越中勢を加えた一万二千が、尾山御坊の上条政繁も同時に攻める。


 上手くできるだろうか。先の読めない戦いに不安が募る。


 それに、── 長篠をなぞっているような気がしてならない。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[気になる点] 「越中、越後勢一万八千なら、北条ら一万を尾山御坊に閉じ込めておける。」上条の間違いではないでしょうか? [一言] 続きが楽しみ。
[一言] 緊迫してきましたね〜 こういう時に策での裏切り戦国らしくて良いです 武田の奮戦期待してます
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ