22 手取川の戦い ⑵ 神託をくれ
「なんと! 狭間筒を持ち込んでおりましたか」
内藤が唸る。
「恐らく、五百は並んでおります」
小山田の言葉に、山県、馬場も唸った。
安吉城の広間に、山県、馬場、内藤、小山田と車座になっての評定である。
「狭間筒で武者を狙うか・・・ 信長のやりそうなことだ」
内藤が腕を組みながらいった。
横田隊の損害は大きかった。死傷者百五十余、特に甲冑武者の被害が多く、十郎兵衛も先ほど息を引き取っている。
「なんの。狭間筒なんぞ野戦には向かぬ。遮二無二突っ込めば・・・ 無理か」
馬場ですら六千挺の鉄砲では強気にはなれないらしい。
内藤と同じように腕を組み天井を見上げている。
「御神代様の長滞陣は信長の狙い。いっそ越後まで引きますか」
山県も能登、越中勢を信用していないようだ。
山県は上条政繁、河田長親の援軍として早くから二人の動向を見て来た。
越後撤退を言い出したところをみると、どちらかが信長と通じている節があるのだろう。
上条政繁は前線の槻橋砦にあり、景虎越後勢を迎い入れ意気軒高である。
一方、河田長親は安吉城の一里後方の松任城を固めていて、消極的な戦ぶりらしい。
長親は越後国人衆の出自ではなく近江の出だ。すでに篭絡されているのかもしれない。
「ワシも三郎兵衛に同意する。信長め揚北衆にも手を出しておろう。越後平定後、敵となった奴らを叩き潰せばよいわ」
馬場の言葉に内藤が瞬時に反応した。
「さよう。越後留守居が右衛門尉では、ちと心許ない。早々に戻るべきかと存ずる」
待ってましたばかりに食いついた。土屋と気が合わないのも困ったものだ。
最初の越後攻めに外していた土屋を旗下に加えたのは、いわゆる文武両道の将だからだ。
一騎打ちで敵の大将の首級を何度も上げる猛将であり、信玄のもとで占領地の信濃、駿河、上野の奉行や取次衆を歴任している。
征服したばかりの地で、国人衆を従わせるのは大変なことだ。訴訟や要望をうまく裁かなければ不満が募り一揆や離反になり兼ねない。武辺と智謀を併せ持つ武将でなければ出来ない任務だ。
信玄が奪い獲った領地の全てに、土屋を配したのだから、極めて優秀なのだ。
その土屋に補佐として上杉憲政を就け、五千の兵を預けてきた。
たとえ新発田が裏切ろうと土屋ならなんとかするはずだ。
「撤退はまだ早い。手ぶらで帰るわけにはいかぬ」
横田隊が狭間筒でやられているのだ。このまま撤退したら信長は勝ちを言いふらすだろう。どんな形でも武田に勝ったとなれば、信長に靡く者が多くなる。
去年の謙信と柴田らの戦も柴田軍に大した被害は出ていないものの、若狭に引いたため謙信の勝ちとなり、さらに武名が上がったのだ。
些細な負けでも後々響いて来る。
撤退するなら、小さくても勝ちと呼べる戦果をあげてからだ。
「ならば、松任城を本陣にしては、いかがか」
山県が言った。
松任城は後方一里(約四キロ)ほど、敵か、味方か、わからない河田長親が入っている。
僕が入れば、後ろから襲撃されることはなくなる。
「そうしよう。それと槻橋砦に秋山を入れよ」
能登、越後勢一万五千に、秋山隊二千を加え東側の山沿いから敵陣を脅かすのだ。
「善右衛門に夜襲を仕掛けさせますか」
「判断は秋山に任せる」
僕は秋山に丸投げした。
これといった策が浮かばない。山県らも同じだった。
松任城に本陣を敷いて五日が経った。
秋山は二度ほど夜襲を仕掛けたが、一度目は渡河の途中で発見され斉射を受け退却。二度目は、雨の夜少数で柵の破壊を試みたが、中へ中へと誘い込まれ、三方から銃撃を受け殲滅されている。三重目の柵から板屋根がつけられていたのだという。
いずれも秋山隊への追撃はなかった。徹底した防御のみの布陣。
これを崩さなければ信長の罠から抜け出せない。
わかっているが、手の出しようがないのが現状だった。
「何卒、先手を賜りますよう伏して願いまする」
河田が家臣を引き連れ面会を求めてきた。
「何故、先手を望まれる? 今攻め掛かったところで、狭間筒の餌食であろう」
河田は何度か咳をした後、目を膝元に落した。
「上杉の家臣として三郎様を助けとうございます。それに・・・」
「それに?」
口籠った河田は意を決したように顔をあげた。
「三郎様と山城守様は、あまりうまくいっておりませぬ。上杉を纏めるためにも我を先手にお加え下され」
秋山から話は聞いていた。
景虎と政繁は、砦の南と北の端に陣を構え、張り合っている。
憲政が認めている以上、上杉の後継者は景虎だが、政繁はまだ正式なものではないと突っぱねているらしい。
「あいわかった。早々に手配する」
河田主従が出て行ったあと、僕は途方に暮れた。
僕から離れるための方便なのだろうか。しかし、先陣では寝返ったところで効果は薄い。
挟撃できる位置にいるから怖いのだ。
ならば、真意の申し出であるのだろうか。青白い顔色からは読み取れなかった。
上条政繁とともに対面したときもそうだが、河田には武将特有の覇気というものが感じられなかった。
ガツガツと前に出ることはなく終止控えめであった。
腹に一物ある武将と言うのがピッタリで、山県らも警戒していたのだ。
もしかして ──
河田は身体の具合が悪いのではないだろうか。妙な咳をしていたし顔色も悪かった。
それなら、後方の城を固めていたのもわかる。
そう都合のいい話などあるはずがない。──
山県が気がつかないはずはない。だが、俄かに体調が悪くなったら・・・
河田の移動を決めかねたまま、二日を過ごした。
これが、取り返しのつかないことになった。悔やんでも悔やみきれない。
後悔先に立たず。まさにその通りだ。
山県ら重臣が知ったら神託など大嘘だと一発で見破られるだろう。
上条政繁が砦を放り出し、撤退してしまったのだ。
能登勢五千が前線からいなくなってしまった。




