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21 手取川の戦い(1)

 赤地に黒の武田菱の陣旗二本が、北陸道を吹き渡る海風に靡いていた。

 白房の馬飾り、白熊毛大天衝脇立兜の僕は、長く伸びた軍列を眺め滴る汗を拭った。

 あと一里も進めば魚津城である。兜を脱ぎたいが我慢するしかない。

 先行する景虎の越後勢も天賜の御旗を押し立てた入城しているはずだ。


 越後府中から加賀の尾山御坊まで有に四十里(約百六十キロ)はある。


 夏の暑い盛りに、甲冑を纏い大旗を押し立てて行進するなど狂気の沙汰だが、やるしかないのだ。

 僕の武威を示し面従腹背の越中、能登の国人衆を恫喝するのが目的だからだ。


 恭順している河田長親も金山を取り上げるとなれば、反旗を翻すかもしれない。

 越中七金山、加賀藩の財政を支えた言われるようになる金山も僕の狙いなのだ。


 「左衛門。ここまで来れば大丈夫だろう。戻ってよいぞ」

 「はあ。いや、城までお側におりまする」


 真田隊は殿である。指揮を弟昌輝に任せ馬廻りの騎馬隊に混じっているのは、狙撃を危惧してのことらしい。

 信綱は長篠のあと、僕の兜にあやかって、前立てを大天衝に替えていた。

 脇立てと前立ての違いはあるが敵を欺けると信綱は考えたのだろう、馬廻りが嫌がるのも気にせず、押しのけて列に加わっているのだ。


 この兜、本来は真田昌幸がかぶる物だ。

 昌幸は武藤喜兵衛のままだから、死ななかった信綱の兜になったのだろうか。

 興味深い事象だ。


 「左衛門。天衝の根元に六文銭をつけたらどうだ。見栄えがよいぞ」

 鹿角の脇立て兜は、喜兵衛にかぶらせよう。

 最近の僕の秘かな楽しみだ。

 後世に伝わった派手な兜の意匠を思い出して、家臣らの褒美にしているのだ。

 そう、僕の兜も石田三成からのパクリだが、時系列上、僕の方が先になる。


 「あ、有難き幸せ!」

 馬廻りが羨ましそうに信綱を見ていた。

 前立てひとつでも、主君から言われれば名誉なのである。

 実に金が掛からなくて良い風習だ。


 越後府中を出て十日目の昼過ぎ、加賀尾山御坊に着いた。

 「お早いお着きで、安堵致しました」

 山県、馬場、内藤の三人が、山門の前で出迎えた。


 「信長は?」

 「柴田らは和田山城を拠点とし、手取川南岸沿いに柵や堀を築き、西山砦、莇生砦に兵を入れております。二里半(約十キロ)後方の江指城、波佐谷城に信長、信忠が入りました」


 「兵数は?」

 「柴田ら北陸勢四万。透破の調べでは、信長が率いてきた兵数は三万だそうです」


 予想以上に多い。こちらは武田軍一万四千、景虎の越後勢一万、越中勢八千、能登勢五千、一向宗徒五千の四万二千だ。一向宗徒は地の利もあり決して弱くはないが、寄せ集めの部隊ばかりで、劣勢になると我先にと逃げだす者が多い。当てにできない軍勢である。


 尤も、景虎を含めて越中、能登の軍勢も同じようなものだ。

 武田が劣勢になれば反旗を翻す可能性さえある。


 「明朝、安吉城に押し出す」

 出城城、安吉城が武田の軍事拠点で、川から半里(約二キロ)の安吉城は最前線だ。

 

 「さすがは御神代。信長が調略に動いております。仕掛けるなら早いほどよい」

  山県も越中、能登の兵は、当てにならないと思っているようだ。

 

 「いつ、信長は城に入った? わかるか」

 「七、八日前だと思われます」

 信長が七日間も無為に過ごすとは思えない。既に越中、能登の国人衆の中に信長と意を通じている者がいるのかしれない。


 僕は安吉城の櫓に上り見回した。

 幾重にも環濠を掘り、掘り出した土で土塁を高く盛り上げて、柵を築き防御としているが、田んぼの中の舘のような小城である。軍事拠点といっても雨、風をしのげればいいぐらいの利用価値しかない。

 左手の連なる山々の麓に築いた槻橋砦が無ければ、ひと揉みで落とされるだろう。

 

 眼前を埋め尽くす武田菱の背旗の先に、何十もの味方の陣所が見える。

 僕が櫓に上ったことに気づいたのだろう、足元から鯨波が起こると次々に広がっていった。


 敵は手取川の沿岸に柵を連ねていた。一町(約百十メートル)ほどの間隔が空けてあるものの槻橋砦近くまで続いているのだ。実に一里半(六キロ)に及ぶ、、設楽原を上回る大規模の柵だ。

 しかも、その柵、一重ではなく五重になっているらしい。

 

 「何度か攻めてみましたが、二重目、三重目が入り組んでおり、横からも撃たれる始末で。その上、彼奴等、設楽原の倍近い鉄砲を配備しております」

 長篠の織田の鉄砲隊は三千とも言われている。六千の鉄砲数など尋常な数ではない。


 「近くで見たい」

 櫓からでは敵の備えは見えなかった。


 山県は頷き、部下に命じ徒士武者の甲冑を用意させた。

 徒士武者の見回りを装うのである。

 

 「御神代。こちらでございます」

 小山田信茂が出迎えた。

 川沿いの土手を削り、その土を俵詰めて土塁としている。土塁のうえには竹束を重ね遮蔽としていた。


 「御神代の御出馬に、全ての柵に鉄砲兵が張りついております」

 竹束の隙間から敵陣を覗き見た。


 川に沿って一町(約百十メートル)ほどの長さの柵が作られ、一町開けて、また同じ長さの柵が上流にのびている。開けてある場所の後ろも柵で、丸太が重なり壁のように見えた。


 柵の横木の上に筒先が並んでいた。大変な数だ。六千というのも大袈裟ではないようだ。

 棘のように並んでいる筒先を目で追って、おかしなことに気がついた。

 五、六挺に一挺の割合で少し飛び出ているのだ。

 鉄砲兵が気負って筒先を前に出し過ぎたと言うなら、ああも順序良く並ばないだろう。


 「左兵衛。川上も竹束で囲っているのか!」

 「い、いえ。川幅が一町ほどある場所は、なにもありませぬ」


 まずい。確かに一町も離れれば鉄砲は脅威ではない。当たったところで、よほど運が悪くなければ死ぬことはない。


 だが。──

 

 「遮蔽のない隊は二町後方に退かせろ! 急げ!」

 「はっ!」


 ドンドドン、ドンドドン ──

 凄まじい銃声が響き渡った。五町(約五百メートル)上流の柵が白煙で見えなくなった。


 ドンドドン、ドンドドン ── ドンドドン、ドンドドン ──

 両脇の柵からの二射、三射が咆哮する。


 「横田隊から多数の死者が出ております。十郎兵衛様も被弾し後方に下がりました」


 間に合わなかった。


 「迂闊でした・・・ まさか、あんなものを持ち込んでいようとは・・・」

 小山田が俯いて肩を落とした。こればかりは誰の責任でもない。

 赤備えの攻撃にも温存していたのだ。


 信長は僕の出馬を待って、狭間筒を見せつけたのだ。


 狭間筒は射程は一町半(百六十五メートル)におよぶが、野戦では不向きな鉄砲だ。一間(約一・八メートル)もある銃身と二貫半(約十キロ)の重さで、支えが無ければ筒先が揺れて当てることが難しく、またその大きさゆえ移動の妨げになる。

 名の通り城の狭間に銃身を乗せ、安定させて狙撃する鉄砲である。


 「川沿いの兵を全て城に退かせよ。柴田らが打って出ることはない」

 僕は小山田に撤退を命じて背を向けた。


 信長は僕を手取川に釘付けにして、寝返った越後、越中、能登の国人衆に挙兵をさせる気なのだろう。

 戦後処理も終わっていない地なら簡単に戦火は広がる。


 やはり信長を潰さなければ、僕は勝頼のままでいられないようだ。


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― 新着の感想 ―
[気になる点] ・信長・信忠が江差城に入城したとありますが江指城ではないでしょうか? ・「名の通り城の狭間に銃身乗せ」脱字ではないでしょうか? [一言] 今後が全く読めない。楽しみに待ってます。
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