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2 なめられる 勝頼

 一歩室内に足を踏み出すと、ざわめきが止み静まり返った。 

 躑躅ヶ崎館の大広間には、家臣三十数人程が左右に別れ平伏している。

 名前と顔が一致するのは、手前に座る家老衆や親族衆の七、八人ほどで、後ろに並ぶ家臣は顔を見るのは初めての者ばかりだ。


 「御本復、おめでとうございます」

 右列の一番前の小さな初老の男が大声を上げた。


 家老筆頭、山県三郎兵衛尉昌景だ。甲冑を赤で統一した赤備え軍団を率いる猛将で、ふた月前の東美濃の明智城攻めで撃たれた勝頼に変わり、織田軍を追い払い、岡崎城下まで攻め込み町を焼き払っている。


 武田家一の戦上手。重臣らでも山県昌景に逆らう者はいない。

 その昌景が瞬きもせず、僕を窺がっている。敵意はないが明らかに疑っている。


 「遠江を獲る」

 グダグダと説明するつもりはない。長く喋れば中身が違うことがばれる。


 東遠江に侵攻するのは史実だ。当面は史実に添って進めなければいけない。


 「おやめなされ。美濃攻めのようになっては、武田の名を貶めまする」

 「兵を休ませねばなりませぬぞ。誰かと違い働き尽くめです。百姓兵も田畑をやらなければならければなりませぬ」


 左列の親族衆からだ。声の主は武田逍遥軒信綱と兵庫助信実である。両人とも信玄の弟で諏訪家を継いだ勝頼より自分が当主に相応しいと思っている。


 信玄が、武田家を勝頼の子に継がせるつもりであったと主張したのは、この叔父らだ。


 故にこの身体の主は、家中から己の子の繋ぎの当主と見られるようになった。叔父らは侮蔑ともとれる発言が多く、家中で勝頼を軽く見る原因になっている。


 現に今もあちらこちら、隠そうとも思わない嘲笑が起こっている。

 

 「うむ。確かに恥を晒した。それがどうかしたか」


 信綱の眼をジッと見る。勝頼は気性の激しい武将であったらしいが、僕は愚鈍に見えるぐらい感情を表に出さないようにしている。叔父だろうが、重臣だろうが、何を言われても空とぼけ、虫けらでも見るような目で対峙するつもりだ。


 「遠江侵攻に異存はござらぬ。どこを狙いましょうや」


 昌景の隣に座る馬場美濃守信春が睨み合いに割って入った。鬼美濃と恐れられる初老の男で、昌景と並び称される戦上手の武将だ。親族衆と違い山県や馬場には武田家継承の遺恨はない。あるのは、主人として己を使いこなすだけの器量が有るのか無いのかだけだ。


 今の時点では両人とも無い方に針が振れているはずだ。


 「東遠江── 高天神城」


 どよめきが起こった。


 「御屋形さまも落とせなかった、難攻不落の城でござりまするぞ」

 「美濃攻めで兵が疲れております。諏訪ではどうか知らぬが、急ぎ過ぎましょうぞ」

 「浅慮なり!」


 親族衆から辛辣な言葉が発せられ、座からまた嘲笑が起こった。

 

 「うむ。もっともなこと。なら、わたしの兵だけで攻め込んでみよう」

 「なっ⁉」


 座か静まり返った。愚鈍を通り越し、狂ったと思ったのかもしれない。


 「ハハハッ。そこまでの覚悟がおありなら、異存はござらぬ。わしは従いますぞ」

 割れ鐘のような声に全員が声の主を見た。山県昌景だ。


 僕を主人として認めている訳ではない。信玄の死に、値踏みしている遠江、三河、美濃の領主や地侍らに、武田家健在を示したいのだ。


 しかし、この発言で軍議の流れが変わった。


 我も我もと宿老らが昌景に続き、親族衆も渋々ながら従った。動員数は二万。予想以上の兵力だ。親族衆が兵を休ませろというのは間違いではない。農繁期だからだ。


 武田は兵農分離を行っていない。農兵を長期間使えば、収穫量は落ちるし士気も下がる。早急に進めなければならない課題のひとつだ。


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