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異世界のチートな萬屋店長~一寸神アナザーアフター~  作者: 秋華(秋山華道)
法螺貝編
32/64

貴族の町に人間は住まない?

江戸時代、徳川綱吉によって生類憐みの令が制定された。

目的は子供や人の命を大切にする為だったかもしれないけれど、最後は蚊すら殺すのを禁じられるほどエスカレートしたという。

これは極端な例ではあるけれど、日本では遠い昔から殺人を悪とし、動物の命ですら大切にしてきた。

江戸末期にペリーが黒船に乗ってやってきた時、無暗に鳥を撃ち落として殺すので『やめてくれ』と幕府から申しいれたくらいだ。

生き物の命を奪い食するにしても、『いただきます』と言って命に対して感謝の意を表す。

食する分だけは命を奪うけれど、決してそれ以上は殺さない。

日本人にとってそれは当たり前の事かもしれないけれど、近年までそれが当たり前ではなかった国は世界に多い。

『何を言っている!日本でだって上の者が下の者を平気で斬り捨てていただろ!』

もちろんそういう人もいたし、そういう人が多かった時代もあっただろう。

でもそれは一部の者の価値観であり、外国とは根本的に違うのである。

それは、全ての日本人が全ての人を同じ人間として扱っていたって事だ。

ただ同じ人間だけれど、力のある者が無い者に対して非道な事をしていた訳だね。

しかし外国は違う。

王族貴族以外は、人間扱いすらしていなかった。

人種が違えばもう単なる動物である。

人間じゃないから動物と同じように殺しても良いという理屈で非道な事をしていた。

戦争だってゲームのように楽しんでいたという。

国際会議で日本が人種的差別の撤廃を求めたのだって、『同じ人間として扱いましょうよ』というレベルだったのだ。

それほど日本という国は先進的だった。

日本人の当たり前で見ると、日本の素晴らしさが見えにくいかもしれない。

だけど『日本は特別で素晴らしい国である』という事だけは、異世界に来ても本当に何度も思い知らされるよ。


アワビの町は、今までに見た町の中で最も凄い町だと感じられた。

要塞都市のような防壁に囲まれ、上空からの侵入も許さないように結界が常に張ってある。

防壁門も厳重で、門番が十人以上で対応しているように見えた。

「この町はなんだか凄いんだお。今まで見た町の中で一番大きいんだお」

「大きいだけじゃ‥‥ない‥‥お金もかかって‥‥そう‥‥」

「ここは特に王都って訳でもありませんし、魔獣もほとんど現れない場所です。無駄が過ぎる気がします」

だよなぁ。

穏やかな川の堤防を高層ビル並に高くしているようなもんだ。

税金の無駄使いにも程がある町だな。

「我が持っている情報によると、アワビの町は王族や貴族が多く住む町のようだ。金を持った者が多くいれば税収も潤沢なんだろう」

なるほどねぇ。

税が余ってくれば無駄に使ってしまうのは何処の世界も一緒か。

尤もそれは、金の巡りも良くなるし悪い事ばかりでもない。

でも税を納めている側としては、もっと有意義な事に使ってほしいとは思うよね。

それが無理なら減税してくれりゃいいのにな。

金は権力でもあるから、一度手にしたら手放してはくれないようだ。

「とにかく町に入ってみましょう~」

天冉の言葉に、皆は門を通って町に入ろうとした。

すると門番が声をかけて来た

「そこの冒険者たち!この町に来るのは初めてか?」

「そうだけどなにかぁ~?」

「そうか。この町には重要なルールがあってだな。とにかく道が赤い色で舗装されている所は歩かないように」

またルールか。

でもシジミの町のような酷いものではなさそうだ。

どういう理由かは知らないけれど、『郷に入りては郷に従え』だね。

理不尽なものでなければ従うのみ。

「はいはい了解よぉ~」

天冉は軽く手を上げて門番たちの前を横切った。

すると当然そこには狛里もいる訳で、此処でも何人かが存在に気が付いた。

「あれ?萬屋の狛里じゃないか?」

「本当だ。法螺貝王国に来ているって話は本当だったか」

「まさかこの町にくるとはな」

「騒ぎにならなければいいけど‥‥」

「いや、俺はむしろ騒ぎが起こってほしいよ」

何やら最後物騒な話が聞こえたけれど、そこは聞かなかった事にしよう。

それにしてもやっぱり狛里は気づかれるのね。

つか絶対に騒ぎは起こさないぞ。

なんて思って町に入ったのだけれど、そんな気持ちがぶっ飛ぶくらい町が色々な意味で凄かった。

道の真ん中部分はどの方向へもレッドカーペットが敷いてあるような感じで、他の町とはくらべものにならないくらい整備が行き届いている。

建物も全体的に高く、どの家も他で言えば貴族の屋敷くらいの豪華さだ。

「庭があれば完全に貴族の屋敷だな」

遠くには城も見えるけれど、大きな城以外にも小さな城がいくつも見えた。

「上級国民の町って感じがするお」

「だけど‥‥赤い道の上‥‥誰も歩いていないの‥‥変‥‥」

猫蓮の言う通り、確かにこの町は選ばれた者が暮らす町という印象だ。

しかし赤い道の上を誰も歩いていないこの風景は、やはり異常に感じる。

なんというか、住民が窮屈に移動しているように見える。

「とにかく食事をしましょう!こんな町ですからきっといい店があるに違いないのです」

いい店はあると思うけれど、メチャメチャ高いんじゃないだろうか。

「しかし十人がまとまって歩くには狭すぎやしないかこの道」

「前に三人で来た時も舞月は同じ事を言っていましたね」

「一列に並んで歩くしかないであろう」

雪月花の三人は前に来た事があったのか。

だったらちゃんと事前に情報を聞いておけよな、猫蓮。

「雪月花ちんたちは、前に来た事があるのねぇ~。だったら食事ができるいい店は知っているかしらぁ~?」

「食事ですか。正直どこも高いので、普通の食事をお望みでしたら冒険者ギルド併設の食事処がよろしいと思われます」

思った通りやっぱり高いのね。

売っているモノもこれまでの町とは違って、どことなく豪華に感じるんだよ。

そんな訳で結局俺たちは冒険者ギルドへと向かうのだった。

その途中初めてレッドカーペットの上を走る馬車を見かけた。

馬車の豪華さから、おそらくは貴族が乗っているものと思われる。

予想はしていたけれど、どうやらレッドカーペットを使えるのは王族や貴族だけって事のようだね。

まあでもそういう町で暮らしている人ってのは、それはそれで満足しているのだろう。

町の豪華さを見れば、みんな良い生活はできているように思う。

レッドカーペットが使えないだけだし、こういう町もあっていいさ。

そんな風に俺は思った。

しかし次の瞬間、そうでもないかもしれないと感じる事となる。

子供が走ってくる馬車の前に飛び出した。

当然レッドカーペット内だ。

どうやら落とした果物が転がってレッドカーペット内に入ったらしい。

親は顔面蒼白だけれど、どうしていいか分からないで動けずにいる。

とうとう出たね。

異世界転生お決まりの場面。

ウミウシ砦の町であったものとは違い、今度こそ正統派のベタな展開だ。

本当なら転生後すぐに訪れるはずのイベントだけれど、長かったねぇ。

あれ?長かった?

よく分からないけれど、一瞬だが冒険の旅に出てすぐのイベントに感じたぞ?

なるほどそういう事か。

北都村は最初村と呼ばれ、転生者が産まれる場所だったよな。

そこから旅立てば、まずはこの町でこのイベントに遭遇するんだよ。

つか複数の思考で考えているからまだ何も起こってはいないけれど、そろそろ子供を助けに入らないと馬車に轢かれるぞ。

猫蓮さっさと動け。

レッドカーペットには入っちゃいけないけれど、お前のスピードならバレないって。

「レッドカーペットには入れないしどうしたらいいんだお!」

何言ってるんだこいつ!

こんな所で日本人の真面目さが出てしまうのかよ。

つか念力も使えるだろ!

さっさとしろ!

と言ってももう間に合わない。

此処から間に合うとしたら‥‥。

狛里が飛び出した。

馬車は止まる事なく子供にそのままぶつかる勢いでやってくる。

狛里はその前に立ちはだかり、片手で馬の鼻づらを抑えて‥‥。

あっ!勢いに乗っていたから、馬車が吹っ飛んだ。

馬はなんとか狛里がその場に留めたが、馬車は横転して滑っていった。

子供は無事だったけれど、町とか馬車とか色々と無事ではないな。

「何があったぁ!!」

おーおー怒ってる怒ってる。

横転した馬車の中から男が一人、這い上がるようにドアから出て来た。

馬車を操っていた御者(ぎょしゃ)は道に転がっていたけれど、なんとか立ち上がり馬車へと歩いて行く。

「子供がレッドカーペットに飛び出してきまして‥‥」

「そんなものは除けずに行けばいいだろうが!」

「ええ。私もそのようにしようと思ったのですが、子供が思った以上に硬くて‥‥」

硬いって、そういう表現が出てくるかw

あれ?つまりそれってまだ狛里には気が付いていない?

ならばその隙に子供をレッドカーペットから出しておけば良くね?

そう思った時には既に想香が子供を連れて母親の元に返していた。

ナイス連携!

狛里も既にレッドカーペット上からは移動している。

しかし怒ってるオッサンはそれで終わる訳がなかった。

「それはどの子供だ?!あいつか?!あいつなのか!?」

「はい。そうです。あの子供です」

まあそうなるよな。

「失礼ですね。僕は子供じゃありません。もう立派な大人です」

おい想香!

それはお前に言ったんじゃない!

それに今は自分のキャラを守る時じゃないぞ?!

「なめてんのかてめぇ。誰もお前の事は言っていない!そっちのガキだ!しかしお前も失礼な口をきいた罪で同罪だ。こいつ諸共処分してしまえ!」

ほらな。

完全に予想通りの展開になっちまったよ。

読者がいたらクレームの嵐だぞ。

馬車の後ろには大勢の護衛兵が控えていた。

そいつらは命令に従い、ゆっくりと想香と子供に向かっていった。

「なあ?あんたらならあんな奴瞬殺で終わりなんじゃないのか?」

舞月がコッソリと俺にそんな事を言ってきた。

「確かにそうだけどさ。うちのパーティーでは人を殺さない事になっているんだよ。それにそもそも人殺しは良くない」

「良くないかもしれないが、自分たちを殺そうとしている相手は当然排除だろ?」

「それでも人は殺さないんだよ。雪月花もそれで助かったんだから分かるだろ?もちろんそうも言っていられない時もあれば、罪を命で償ってもらう事もある。でもうちの大将がしょぼくれてしまうからな」

「分からなくはないけどさ‥‥ちょっとな‥‥」

まあチートなのに相手にやらせておくのは、フラストレーションが溜まる時もあるよ。

俺の場合、神じゃなければ殺していたかもしれないな。

いやそれはないか。

アルカディアなら蘇生もできれば魂を確保する事もできるから、殺人に対してのハードルは低かったんだよ。

でもこの世界で死んだらもう生き返る事はできないのだ。

それを思うとどうしても日本で暮らしていた頃の感覚になっちまうよな。

猫蓮も当然そうだろう。

『人を殺してはいけない』

この価値感が絶対的なものとして、俺の中でも戻りつつあるようだった。

さて想香に襲い掛かった護衛兵だけれど、ことごとく皆吹き飛ばされていた。

一般レベルで言えば想香も十分チートだ。

何人でかかろうと勝てる訳がない。

「な、なんだお前!?強い‥‥」

馬車に乗っていた貴族と思われる男が少し怯んでいた。

「よく見てください。赤い道には誰も入っていないのです。馬車は石に躓いて倒れただけですから、誰も悪くありません」

いや流石にそれは無理があるだろうよ。

「そうなのか?!」

男は御者に確認した。

「いえ‥‥確かにあの子供が赤道(せきどう)上に入って来ていました」

すぐばれる嘘って状況を悪くするからやめておいた方がいいんだけどな。

それに護衛兵にも見ていた者がいた。

「我々も見ました。その女も、それにあそこにいる小さい女も赤道に入ってました」

あそこにいる小さい女‥‥狛里の事ね。

「この町では王族貴族とその付き人以外は赤道に入ってはいけない事になっている。それを破った者は狩られても仕方がないのだ!」

貴族のおっさん、少し怯んではいたがやはり貴族か。

何処までも偉そうだ。

「それは‥‥横暴‥‥殺すのは‥‥良くない‥‥」

「何故殺しちゃいけないんだ?お前だって蚊を殺したり豚を殺したりするだろ?」

「蚊は血を吸う‥‥から‥‥豚は食べる分だけ‥‥」

「そう言う事だ。こちらに迷惑になるから殺す。見せしめというメリットがあるから殺す。赤道に入ってはいけないというルールを破ったのだから文句は言えないのだよ」

「蚊や豚は‥‥人間と‥‥一緒じゃない‥‥」

「何を言っている?王族や貴族でない者は人間じゃない!ただの動物だ。我らから見れば一緒なんだよ」

完全に価値観が中世ヨーロッパレベルだな。

しかも本気でそう思っているのだから困ったもんだよ。

違う価値観を持った者が話をする場合、まずは相手の価値観を理解する所から始めないと駄目なんだよなぁ。

「はいはい!今あなた、王族貴族とその付き人以外は入っちゃ駄目って言ったわよねぇ~?」

今度は天冉が、手を二回鳴らしてから話に入って行った。

「なんだまた女か?言ったがそれがどうした?」

貴族のおっさんも天冉に視線を向ける。

その時、護衛兵の一人がようやく気が付いた。

「あの小さい女の子は萬屋の狛里じゃないのか?!」

その声に皆がそちらに注目する形となった。

「本当だ。そうするとあの女は、新巻鮭王国第一王女、新巻鮭天冉か!?」

「するとあの男連中の誰かが、鬼海星王国第三王子の鬼海星陽蝕って事か?」

「俺たちが勝てる相手じゃないよ。つかうちの旦那ヤバいんじゃね?」

「この三人には十分に気を付けるよう王から言われているからな」

そんな護衛兵の話を聞いた貴族のおっさんは、顔面蒼白汗ダラダラといった表情になった。

「そうよぉ~。私が新巻鮭天冉よぉ~。そして此処にいるのは皆私の従者みたいなものなのぉ~。つまりぃ~赤い道に入っても問題ないわよねぇ~?」

普段から怖い天冉が、一層恐ろしく見えただろうな。

見た目は王族だろうと貴族だろうと一般人だろうと、皆同じ人なんだよ。

それを個人の認識や立場で区別したら、こういう間違いも犯してしまうのだ。

勝負あったな。

とりあえず天冉は、子供の身の安全を約束させてその場を収めた。

ただ、ああいう輩は既に価値観が出来上がっている。

俺たちが去ればまた同じ事をするかもしれない。

ヨーロッパの人たちは、殺しが駄目な事だと認めるまでに長きにわたって殺し合いをしてきた。

そして全ての人が人間であるとしたのは近現代の事だ。

この世界に多く干渉するつもりはないけれど、こういう事は何時まで続くのだろうな。

「やっぱりオデがこの世界の神になるお。それでもっと平和で公平な世にするお」

「おう!頑張ってくれ!」

この世界の事は、この世界の人間になんとかしてもらわないとな。

転生者がそれに含まれるのかどうかは知らんけどさ。


騒ぎの後、俺たちは堂々と赤道と呼ばれるレッドカーペットの上を歩いて町の中を散策した。

別の貴族からも何度か因縁を付けられたけれど、天冉が立場を明かす事ですぐに皆は引き下がって行った。

食事はギルド併設の食事処でとり、その後は宿屋を探した。

「どこも高そうねぇ~」

王族の実質トップとは思えない発言だよな。

新巻鮭の王族は、あまり金持ちではないのかもね。

「今日は‥‥闇の家か‥‥移動用の家で‥‥我慢する‥‥」

いやいや、ぶっちゃけ快適さで言えばそっちのがいいだろ?

闇の家は設備も整っているし広い。

移動用の家は狭いけれど不便はないはずだ。

でも外も見えない閉鎖空間や、ゆっくり温泉にも浸かれない狭い家だとやっぱり駄目なのかねぇ。

俺はコンパクトな住まいは割と好きなんだけどさ。

仕方がないか。

みんなそろそろ歩き疲れた様子で、これ以上探すのは精神的に無理そうだった。

体力的には皆問題はなさそうだけれどね。

そんな感じで、狛里の言葉に皆が『それでいい』と思った時、声をかけてくる者があった。

「これはこれは、今町で話題になっている天冉姫と萬屋御一行様でしょうか?」

見た所一般人のようなその男は、見るからに宿屋の主人といった感じの身なりをしていた。

「そうだけどぉ~何かしらぁ~?」

「もしかしたら宿屋をお探しかと思いまして。よろしければうちならタダで部屋をご用意させていただきますが?」

「タダ‥‥」

「良い響きの言葉です。人の親切は受けるべきですし、お世話になる方向でいかがでしょうか?」

「我が考えるに、この町では色々とあった。詫びの意味もあるのやもしれん」

うちの連中は概ねその男の好意に甘える方向のようだった。

しかし大丈夫か?

どうしてそんなに親切にしてくれるのか、理由くらいは聞いておく必要あるんじゃね?

でも今のうちの連中に警戒心というものは無きに等しかった。

疲れているのも大きいけれど、これまで人に騙され酷い目にあった事が少ないのかもしれない。

人に騙される事なく成功してきた者は、何処までも人を信じてしまうようになる。

そして人生の終盤に悪い奴に騙され、財産をゴッソリと奪われるのだ。

そんな奴らでもないと思うんだけれど、今日はやけに素直だった。

しかしそんな中一人だけ、警戒心を持っている者がいた。

「ちょっと待つお!タダより高いものはないんだお!ちゃんと理由を聞かせてほしいお」

流石猫蓮だ。

腐っても転生人。

常識があるぜ。

「理由ですか?さきほど貴族をやり込めるのを見ていたのですよ。我々町の者としては気分がスッキリしましてね。感謝の気持ちですよ」

ありきたりな理由だな。

仮にそれが本当だったとして、そんな事をペラペラと喋って大丈夫か?

誰かに聞かれでもしていたら、後で殺される可能性さえありそうだ。

「なんだそうなんだお!じゃあお言葉に甘えるお」

アッサリ信じるんかーい!

「旦那様、何か問題でも?」

「いや、何かありそうなんだけどな。まあ大丈夫だろう」

何かがあったとしても、逃げるだけなら何とでもなるからな。

しかし怪しいと思わないのかねぇ。

ここの住人は、赤道を歩けないという事はあっても、皆貴族並みの良い生活をしている訳だ。

貴族が民の命を軽くは見ているけれど、だからと言って無暗に殺す訳でもない。

ルールさえ守っていれば、この町は割と良いと感じる者も多いだろう。

何事も無い可能性もあるし、俺はおとなしく従っておくか。

助けが必要なら助け、アドバイスを求められれば答える。

それくらいでいいだろ。

それで本当に神を倒せるのかと問われると、不安しかない訳だけれどね。

俺たちは男が案内するままに豪華な宿屋へと入っていった。

敷地一区画全てが宿屋のようで、内側は中庭になっていた。

その中心部にも建物があって、俺たちはそこに泊まらせてもらえるようだ。

「凄い宿屋ねぇ~。まるで小さなお城のようよぉ~」

天冉はずっと城で暮らしていたんだよな。

この程度の宿屋に感動するとか、冒険者になってすっかり庶民化してしまったようだ。

「温泉と‥‥美味しい食事が‥‥楽しみ‥‥」

「この庭を眺めながらの食事は最高だと思います」

「こんなに凄い宿屋は今までに見た事が無いお!日本にもなかったお」

「我もこんな宿屋は初めてだな。まあ城ほどではないが庶民が王族の気分を味わうには良いかもしれん」

いやまあ皆が言うように、確かに凄い宿屋ではある。

日本も含め、転生前の世界にもなさそうな方向性だ。

だけど‥‥う~ん‥‥。

素直に感動できる皆がうらやましいよ。

俺ももう本当は爺さんの域に入りかけているんだよな。

若いって羨ましい。

猫蓮の精神年齢はどれくらいか分かってないけれどね。

そんな訳で俺たちは、この後この豪華な宿屋でおもてなしを受けた。

風呂は温泉ではなかったけれど、それなりに広く気持ちが良かった。

食事にも特に毒が入っている事はなく、皆お腹いっぱい満足いくまで食べきった。

お腹がいっぱいになれば人間眠くなってくる。

血糖値の急な上昇は眠気を伴うのだ。

少し早い時間だけれど、皆部屋に戻って眠りについた。

俺は少女隊たちと、建物の外壁に張り出している部分に座って様子を窺っていた。

「さて、何か動きがあるとすればこれからだよな」

「策也タマは何かあると思っているのね?」

「菜乃は大丈夫な気がするのです」

それがその通りなら良いんだけれど、流石にこのサービスは行き過ぎているだろう。

天冉や陽蝕、或いは狛里に対する対応という事なら納得もできる。

ただその場合はこの町の領主や貴族が集まってもくるはずだ。

でも貴族へのストレス解消程度で、民の一人が此処までするのは不自然に感じるよ。

そんな事を考えていたら、早速それはやってきた。

「さて、やはり動きがあるようだな」

「策也タマ、これは結界なのね」

「菜乃は最初から怪しいと言っていたのです。大丈夫じゃない気がするのです」

菜乃よ。

十秒前と言っている事が違っているぞ。

さてしかし、これはアレだな。

魔封じの結界か。

少女隊が使えるモノとは少し違っていて、結界は広範囲に広がっている。

おそらくこの宿屋そのものに仕掛けてある設置型だな。

つまりしっかりと安定している。

ただしこれだけの広範囲だから、百パーセントの効果とはいかないようだ。

或いはわざとそうしている可能性もあるけれど。

「魔力がだいたい十分の一に抑えられているな」

「策也タマの設定したレベルで言えば、四十五レベル程度のダウンなのね」

「菜乃たちにとってはあまり影響がないのです」

影響が無いって事はないけれど、この世界で見てきた能力者のレベルを考えると問題にはならないだろう。

そしておそらく狛里も‥‥。

「お前たち、狛里たちを起こしてやってきてくれ。尤も狛里ならもう起きてそうだけどな」

「分かったのね」

「策也タマ、女部屋に入るチャンスを逃すのです?」

「そんなチャンスはいらないよ」

「そうなのね。コッソリ覗き見するだけならいつでもできるのね」

「その為に透明化ができるようにしていたのです」

ここは怒ってプロレスをする流れかもしれないけれど、今はそんな場合でもないんだよ。

「さっさと起こしてこい!」

「分かったのね!」

「分かったのです!」

二人は楽しそうに走っていった。

そうこうしている内に、高い魔力を持った者が外側の宿屋に侵入してきた。

三人か。

俺設定のレベルで言えばドラゴンクラス、レベル百五十から百六十と言った感じか。

先日猫蓮が倒した川口と同レベルかそれ以上。

おそらく気配からはぐれデーモンと思われる。

つまりそれは暗殺者組織ワクチンのメンバーの可能性が高い。

しかしこの結界内に入ってもこの魔力はどういう事だろうか。

元々二百前後のレベルを持った使い手?

それはないな。

何かアイテムによって魔力が封じられないようにしているようだ。

この結界内で俺たちを殺す為に万全の準備って所だな。

「策也ちゃん‥‥敵?‥‥」

少し眠そうな目をこすりながら、狛里たち女性陣がやってきた。

俺はバク転をするような形で飛びあがり、狛里の横に立った。

「三人だな。この前猫蓮が倒した川口の仲間だろう」

「今度もオデが倒すお」

猫蓮と陽蝕も少女隊と共にやってきた。

「今回は前回のようにはいかないかもしれないぞ?結界によって俺たちの魔力は十分の一に抑えられている」

「分かっているお。でも一人くらいなら倒せるお。川口殿との戦いではまだ手を抜いていたお」

なんだと!?

そんな余裕が?

いやでもこいつの能力を知っている俺には、その言葉には納得せざるを得ないな。

川口との戦いの時、どうしてアレを使わないのかと思っていたくらいだ。

尤も、手を抜いていたというよりは忘れていたか。

或いは自分の枷としていたのか‥‥。

何にしてもそれが分かっているなら勝てる可能性は十分にある。

それにこの結界の中でも不老不死は健在。

「では残りの一人は僕の獲物ですね。いいえご心配はなく。完全に魔法が封じられていない以上、魔法は使えるのです」

その通りだな。

絶対魔法防御はこの程度の魔力差なら問題なく効果を発揮するだろう。

そして能力のマジックプロテクションも問題はない。

ただし力はおそらく相手の方が上。

デーモン川口は『川口流剣術』のレベル四十を持っていた。

同程度の能力を今回の三人も持っているとしたら、正直想香じゃ荷が重い気もする。

でも本人やる気だし、やらせてみるか。

俺が決める事でもないんだけれど、天冉はどう判断する?

「分かったわぁ~。じゃあ狛里ちんはあいつ、猫蓮ちんはあっちの、想香ちんはあいつの相手ねぇ~」

的確な判断だ。

狛里の相手が最も強い魔力を持っている。

猫蓮の相手は川口と似た武器を持って戦うのが得意なタイプ。

そして想香の相手は魔法が得意なタイプだろう。

「策也ちんはその組み合わせで戦えるように場をコントロールしてねぇ~」

「はいはい」

天冉はこの状況でも冷静だな。

ちゃんと敵味方の力量も把握している。

「菜乃と妃子は狛里と想香が万一殺られそうになったら助けてやってくれ」

「分かったのね」

「子供の面倒を見るのは親の仕事なのです」

こいついつから親になったのやら。

「尾花は結界の外に出て、周りの状況確認と、万一誰かが逃げた時の対応を頼む」

「了解した」

「妖凛、外まで連れて行ってやってくれ」

(コクコク)

妖凛は深淵の闇を開くと、そこに尾花を連れて入っていった。

この計画を企てた者がいるとしたら、当然どこかで誰かが見ているはずだ。

もちろんこの宿屋の主人も絡んでいるのだろう。

この宿屋はそもそもそういう場所として作られている。

この結界は簡単に作れるもんじゃないからな。

狛里と猫蓮と想香は、敵を迎え撃つべく中庭へと下りて行った。

さてどういう戦いを見せてくれるか。

狛里以外は格上相手となる。

でも負ける気はしない。

魔力だけが強さでは無いしな。

こうして、三人の殺し屋らしき者との戦いが、魔封じの結界内で始まろうとしていた。

2024年10月15日 言葉を一部修正

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