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抹茶のフラペチーノ

いつもの抹茶フラペチーノを頼んだ私に訪れた、静かな再会とは。


※この作品は「ノベリズム」にも掲載しています。

 昔惚れていた女にばったり会った。




 きっと、もう二度と会うことはないと思っていたのに。








 先に言っておこう、私は女だ。




 女性経験はない、バイセクシャルだ。




 たまたまパートナーが男性だったから、既成の結婚という制度を利用した、新婚1年目の女にすぎない。








 そんな私に何が起こったかと言うと、とどのつまりは「偶然知り合いに会った」だけ。大手カフェチェーンで、いつもの抹茶のフラペチーノを頼んだだけ。私がしたのは、それだけ。




 それなのに、気まずい彼女との再会が、私に訪れたのだ。








 フラペチーノを待っている間、最初は、後ろ姿が「絵に描きたくなるようなバランスだな」と思っていた。パリッとした制服のシャツのシワなんて、絵を描く見本にしたいくらい。いつものように何を凝視するわけでもなくボーッと見ていた。背の高さも、高すぎず低すぎず。髪の長さが中途半端で、男女どちらか判らない。おしゃれで清潔感のある人。そんな印象。




 と、そこで、なにがひっかかったかは今思い出しても解らないのだが。ふと、知り合いである「彼女」本人である可能性に気づいた。




 けれど、確証は得られなかった。なぜかって?それは、マスクをしていたから。コロナ禍で皆マスクをしているこの状況。私もマスクをしていたからか、どうやら彼女は私に気がついていない様子だった。




名札もエプロンに隠れていて見えないし、というか彼女は結婚したらしいと風の噂で聞いていたから、そもそも確認しても意味がないかもしれないし。








 なぜ風の噂、かというと、彼女にはSNS全てをブロックされているのだ。それほどに、嫌われているから。




 最初は、そんなことはなかった。大学で、彼女とたまたま隣の席になったのが縁の始まりだった。サークルもたまたま同じ。彼女のさっぱりした性格が心地よく、ファッションのセンスも素敵で、友達で居られることがとても誇らしかった。だけど、授業のグループ学習で、私のミスで迷惑をかけて、それをきっかけに大いに嫌われてしまったのだ。他にもきっと小さな積み重ねもあったように思う。




 彼女のファッションに憧れるうちに、私の服の好みも変わっていき、似たような服を着ていた日もあった。軽音楽部で、ギターを弾いて歌う彼女とは違い、私は音楽に詳しくもなくて。もちろん楽器が弾けるわけもなく、主題歌やオープニングソングを歌うような、ただのボーカルにすぎなかった。




 不器用な私の不器用な行動が、きっと彼女の苛立ちをかきたててしまったのだ。








 大学を卒業して、共通の友人のSNSの投稿に彼女を見かける度に辛くなった。風の噂で仕事に行けずに臥せっていると聞いたときも、心配で仕方なかった。軽音楽部の当時のムードメーカーで、リーダー的存在だった人物に、ラインを飛ばしてしまうほどには。電話口で、彼はこう言った。




「嫌われてる自覚があるなら、何もしないでいたほうがいいよ。大丈夫、○○には支えてくれる彼氏も居るみたいだし、俺も何かあったら力になるし。」




 当時好きだった人の言葉に、はやる気持ちは落ち着いた。この人は、そういう人だった。そういう所が、とても好きだった。




「ありがとう、聞いてくれて。言ってくれて。○○くんに話せてなかったら、何か暴走してたかもしれない、私。……お節介って解ってるのにね。」




「まー、今回は何もできないけど、人のために何かしたいって思える気持ちは、○○ちゃんの強みだと思うよ、俺は。だからあんまり落ち込まないでね。」




「ありがとう、じゃあ、おやすみなさい。」




「おやすみー。」




 告白したときも、私は「あなたの事が好きだけど、不釣り合いって判ってるから、振って。」と言った。彼はちゃんと考えて、振ってくれた。優しい人。








 当時は、その彼の事が好きだったから、彼女を好きだとは思っていなかった。仕事を休んでいると聞いたときも、そんなことはつゆほども思っていなかった。








 時間はもどり、カフェチェーンでの一幕。




 彼女が準備する抹茶のフラペチーノを待ちながら、彼女である確証が欲しくて、けれど私だとバレたくなくて、こそこそとチラ見をしていた。結果、私は声を発することもできず、




「抹茶のフラペチーノのお客様~」




 という彼女のよそ行きの声にこくこくと頷いて受け取って、彼女も気づかなかったのか、気づいたけれどビジネスライクに知らないフリをしたのか……。何もないまま、私は店を後にしたのだった。








 彼女本人だったのだろうか。




 今からでも店に戻って、他の店員に




「あそこにいる店員さん、旧姓とか○○さんって言いませんか?気になって…」




 と、聞こうか?




 でも。




 だけど。








 歩きながら、ぐるぐると思考が回った。




 そこで、あぁ、と。




 気づいたのだ。私、彼女の事が好きだったんだなぁと。大嫌いな私の事を思い出すこともなく、お願いだから幸せでいて。仕事辞めてアルバイト始められるくらいには元気になったんだね、良かった。




 私はこのまま、なるべくこの店には来ないから、ずっとずっと、幸せでいて。


(2021/3/13)





https://42762.mitemin.net/i783216/

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