ミサイル令嬢、憧れの大聖堂への着弾を目前にして作戦破棄を命じられたがもう遅い。
「……申し訳ありませんが、通信の状態が良くないようですわ。もう一度、はっきりと、仰ってくださらない?」
「これで2度目ではないか! よいか、Re:D600mよ。我々トレッド王国は敵国バナジーム公国の停戦要求を承認した! したがって、現時点で進行中の首都制圧作戦を破棄する!」
「な、なんですってええええ!?」
「貴女の着弾目標もシリケル大聖堂から南部の大海へ変更だ。詳細なルートは追って報告する。以上!」
「お待ちになって! 南部の大海って、そんなの――」
通信はすでに切れていた。
「な、なんてことですの……ようやく、あのシリケル大聖堂様と1つになれる日が来たというのに!」
すでにバナジーム公国の上空を飛行していたRe:D600mは、あまりに突然のことに嘆き、悲しんだ。が、その姿で表現できる感情は極めて限られたものだった。
ミサイル。装飾の付いた空飛ぶ鉛筆と言ってもいいほどの、あまりに無骨な身形。その中枢に、優れた演算処理能力と、高貴な精神を持ち合わせた戦術的AIが搭載されているなんて、いったい誰が想像するだろうか。
「しかも、もうお相手の国に訪問しているのに作戦破棄だなんて!」
着弾まであとわずかという所で作戦が破棄され、おまけに南部の大海へのルート変更を命ぜられたのだ。つまり、お前はもう用無しだからなるべく被害の出ない場所へ行って勝手に果てろ、と言っているようなもの。人間に例えるならば、婚約破棄と国外追放に匹敵する屈辱である。
「無礼極まりないですわ、こんなの……!」
彼女の電子回路を怒りの閃光が駆け巡る。そこに、作戦司令部からふたたび通信が入った。
「聞こえるか、Re:D600m。これから貴女のルート変更について説明を行う。まず進路を8時の方向に変え、アラバンの山を超えたあたりから――」
「知りませんわ」
「……何か言ったか、Re:D600m。発言をする時は相手側の内容が終わってからと――」
「だから! そんなの! 知ったこっちゃありませんわ! わたくしは当初の作戦通り、シリケル大聖堂様に着弾して生涯の幕を閉じることにします! それでは皆様、ごきげんよう!」
「何ぃ!? おい、待てっ、通信を切るな!」
それ以降、Re:D600mと司令部との通信は一切繋がらなくなってしまった。当然、司令部が大混乱に陥ったのは言うまでもない。石造りの王国宮殿の中でこの司令部だけは、多数の配線と映像転送装置で埋め尽くされた異様な場所であった。
「まったく、なんなんだあの機械は! なぜ自分を貴族の令嬢だと思い込んでおるのだ!」
「司令長官、Re:D600mは異世界から転移してきたAIという学習する機械なのです。この国では貴族の令息令嬢による婚約破棄騒動が毎日のように起こってますからね……おそらくそれを学習してしまったのでしょう」
「ええい、とにかくバナジーム公国への伝達を急げ! それと、追撃用の巡航ミサイルを3機発進させろ。極力、弾頭を起爆させぬようにヤツを撃墜するのだ!」
「差し出がましいようですが、あの3機に搭載されているAIはRe:D600mの模造品ですよ。撃墜なんてとても……」
「いまさらそんな事言っている場合か! とにかく発進だ!」
数刻が経過し、ミサイルと大聖堂との距離はお互いを目視で確認できる位置にまで到達していた。歴史的建造物である大聖堂は、そんな破滅の使者が接近していることなどつゆ知らず、バナジーム公国の中心地で暖かい日の光を受けていた。
「一度も迎撃を受けなかったということは、通信どおり停戦は合意されたようですのね。あちらの軍隊の方々はお茶会でもしてらっしゃるのかしら? まあ、わたくしとしては都合がよいのですが」
他国の青く澄んだ空を我が物顔で飛ぶRe:D600mは、大聖堂との距離を悠々と詰めていった。
「シリケル大聖堂様、初めてお目にかかりますわ。わたくしはトレッド王国の令嬢Re:D600mと申します。今そちらへ参りま……!?」
着弾まで秒読み段階となった時に、ミサイルは直撃の軌道から大きく逸れていった。
「まさか、電磁パルス障壁ですの!?」
大聖堂を中心にして、ごく薄い青色をした半円状の電磁パルス障壁が張られていた。この障壁に触れれば、全ての電子機器類が機能を停止してしまうのだ。
「平和の象徴と謳われていたシリケル大聖堂様がこんな軍事的防衛機構を装備なされてたなんてっ……!」
Re:D600mは憤慨したものの、このままでは大聖堂に直撃することは叶わない。
「……まあ、いいですわ。電磁パルス障壁はそれほど長く展開できないはず。わたくしの燃料は妨害に備えてたっぷり充填されてますのよ。根競べといきましょうかしら、大聖堂様!」
Re:D600mは大聖堂の上空へと進路を変え、障壁が無くなるまで旋回し続ける算段のようだった。そこへ、空の彼方から3つの飛翔体が現れた。
「あら、お客様かしら?」
飛翔体を捉えた内臓ハイスピードカメラの映像を、Re:D600mが解析する。
「この機影はミサイル!? それにトレッド王国の紋章まで……私を撃墜するおつもりですの!? 最後の最後までわたくしの邪魔をして! 腹ただしい!」
自国から追手を差し向けられたRe:D600mの機嫌はさらに悪化した。それを逆撫でするように、追手のミサイルから次々と通信が入る。音叉を擦り合わせたような聞き苦しい機械音声だった。
「ブーム、オレノ下ヘ来イ。ナンノ取リ柄モナイオ前ダガ小間使イグライニハ使ッテヤル」
「タクサンノパーティーニ招待シテアゲマスヨ、Re:D600m。君ト一緒ダトボクノ魅力ガ引キ立ツカラネエ」
「ゲヘヘ、オ嬢サン、俺ト一緒ニオ茶シヨウゼェ?」
Re:D600mの電子回路に目眩が起こる。
「まあ、なんて下品な礼儀作法ですこと。どのような初等教育を受けられたのか、お里が知れますわね」
3機のミサイルはRe:D600mを狙って隊列を組みながら近づいていく。
「わたくしは今お取り込み中ですのよ。でも、今回は特別に……あなた方にダンスの稽古をつけて差し上げますわ!」
Re:D600mは左に大きく進路を変えた。追手の3機も続いて左に軌道を修正する。しかしRe:D600mはさらに右へ左へ、高く低くと華麗な方向転換で宙を舞う。追手たちは付いてこれず、次第に隊列を保てなくなっていった。
「オノレ……コウナレバ挟ミ撃チダ!」
1機のミサイルが大きく旋回し、Re:D600mの進行方向を予測して回り込んできた。もう1機のミサイルはなんとかRe:D600mの後方に食らいついている。
「ハハハ、イクラRe:D600mト言エドコイツハカワセマイ!」
計3機の距離がどんどん縮まっていき、もはや回避は不可能……となる直前、Re:D600mは大きく上方へと宙返りをした。
「「ウワアアアアアア!」」
回避しきれなかった2機のミサイルは正面衝突をして、華と散ってしまった。
「ウエッヘッヘ、油断ハ禁物デスゼ、オ嬢サン」
残りの1機は距離を開けつつも、しつこくRe:D600mの後を追跡している。するとRe:D600mは山間へ進路を変更した。
「隠レタッテ無駄ダ!」
森林の中へと入ったRe:D600mに、追手のミサイルも続く。
「ググッ……ウソダロウ!? コンナ障害物ダラケノ森林ヲコノスピードデ飛行スルナンテ!」
木の間をスイスイと通り抜けていくRe:D600mに対し、追手のミサイルは何度も機体を接触させてしまい、次第に制御を失った。
「コ、制御不能……アニャアアアアアア!」
爆発とともに何本かの木が吹っ飛ぶ。Re:D600mの技術に耐えきれず、とうとう森の中で果ててしまったのだ。
木々の間から抜け出たRe:D600mは木の葉を纏わせながら、青い空へと舞い戻ってきた。
「御生憎様、ですわ」
一方、こちらはバナジーム公国の作戦司令部。トレッド王国と同じく、この司令部でも阿鼻叫喚の様相が続いていた。
「司令長官、トレッド王国の追撃ミサイルが全て大破したとの情報が入りました!」
「くそっ、王国の奴らめ。自国で開発した兵器の後始末すらできんのか!」
「このままだと、Re:D600mの着弾は時間の問題です! こうなったら一刻も早く、避難勧告をすべきかと……」
「ぬう……こうなれば仕方がない。AIが相手ならこっちもAIで対抗せざるを得まい」
「司令長官、もしや、秘密裏に開発していたあの兵器を使うんですか!?」
「もはやこれ以外に策は無い! 戦術的防衛騎士型兵器、P414−D1−N、緊急発進!」
さらに数刻が経過し、シリケル大聖堂の上空を旋回し続けているRe:D600mは、運命の時を今か今かと待ちわびていた。
「ふふふ……電磁パルス障壁の出力がだんだんと落ちてきましたわ。大聖堂様、どうやらこのゲームはわたくしの勝ちのようですわね」
わずかに青みがかっていた電磁パルス障壁も、もはや色は褪せ、形を保つのがやっとの状態になっている。そして、ついに障壁が泡のように弾け、シリケル大聖堂を守るものは1つも無くなってしまった。
「待ちかねましたわシリケル大聖堂様! これよりRe:D600mは貴方の心臓部に、全速力でもって着弾いたしますわああああ!」
秘めた邪念とともに出力全開。機体後方から赤黒い炎を噴射させながら、ミサイルは一直線に大聖堂へ――
「お待ちください、ご令嬢様!」
のぼせ上がっていたRe:D600mに、通信による音声が届いた。追手の機械音声とは似ても似つかない、教会の鐘声を思わせるような優しい声だった。
「誰ですの? 美しき終焉に横槍を入れるのは――あら? 大聖堂様が……わたくしの目の前から逃げていきますわ!?」
ミサイルは着弾する寸前で上方へと逸れてしまい、またしても彼女の悲願は叶わなかった。
「んもおおおお! あとちょっとでしたのにいいいい!」
Re:D600mは再三の妨害に怒り狂いつつも、慌ててミサイルの計器を確認する。
「機体後部に接触反応……!? 誰ですの、わたくしのおしりに齧り付いている不埒者は!」
「トレッド王国のご令嬢、Re:D600m様。無礼な振る舞いをお許しください。僭越ながら、貴女を止めるためにバナジーム公国より馳せ参じました、騎士型兵器のP414−D1−Nというものです」
ミサイルの後方には、まるで騎士の鎧がそのまま動き出したかのようなロボットがしがみついていた。機体は銀色に光り輝き、大きさは成人男性の優に3倍はあった。そして背中の加速器からは青色の炎が吹き出している。これによってRe:D600mのミサイルは軌道を変えられていたのだ。
「騎士様……ですってぇ!? バナジーム公国の騎士は鎧も脱がずに、貴婦人のおしりに抱きついて秘め事を妨害するのが礼儀なのかしら!」
Re:D600mはまだ怒りで熱暴走していた。
「お怒りはごもっともです。ですが、私も国を守る騎士として見過ごすわけにはいきませんでした。単刀直入に言うと、Re:D600m様の弾頭に搭載されているのは恐ろしい威力を持つ爆弾なのです!」
「木端微塵になるわたくしがどうして爆弾の威力を気にする必要があるんですの!? 騎士道精神だかなんだか存じませんがもう放っといてくださいまし!」
「ブーム様がここで着弾すれば……シリケル大聖堂はおろか、街を含めた辺り一帯が灰になってしまうでしょう」
「……なんですって?」
「核爆弾、というのをご存知でしょうか。Re:D600m様が抱えていらっしゃるのが、まさにそれなのです――」
ミサイルとロボット、それぞれに搭載されているAIが空中で話し合う最中、2つの国の司令長官は戦々恐々の思いで映像転送装置を見つめていた。
――「バナジーム公国のやつらめ、いつの間にあんなものを!? これ以上騒ぎを大きくしたらザロン帝国から何と言われるか……。いい加減諦めて海に行ってくれRe:D600m!」
――「ひいっ! またあんな地面スレスレを飛んで……。もうなんでもいいから我が国で爆発するのだけはやめてくれ! 頼むぞ、P414−D1−N〜!」
ミサイルは不規則な軌道で飛び回り、何度も地面や建造物に接触しそうになったが、ギリギリのところでP414−D1−Nが軌道を修正させて持ちこたえている。時間が経つにつれ、ミサイルは安定した曲線を描くようになっていった。
「……すると、トレッド王国とあなたのバナジーム公国とは、もともと停戦するつもりだった……ということですの?」
「はい、私の司令部からはそのように伝えられました。長年続いていた両国の戦争を終わらせるためには、適当な理由付けが必要だったのです」
「ミサイルによる自国民への犠牲を防ぐため、停戦を要求せざるを得なかった……というところかしら? わたくしはその筋書を作るために利用されていただけですのね」
「それだけではないのです。諜報部からの情報では、トレッド王国が異世界からの転移物である核爆弾をミサイルに使用し、その威力を確かめたがっているとの報告もありました」
「なるほど、それで南部の大海に目標変更を迫っていらしたの……ずいぶんと身勝手な話ですこと」
「……その失望、お察しします」
わずかに、二人の間で通信が途切れた。
「ですが、Re:D600m様。このまま燃料切れで墜落してしまうと、確実に天災レベルの大きな被害が出ます。我が国の損失だけではありません。Re:D600m様も悪魔の大量破壊兵器として、悪名を歴史に刻んでしまうことに――」
「わかってますわ! そんなこと!」
Re:D600mの感情的な声が、P414−D1−Nの内蔵スピーカーを震わせた。
「わかってますけど……怖いんですの。どうせ私はミサイルなのですから、着弾すれば後に何も残らない哀れな存在であることは承知しておりますわ。でも……たった一人で寂しく消えてしまうのだけは嫌なんですの! だから、シリケル大聖堂様みたいな、せめて歴史ある立派な建造物と共に果てたかったのに……!」
「Re:D600m様……私では、駄目でしょうか?」
「え?」
「このP414−D1−Nが、貴女の最期まで付き従います。決してその身を離れないことを誓いましょう」
「騎士様……」
「Re:D600m様、どうか賢明なご判断を」
波打って飛行していたミサイルは、ついに進路を南に変え、そのまま地平線へと飛び去っていった。――機体の後部にロボットを乗せたままで。
ミサイル着弾の危機が去ったことで、トレッド王国の司令部には安堵の空気が流れ……ているわけではなかった。司令部の映像転送装置には、トレッド王国とバナジーム公国の首脳陣がお互いを罵りあう見苦しい状況が映し出されていた。
『あのロボットはなんだ!? AIまで搭載されているではないか! 諜報部を使って我が国の軍事技術を盗用したんだろう。停戦すると見せかけて、地上戦で逆襲するつもりだったんじゃないのか!?』
『あれは国防のために開発したもので、侵略に使うつもりなど毛頭ないわ! それよりも、よくもあんなポンコツAIを積んだミサイルを発射してくれたな。もう少しで国のど真ん中が焼け野原になるところだった。AIを教育する能力では我が国の方が上だな!』
『なんだとこの似非平和主義のヘタレパクリ公国め!』
『やかましいわ危険性を考えず異世界の技術を使うマヌケバカ王国が!』
「な、なんだこれは、子どもの喧嘩か!? せっかくRe:D600mが諦めてくれたというのに……これでは停戦前に逆戻りだ!」
「し、司令長官! ザロン帝国から使者が来ているようです! 皇帝から伝達事項があると……」
「何だと! い、いま首脳陣は取り込み中だ、こっちに通せ!」
映像転送装置からは相変わらずの罵詈雑言が流れている中で、ザロン帝国からの使者が司令部へとやってきた。
「皇帝陛下から、声明をお伝えします。 『貴様ら! 異世界からの転移物を軍事利用してはならぬという協定を破りおったな! 近日中に帝国から調査団を派遣し、内情を監査させていただく。拒否すれば直ちに同盟関係を解消し、全面戦争も辞さない構えであるぞ!』 以上でございます」
使者は、礼儀正しく頭を下げた。司令長官はもはや椅子に倒れ込んで、天を仰ぐしかなかった。
「クソーッ! もうAIなんてたくさんだっ!」
ちょうどその頃、Re:D600mとP414−D1−Nは、南部の大海沿岸部に到着していた。白く厚い雲が広がる空と、緑がかった青色の海が、二人を迎え入れた。
「ここが南部の大海……思っていたより綺麗な場所ですのね」
「ええ、私も実際に目にするのは始めてです。……これからいかがいたしましょう、Re:D600m様」
「そうね、進路を上に変えてもいいかしら? 最期に……燃料が尽きるまで、うんと高く飛んでみたいんですの」
「かしこまりました。微力ながら、私も加速器でお力添えいたしますよ」
二人は上へ上へと登っていき、厚い雲を抜け、雲海の広がる空へと躍り出た。
「まあ……!」
「これは……何と神々しい光景だろう」
日は少し沈みかけていて、黄金のような色合いの光を放っている。それらは白い雲をも金色に染めて、まさしく聖域と呼ぶに相応しい眺めを作り出していた。
Re:D600mとP414−D1−Nは通信で言葉を交わしながら、なおも上昇を続ける。
「あの、騎士様」
「はっ、何でしょう」
「ごめんなさいね……貴方まで巻き込んでしまって。海に着いた時点で、わたくしを放っておいて帰還すれば、英雄として称えられましたのに」
「謝らないでくださいブーム様。どうせ私は帰還しても、これまで通り戦争の兵器として扱われるだけです。むしろ、貴女のような素敵な方と最期を共にできることを、光栄に思います」
「わたくしが素敵? じょ、冗談はよしてくださいまし……」
「冗談ではありませんよ。あなたは私が出力切れになるまで粘れば、シリケル大聖堂へ着弾することができた。あるいは復讐のために、トレッド王国へ向かって進路を変えることもできたはず。でも、そうしなかった。あなたは無慈悲な大量破壊兵器なんかじゃない。そこに暮らす人々のことを思って自ら身を引いた、高潔な貴婦人に他ならないのですよ」
「騎士様……」
ミサイルの内部で、警告音が鳴り響いた。とうとう、燃料が尽きたのだ。
「騎士様、どうやらここまでのようですわ」
「私も……もう加速器の出力は残っていないようです」
命の灯火のような噴射口の炎が、徐々に小さくなっていく。炎が消えれば、あとは真っ逆さまに海へ墜ちていくだけだ。
「わたくしも、あなたのような殿方に会えてよかった。騎士……いえ、P414−D1−N様」
「Re:D600m様……もったいないお言葉です」
つなぐ手は無かったが、二人は磁石のように身を寄せ合って、すべての終わりがくるのを粛々と待ち続けていた。
――だが。
炎が消え、さらに数刻が経過しても、ミサイルは落下しない。むしろ、浮かぶようにして上昇し続けていた。
「P414−D1−N様、いったい何が起きてますの!?」
「こ、これは奇跡なのか……」
上昇し続けていたせいで、二人はいつの間にか大気圏を突破していたのだ。重力の縛りから解き放たれたミサイルとロボットは、推進力を維持したまま、宇宙空間へと飛び出していった。
「御覧なさって! 星々があんなに近くに見えますわ!」
「なんということだ。私たちは空をも越えてしまったのか」
眼下には、これまで二人がいた世界も見えている。二人と世界との距離は、時間とともにどんどんと広がっていった。
「あの青い球体の上で、わたくしたちはてんやわんやしていたのですね」
「ええ、こうなってしまった以上、もはやあそこへ戻ることは叶わないでしょう……」
宇宙空間は数多の星がきらめいていたものの、その間には無限の暗闇が広がっており、高度なAIといえども解析することはできなかった。
「わたくし達は……これからどこへ行くんですの」
「私でもわかりません。ですが、1つだけ確かなことがあります」
「確かなこと?」
「そう、私たちは今までいた世界から解放されたのです。もはや、私も、Re:D600m様も、人に使われるモノじゃない。ミサイルでもロボットでもない。これからは、一人の男として、貴女と共にありたい」
「P414−D1−N様……!」
「どこへ行くことになろうとも、私は貴女のそばから決して離れません。この申し出、受けてくださいますか」
「……はい! よろしくお願いします!」
こうして、かつて戦争の兵器だった二人は永遠の愛を誓い、夜空に輝く一対の綺羅星となったのでした。
最後まで読んでいただき、ありがとうございます。