不思議な猫と出会った話
ある日の夜、夕食を終えてバラエティ番組を眺めていると、ふと「にょう、にょう」というよく分からない声が私の耳に届いた。リビングのソファーで横になっている母に、
「ねぇ何か聞こえない?」
と聞くと、
「え?うーん。いや?」
と言うので空耳かと思うことにした。
程なくして家で飼っていた愛猫『とら』が私の膝の上に乗ってきて「にゃぁ」と鳴いたので、あぁあの声はお前だったのか、と思いながらその頭を撫でた。とらは気持ちよさそうに目をつぶっている。いつもならそのまま膝の上で「もっと撫でろ」というのだが、その日は違った。すぐさま私の膝から降りて、私を振り返り、また「にゃぁ」と鳴いた。なんだろうと思いながらも気に留めないでいると、それでも私を見ながら「にゃぁ」と鳴く。餌でも無くなったかと思い、立ち上がる。とらは数歩進んでは私を振り返り、「にゃぁ」と鳴いた。
「なんだ、餌じゃないのか?」
私が歩くと歩き、私が止まると止まる。そして振り返って「にゃぁ」と鳴く。ついてこいということなのだろうか。今見ているバラエティ番組よりもそれが気になった私は黙って彼女の後を追うことにした。しかし、たどり着いたのはなんてことはない二階の私の部屋だった。夜は決まって私の足元で眠るとらだったからただ単に眠かっただけなのだろうか。
「なにかあると思ったのに」
私は明らかに肩を落として見せた。そんな姿を見て、とらはもう一度「にゃぁ」と鳴いた。
「はいはい、戻りましょうね」
そう言ってとらを抱きかかえようと膝立ちになったとき、また「にょう」と先ほどの空耳が聞こえた。とらは私のことをまんじりともせず見ている。あれ、とらじゃない?じゃあこの声はなに?
とらはその先がベランダになっている大きな窓の縁に飛び乗って「にゃぁ」と鳴いた。カーテンで遮られているため、その先は分からない。
「なに?ベランダに何かあるの?」
とらにそう語り掛けると、とらは「にゃぁ」と言った。こういう時に猫と話せる機械があればいいんだけどなぁと思いながらカーテンを開ける。そこには。小汚く毛の手入れも一切されていないような三毛猫が佇んでいた。鋭い眼光、欠けた片耳、一目でそれは野良だと分かった。そして聞こえてくる「にょう」という鳴き声。
「声の主は君だったんだね」
最近は野良猫にも気安く触れない状況だ。なんのウイルスを持っているか分からないからだ。しかし、私の家は、私が生まれる前から猫を飼っていた。つまり、猫と一緒に生きてきたのだ。例え、野良だとしても猫は大事にするのが家の掟だった。
「お腹減ったのかな?それとも水が飲みたいの?」
窓を開けた私は彼?彼女?に問いかけた。しかし、その野良は勢いよく私の部屋に入ってきて明日学校に行った時に食べようと思っていた『もっちり触感クリームパン』を口で掴んで颯爽とベランダへ戻った。一瞬の出来事に何の反応もとれないでいると、その野良は最後に私を振り返り、「にょ!」と小さく鳴いた。そして瞬く間に目の前から消えてしまった。
「え、どういうこと・・・」
呆気に取られていると、未だ窓の縁に座っていたとらが私に向かって「寒いから早く閉めろ」と鳴いた。私はそれに従い、窓を閉めた。階下に降りながら未だ私を先導している彼女に、
「不思議な子だったね。あの子が来ていたのを教えてくれてたの?」
と聞くと、一瞬だけ振り返って力強く「にゃっ」と鳴いた。
猫は人間の言葉を分かっているのではないか、という時がたまにある。たぶん今も分かってるんだろうし、なんなら会話らしいものもできている。ずるいなぁと思った。私も猫の言葉を分かりたい。この世は不公平だ。
リビングに戻ってきた私に母は、
「なにかあったの?」
と聞いてきた。
「ん?いや別に」
と答えた私は、続けて、
「そうだお母さん、明日のパン無くなっちゃったからちょっとコンビニ行ってくるね」
と言った。
「なに、もう食べちゃったの?」
「いやとられた」
「だれに?」
「ねこ!」
「とら?」
「ちがう!」
「じゃあだれなの」
「わかんない!いってきまーす」
「え、なにそれ?」
私は母の言葉を背中で受けながら家を出た。近くのコンビニまでは歩いて10分程だ。散歩がてら、だらだら歩こう。信号で止まっている最中に「そういえば猫ってクリームパン食べれるのかな」と不思議に思った。