(5)
二人の慌ただしい行動に気付いたビクターが、目を覆っていた手を退ける。
竜に何かあったようだが、もう少しだけ彼らに任せ、見守りながら考え事を始めた。
「こんなじゃ間に合わないよ! バケツがいる!」
「そんなのないじゃない!」
フィオはそう言い返すなり目を見開き、着ていた上の服を脱いでは下着一枚の姿になる。
ビクターが驚き、密かに戸惑った。
そうしている内にジェドが、騒がしいと言いた気に溜め息混じりに顔を上げようとする。
ビクターは透かさず、彼の頭を強引に押し込んだ。
「まだ泣いてろ!」
「あぁ!?」
何を言うのかと、ジェドはビクターの腕を大きく払い除ける。
フィオは、すっかりボロ衣になっていた服に水を含ませ、竜の傷や口にかけ続けた。
その行動にシェナも納得すると、真似し始める。
二人の懸命な往復により、呪いに弱る竜は徐々に顔を上げ始めた。
その様子をジェドも眺めていると、シェナが激しく振り向く。
「ちょっとさっさと手伝って!
死んじゃったらどうすんの!」
必死な彼女に、ビクターは小さく笑いを溢す。
今にも頬を伝いそうになっていた心の薄弱を呑むと、ジェドの肩を一度叩いて立ち上がった。
「城があるって、リヴィアは言ってた……」
ビクターは、首を起こし始める竜に喜ぶ二人を眺めながら、ジェドに話しかける。
「機械があるって……どんなもんか知らねぇけど……
島にあるもんしか見た事ねぇからな……」
ジェドは重い腰を上げ、精神疲労が滲む表情のまま、彼と同じ方向を見る。
「お前は頭がキレる。そいつで、何か調べてくれよ」
ビクターは、ジェドの腰に雑に巻かれていたグリフィンの本を指し、続けた。
「後あいつ……
上手く使えたらって思うけど、どうだ?」
リヴィアが竜に触れるように、フィオとシェナは調子が戻りつつある竜に笑いながら触れ、撫でている。
「……俺達の事は多分……分かってると思う……」
やっと、ジェドが掠れた声で話し始めた。
「食われそうになった時、止めろって何度も目を見て念じてたら、あいつ急に止まった……」
「そうか……じゃぁ、使えるかもな!」
ビクターはふと微笑むと、竜の方へ向かい始める。
ジェドは自然と、腰の本に触れた。
この中で、自分が一番読み解ける自信がある。
それにどうしてか、回復していく竜を見ていると負の感情が拭われていくような気がした。
そしてつい、ビクターを呼ぼうと口を開いた時――彼の方が先に立ち止まり、振り返る。
「言ったろ。とっとと片付けて、帰るぞ」
朽ちた本が握力に軋み、中の水で癖字が滲む。
「リヴィアは俺達を信じた。
なら、信じないでどうする」
血にまみれ、魔女と共に消えた彼女が過る。
まるで最後の力を絞り出すように、こちらに手を伸ばして言った。
助けて、と。
「死なねぇよ! ……お前が言ったじゃねぇか。
なら、決まってる」
「早く来て! この子かわいいわよ!」
フィオの笑顔が振り向かせる。
ジェドは本を解くと、駆けた。
大海の冒険者~空島の伝説~
後に続く
大海の冒険者~人魚の伝説~
大海の冒険者~不死の伝説~ をもって完全閉幕します




