(3)
四人の悲鳴は今にも喉を裂きそうだ。
食わせてなるものかと、ビクターは咄嗟に角に飛びつき、腹で竜の巨大な片眼を覆う体勢になる。
フィオは髭を最大限に引っ張りながら、食べるなと懇願の声を上げ続けた。
続くシェナは、ジェドが竜の口内に消えるのを恐れ、目を瞑って叫ぶ事しかできない。
そこへまたしても、彼女の叫びに呼び寄せられるように大風が吹き荒れた。
力強い上に凍てつくような冷たさを真に受けた竜は、糸が切れたように身を屈めて止まる。
またそれだけでなく、森を埋め尽くす青い炎までもが一斉に鎮火した。
一帯に響いていた音が止んでも、四人は石のように動かない。
じきに事の静まりに気付くと、恐る恐る顔を上げ、目前の状況を確かめた。
ジェドは間一髪、竜の下顎を抑えるように片足を噛ませ、上半身は上顎にへばりついている。
フィオは彼の無事に大きく安堵した。
ビクターは竜の片眼に覆い被さったまま、突っ伏して動かないジェドに声を震わせる。
「おい……おいジェド起きろ!
起きろよ、なぁ!」
無反応を見せる彼から、更なる恐怖が襲った。
何か言うか動くかしろと、震えて言葉にならない代わりに胸で切望し続ける。
その想いが通じたのか、彼の手が小さく動いた。
ジェドは体勢を維持したまま拳を握り、竜の硬い肌を力無く叩く。
その後間もなく、竜の頭が緩やかに下がると、彼はそこから滑り下りて着地した。
すっかり冷静さを取り戻した竜は、未だ顔を彼の傍に近付けたまま静止している。
彼の片腕は鼻に乗せられたまま、顔は深く突っ伏していた。
まるで心ここにあらずな様子のジェドに、フィオとシェナが心配して近寄ろうとする。
しかし彼は、力無くそれを払い退けると重い足取りで湖を向き、ふらふらと皆から離れていってしまう。
「ジェド……?」
フィオが不安気に呟いた時、ビクターが飛び下りた。
彼は足早にジェドの元へ向かう。
やっと下りられたというのに、背中を小さく丸めたままの彼はどうしたのか。
後の二人もビクターに続こうとした矢先、彼は無言で振り返っては二人を止めた。
寂寥を含む風は、まるで西の島に潜った時を思わせる。
一層暗闇と化した、辿り着いた時とは比較にならない空島。
透明感を失った湖に、灰色の砂。
ジェドは、震える片手で首後ろに触れ、俯いたまま呟く。
「……いい加減にしろよっ」
あの時、カイルに死なないと放った自分が過る。
今の自分に心底呆れ、山のように嵩張る最悪の事態にとにかく腹を立てた。
「帰れんのかよっ……なぁっ……」
ビクターの視線はあてもなく彷徨う。
目の前で、とうとう剥き出しになった見た事のない友達の姿を、手は勝手に抱き寄せていた。
大海の冒険者~空島の伝説~
後に続く
大海の冒険者~人魚の伝説~
大海の冒険者~不死の伝説~ をもって完全閉幕します




