(2)
その間、竜の背後に回ったビクターは、尻尾を伝って背中に登ろうとしていた。
深い切り傷に覆われたそこに、つい目を引き攣らせる。
それらに触れないように移動するのは至難の業だ。
血で凝固した鬣を掴みながら、背筋と思われる部分に沿って、ゆっくりと頭に近付いて行く。
時折邪魔する振動で転ばないよう、懸命にバランスを取りながら、頭頂部に生える欠けた角と耳に向かった。
しかし、下の三人の力が敵う筈もなく、下がっていた頭が持ち上がりだすと、髭を掴む手はみるみる滑る。
「大人しくしなーっ!」
髭を放すまいと、シェナは半ば宙に浮いた状態で竜に放った。
「もっと引っ張れ!」
ビクターは、背中の中央から三人に叫ぶ。
こちらの苦労も知らないでと、ジェドは竜の背中に引っ込んだビクターを睨んだ。
フィオは、宙で足が暴れるシェナを越え、更に先を掴むと体重をかける。
痛いのか重いのか、それともこちらを見ようとしているのか、竜の頭は再び下がった。
その隙に、最後尾で髭を引いていたジェドが、目前にまで下りた顎の近くまで駆ける。
しかし彼が手放した反動か、竜の顔がまたも上がり始めると、シェナとフィオが宙に浮かびながら叫び声を上げた。
「止まれっつってんだ!」
ジェドは、下顎の位置が目線を超えようとする直前に蹴り上げる。
その途端、フィオとシェナが握ったままの髭が蛇の如くうねり、二人を地面に叩きつけて解放した。
その流れでジェドに巻きつくと、竜は彼を宙に高々と持ち上げる。
唐突な出来事に叫ぶ事しかできず、ジェドは胴体の髭にしがみ付く。
「バカっ!」
何とか竜の頭に辿り着いたビクターだが、その遥か真上に持ち上げられてしまったジェドを見て、怒号を上げずにはいられない。
彼はライフルを構え、浮上したジェドと、その腹に巻き付く髭の延長線上に視点を絞り、照準器を覗く。
しかし宙を泳ぐ髭の動きは速く、狙いが定まる筈もなかった。
ビクターは酷い緊張に手汗を滲ませ、歯を鳴らす。
「ちょーっと下ろしなさいっ!
食べないでーっ!」
必死になるシェナの要求に応えようとするように、森から力強い熱風が吹きつけた。
竜はたちまち大きく煽られる。
頭頂部に乗るビクターが、慌てて角を掴んで体を支えた。
視界からジェドが消え、忙しなく辺りを見渡す。
ジェドは、竜が傾いた影響で僅かに位置が下がった。
麓で足が浮上していた二人は髭を手放すと、彼を掴もうと飛び跳ねるも届かない。
その時、竜は再び彼を持ち上げてしまう。
三人の嘆きもよそに、そのままジェドに大口を開いた。
彼は右半身を下向きに、口内の奥に続く暗い穴の底に向かって急降下する。
大海の冒険者~空島の伝説~
後に続く
大海の冒険者~人魚の伝説~
大海の冒険者~不死の伝説~ をもって完全閉幕します




