(17)
広大な透明の湖に揺れる輝きは、薄暗い空間に場違いな美を放っていた。
水面に映し出される闘乱が、異能の光をそこに混合させる。
止む事のない様を見せる激闘はいよいよ、兆しを垣間見せた。
魔女の杖は消耗しており、それに苛む声にリヴィアが威嚇を被せ、その額に頭突きを食らわせる。
魔女はよろめき下半身を沈めるも、再び浮上すべく杖を咥え、掌を下向きに引き上げた。
だが浮上し切るまでに横面を蹴られ、杖は遥か彼方へ飛び、そのまま四人に向かって落ちていく。
四人が浜で脱力しているところ、杖が砂煙を立てて落ちた。
ジェドとシェナが顔を背ける横から、ビクターが恐る恐るそれに近付こうとする。
吐血する魔女は赤い眼光を強め、怒りに金切り声を上げた。
リヴィアは斧を振り翳し、真っ青な眼光を重ねては睨む。
魔女は、煌々と青く放たれる空間で弱々しく笑みを浮かべる。
刃は寸時、静止する事なく、高々と水飛沫を上げた。
四人は、二色の眩い光に目を奪われた。
「……やったのか?
……なぁおい! やったのか!?」
「嘘だろ……?」
ビクターに続きジェドが騒ぎ始めると、リヴィアに向かって湖に飛び込んでいく。
シェナは呆然と立ち、信じられないと言わんばかりに涙目を浮かべた。
フィオは未だ咳に邪魔されながらも、興奮して湖に駆け込む二人の様子に安堵の笑みを弱々しく浮かべた。
どこを見渡してももう、あのおっかない魔女はどこにもいなかった。
息切れするリヴィアの斧を握る手が震えている。
彼女の表情は未だ強張ったままで、魔女が沈んだ場所を凝視していた。
そこには鱗や髪だけが浮遊し、肉体と思しきものがどこにもない。
何が起きているのかと彼女は目を尖らせ、斧を握り直す。
そこに手応えは、ない。
「リヴィア!」
声を聞きつけるなり、斧が霧の如くふわりと消えた。
賑やかで明るい彼らの声に、早々に心を許し、引き寄せられていく。
彼らの声を、求めてしまっている。
片時の優しさについ、心が奪われていく。
大きな油断をしているかもしれない事など、偽りだろう。
偽りであれと胸のどこかで願いながら、勇ましい手を取ろうとする。
この欲に抗う事など、できる訳がなかった。
ビクターとジェドに近付くほど浮力が抜け、足先から徐々に着水し始める。
差し伸べられる二人の温かい手に、震える指先が触れようとしていた。
フィオはシェナに支えられながら立ち上がり、共にリヴィアを呼んで手を振る。
その時、端に佇む杖が飛躍したかと思うと、速度を上げて宙を旋回した。
「!?」
声が出る間も無く、それはリヴィアの背後に颯爽と回り込む。
ジェドとビクターがそれを即座に捉えた矢先――
魔女の嘲笑が水中から振動と共に沸き起こると共に、青い血飛沫が視界に飛散した。
杖はリヴィアの背後から左肩を貫き、激痛の悲鳴が竜の声で轟いた。
彼女は、真下から浮上してきた魔女に高々と掲げられる。
青い血はその柄を伝い、魔女の手から水面に滴ると、透明なそこを濁していった。
大海の冒険者~空島の伝説~
後に続く
大海の冒険者~人魚の伝説~
大海の冒険者~不死の伝説~ をもって完全閉幕します




