(16)
訳も分からず陽炎の追手から解放されたビクターとジェドは、浜に尻もちをつき、水面上の戦いに圧倒されていた。
そこへジェドが、獣達を思い出して森の方を振り返る。
地面から微かに、四本の青い火柱が立っていた。
彼は、恐らくそれが敵陣を仕留めたと悟る。
「リヴィア……」
豹変していた彼女が生気を取り戻し、危機的状況から覚醒した様に驚きが小さく声になった。
そして、ビクターが緊張したまま呟く。
「……女王……って……」
竜の精霊とは聞いていても、彼女が格上の存在であるとは思いもしなかった。
水面から僅かな高さを保ったまま闘争し続ける二人に目を奪われているのも束の間、シェナとフィオに気付いて湖へ急いだ。
その動きを捉えた魔女だが、リヴィアは斧による連続的な攻撃で、その視線を自分に向けさせる。
「早くしろ!」
ビクターはフィオを背負いながら、ジェドに怒号を放つ。
回復の水の影響で、皆の傷がすっかり癒えていた。
ジェドがシェナを引き上げると、浜まで一目散に駆けては横にさせる。
「起きろシェナ!」
「フィオ! しっかりしろ!」
息をしない二人に動揺するも、ビクターは、いつか教えてもらった胸骨圧迫を試した。
それを横目に、ジェドもシェナの胸を思い切り圧迫する。
その直後、彼女は潮吹きするように水を激しく吐き出し、咽た。
「平気か!?」
ジェドの呼びかけに、シェナは険しい表情のまま無言で頷き、身を起こす。
隣ではまだ、フィオの意識が戻らないでいる。
ジェドは駆け寄ると、青ざめたフィオを見てつい怖くなり、身を引いてしまった。
震える最中、彼女を凝視する。
ふいに浮かんだ彼女の笑顔が打ち砕かれた途端、記憶の引き出しを乱暴に開け散らかした。
何か他に手はなかったかと慌てていると、別の記憶までもが湧き出てくる。
フィオはあんなにずっと、大丈夫と言ってくれたのに。
いつか、独りで浜にいたところを、誰よりもしつこく詰め寄ってきた。
女の子と仲良くしようとしなかっただけではない。
島で生きる事に、どこか難しさを感じていた。
独りでいる事が心地よいと思う方が多かった。
なのに、今では考えられない。
彼女は、心の扉を開いてくれた一番最初の大切な友達だ。
それが、失われるというのか。
「フィオ頼む! 起きろ!」
ビクターの動揺して震える叫びがシェナを振り向かせ、彼女の不安を一層煽った。
その時、ジェドはある教えに目を見開くと――
「どけ!」
怒鳴ると同時に、フィオに跨っていたビクターを激しく押し退け、彼女の顔の真横に着く。
彼は身を屈めると透かさず、フィオの冷たくなった口を自らの口で塞ぎ、大きく息を吹き込んだ。
「!?」
彼の唐突な行動に、シェナは両手で口を塞ぎ、ビクターは瞼を失う。
ジェドは構わず、それを数回続けた。
そして最後に顔を離した時、フィオは水を吐いた。
ジェドはその反動で後方に崩れ、安堵の息を漏らすと深々と項垂れる。
大海の冒険者~空島の伝説~
後に続く
大海の冒険者~人魚の伝説~
大海の冒険者~不死の伝説~ をもって完全閉幕します




