(10)
※(6)の末尾
ビクターとジェドの口論の続きに戻ります
…
……
………
「引っ込めっつってんだろ!」
「仕舞えってんだバカが!」
「てめぇ俺が言った時は仕舞わなかったくせに!」
ビクターは、漁船の倉庫での出来事を思い出しながら怒鳴っていた。
それもよそにジェドは苛立ち、とうとう槍を最長に伸ばすとビクターの頭を打とうとした途端――リヴィアを吊るす荊が軋み、二人の動作が同時に止まる。
その異変を目にするなり、互いを見合うと彼女に見入った。
「ぐっ……」
「リヴィア!?」
彼女の喉が鳴り、二人は言い争いなど忘れて武器を仕舞うと、再び彼女の名を呼びながら、しっかりしろと肩を揺らす。
しかし
「ぐああああっ……!」
これまで聞いた声とはまるで違い、不気味な濁声を大きく上げると両目を強く光らせた。
そして体を自ら激しく揺すり、荊を強引に千切ろうとする。
赤と青の眼光は鋭く、端の二人の目が眩んだ。
三人が乗っかる大木が、狂気に荒れるリヴィアにより激しく揺れ動く。
二人は彼女を支えるよりも、自分達が落下しないよう幹に掴まるのに精一杯だ。
切り離してやるから落ち着けと、身を支えながら声を張り続けても、今の彼女はすっかり心を失くしていた。
フィオは静かに佇む薄暗い湖に出た。
滝壺に出ると思いきや景色が違っており、自分達が浮上したところなのだろうかと、不安の目で見渡す。
とにかくシェナを回復させるために、駆け足で腰の辺りまで浸かっていく。
「もう大丈夫シェナ! もう治るわ!」
黒ずみ、毒々しい紫を傷の縁に浮かべるシェナ。
深い爪痕はまるで、直接心臓を奪おうとされたかのようだ。
浸かると傷が治るとされる湖は、二人が負った傷を細かいものから徐々に癒していく。
フィオはシェナを抱き寄せ、更に肩まで浸かった。
時折、来た道にも目を配る。
よく聞き取れないが、騒ぎ立てる声はジェドとビクターだろう。
リヴィアは下ろせたのだろうかと、気が気でない気持ちを今は堪えた。
空島に辿り着いてから、命が幾つあっても足りない事態に遭遇してばかりいる。
必ず解決してみせるとは言ったものの、次々訪れる凄まじい恐怖のせいで帰りたい衝動に駆られ、勝手に涙が溢れだす。
島の皆の顔が、この場に薄くかかる靄に浮かんでは消えた。
ここには誰もいない。
どこを探しても、いつも助けてくれていた大人はいない。
グリフィンすらも。
大海の冒険者~空島の伝説~
後に続く
大海の冒険者~人魚の伝説~
大海の冒険者~不死の伝説~ をもって完全閉幕します




