(9)
※リヴィアとグリフィンの出来事はここまでです
グリフィンに巻き付く細かい棘からは、血が流れている。
下部達は、この光景に興奮が止まらないのか。
蔦の拘束は強く、彼は呼吸をするのがやっとのまま、正面に現れた背の高い黒い者を睨む。
恐らく魔女だろうが、何を言おうにも声が出ない。
それに腹が立つ最中、どういうつもりか相手も動かず沈黙を貫いている。
彼は蔦に体温を奪われているような感覚に陥り、全身が凍えた。
そこへようやく、影が歯を光らせると笑みだけが漏れる。
何が愉快かと、グリフィンはどうにか声を絞り出した。
「失せろっ……!」
しかし影は、彼の僅かな抵抗を掻き消すように、地面を何かで一つ軽く叩きつけた。
まるで木の枝でも落ちたような乾いた音を耳にした途端、足先から頭頂部にまで痺れが迸り、目は閉じられない。
すると、縛り付けられている大木の根元が激しく揺れ、軋み始めた。
地面が割れ、根が剥き出し、いよいよ宙に浮かんでいく。
拘束する蔦はびくともせず、彼を羽交い絞めにしたままだ。
茂みの中で萎縮するリヴィアは、荒々しく漏れる息を手で塞ぐ。
これではまるで、彼を見放しているようだ。
けれども自分の居所を特定されては、多くの生命が途絶えてしまう。
残酷でならない自分がますます憎たらしくなるが、体は全く動かない。
否、動かそうとしないのだ。
心のどこかで、これを仕方がないとしている。
物音を出す訳にはいかず、彼女は声を殺して大粒の涙を流しながら顔を地面に突っ伏した。
巨大な大木の影は、彼女が潜む茂みの真上を素早く通過し、そのまま音も無く消えてしまう。
下部は一層騒ぎ立てながら崖に駆け寄ると、真下で激流する川を見下ろした。
「探せ……」
低く擦れた声はその後、陽炎と共に消えた。
下部達はその場を何周も回っては、魔女がいたところで立ち止まり、二体が先に陽炎を立てながら消え去る。
その後、一体が足元に落ちていた四角い物体を鎌で雑に払い退け、嘲笑を上げながら同じように姿を眩ませた。
一気に静まり返ったそこに、茂みの中のリヴィアだけが残る。
彼女は恐る恐る這い出ると、手に何かが触れた。
今しがた、下部が弾いたものだ。
弱々しくそれを拾うと、よろめきながら立ち上がる。
涙が止まらないまま、踵を返して崖の下を覗いた。
髪が大きく風に靡き、ローブが払われる。
手にするものを胸に、耐え難い痛みが襲いかかった。
彼が雑に纏め上げた本を、そっと額に当てると、涙に咽る。
「助けてっ……助けてっ……」
これを言うこともまた、ずっと情ないと思い続けてきた。
それに、自分以外に誰もいないここで、誰に縋れというのか。
壊れかけた島や世界を守る責務は、神である自分にある。
つい溢してしまった遅過ぎる願いは流しきれず、額に当てたその表紙に、力が含まれた青く光る雫が落ちる。
刹那、突風が彼女を大きく崩し、本が滑り落ちた。
まるでそれを奪うように奇妙な動きをする風に、彼女は反射的に手を伸ばす。
しかし間に合わず、それは激流の先に呆気なく消えてしまった。
………
……
…
大海の冒険者~空島の伝説~
後に続く
大海の冒険者~人魚の伝説~
大海の冒険者~不死の伝説~ をもって完全閉幕します




