(8)
そのまましばらく、彼女の溢れ続ける弱々しい竜の鳴き声を聞き続けた。
抱き寄せてみて分かったが、体はすっかり骨張り、丸く小さくなる背中からの震えは、寒さもあるのだろう。
すっかり芯から冷え切っているのが、僅かな接触だけで分かってしまう。
「この島は君達、神のものだ……
ここを無くして、世界は成り立たない。
このまま、奪われたままではいけない。
奴のものにさせてはいけない。
何が何でも、取り戻さなければならない……
命の為に、絶対だ」
リヴィアは更に震え、より小さくなっていく。
自ら視界を閉ざし、すっかり闇の奥に閉じこもり、唇を噛み締める。
魔女に仲間を奪われ、人類滅亡の材料にされてしまった。
それを止められずにいる自分が憎たらしい。
とは言え代わりにこの身を捧げても、島は終わり、世界は終わる。
そうさせない為には、自分がここに在り続け、反撃に向けた力を蓄える他はない。
突然現れた人間の彼を、死なせる訳にはいかない。
揺るがない、優しい心があるとて、ここで彼が魔女と戦う事は死を選択するに等しい。
そんな事は、言わずとも分かっているだろう。
「教えてくれ……君の城はどこにある……」
リヴィアは大きく左右に身を振った。
「ならんっ……」
告げれば向かってしまう。
あらゆる生命を守り抜いてきた自分という存在が、彼を魔女に捧げるような事などできるものか。
止める為ならば、手段を選ばない。
リヴィアは再び、ローブの内側にそっと腕を入れた。
その時、地面を何かが這う音がした。
グリフィンは微かな音であれ聞きつけ、警戒の表情を浮かべながら辺りを見渡す。
すると足元に違和感を覚え、咄嗟に見下ろした。
小さな摩擦音の正体に目を凝らすうちに、何かが接触してくるのを感じて息が止まる。
滞留する靄から足を伝い、いよいよ胴体にかけて這い上がってきたのは蔦だ。
それらは複数に別れてみるみる彼に巻き付き、動きを制御していく。
堪らず声を上げたグリフィンに、リヴィアが大きく振り向いた。
「逃げろリヴィア!」
グリフィンが激しくリヴィアを押し退けると、彼女は咄嗟にその腕を掴もうとした。
しかし互いに届く事はなく、彼はそのまま後方へ引っ張られ、言葉を放つ間も無く腐敗した大木に激しく叩きつけられる。
衝撃に自然と漏れた痛みの声。
更に絡みつく蔦は拘束を強めると棘を生やし、彼は皮膚への激痛に悲鳴を上げた。
リヴィアは彼に近付こうとしたが、不意に目の前で陽炎が揺れ、白煙が濃く立ち込める。
その意味を知った瞬間、腰を抜かして震え上がる。
彼女はグリフィンに近付く事を止め、咄嗟に崖の縁の茂みに身を隠すと、青の眼光を柔らかに灯すと力強く瞑った。
靄が次第に薄れていくと、細長い影と、蛇柄のローブを纏う下部が三体現れた。
下部達の歓喜に満ちた金切り声は、頭痛を催すほどにやかましい。
大海の冒険者~空島の伝説~
後に続く
大海の冒険者~人魚の伝説~
大海の冒険者~不死の伝説~ をもって完全閉幕します




