(7)
※リヴィアとグリフィンの出来事を
3部に渡ってお送りします
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黒に侵食されゆく、美しき青の森。
厚く嵩張る雲はまるで、空を幾多も塗り重ねて太陽までも覆い尽くし、植物たちはすっかり陽光を忘れてしまった。
異臭の靄が滞り、負の感情を招く冷気は、植物の生気を奪い続けている。
乱立する黒い木々の合間を二人が乱暴に駆け抜け、ついに、激流の音と霧が立ち込める崖まで来てしまった。
「頼む、聞いてくれリヴィア!」
「寄るな!」
「機械があるなら、俺は分かるかもしれない!」
「この戯け!
何をしたところで奴に愉楽を与えるのみ!
人間がこれ以上、出過ぎた真似をするな!
然さもなくば私が貴様を放つぞ!」
グリフィンは目を伏せ、込み上げる悔いと焦燥を抑えると、彼女にゆっくり歩み寄る。
なかなか引かない彼に、リヴィアは青い眼光を鋭利に灯すと、歯を鳴らしながら竜の唸り声を上げた。
「助けたい……君も、この島も……世界もだ」
リヴィアは心底うんざりした。
神である自分が片を付けられないというのに、彼の言葉など、とんだ戯言にしか聞こえなかった。
苛立ちが頂点に達し、詰め寄る彼の首を大きく爪で引っ掻いた。
しかし彼は、そのか細く震える青白い手を瞬時に掴み止め、放さない。
首に負った浅い爪痕から細い流血を見せても、痛みなど見せやしない。
太く、温度のある手に更なる力が込められ、リヴィアは解放を求めて竜の悲鳴を上げる。
そのまま彼の頭まで浮上し、宙で掴まれた鳥の如く猛反発しながら暴れ狂った。
様々な負の感情によって自制心までも失った彼女は、青い炎や眼光を宙に乱雑に放ち続けてしまう。
恐ろしく強い抵抗力にグリフィンは引き摺られ、崖下に石が転がった。
落下するまいと、彼は全体重をかけて精一杯彼女の手を掴んで踏ん張った。
「離せ! 忌々しい人間が!
出てけ! 帰れ!」
それはまるで、幼児が暴れる様にも似ていた。
グリフィンはただただ彼女が尽きるまで手を放さず、悲痛の叫びが治まるのを待ち続ける。
しかし、その態度がリヴィアの怒りに拍車をかけた。
彼女は眼光を増幅させ、彼を鋭く蔑むとローブから斧を引き抜き、片手で振り翳す。
鋭い刃の光が靄を照らした時、グリフィンはたちまち彼女の手を放すと真横へ転ぶ。
入れ違いに振り下ろされた刃が大きく地面に減り込み、亀裂が光を上げながら多方面に走った。
その内の一筋が真正面に生える大木に伝わり、軋み音を上げて真っ二つに割れ、無惨に倒れる。
グリフィンは、息を荒げて疲弊するリヴィアに大きく飛び付くと抱き寄せた。
彼女は纏わりつく彼の両腕を、微力を絞り出して引っ掻き続ける。
だが、彼はどうしたって引き下がらない。
何をしても無駄であり、また、己の力もこの程度かと落胆し、涙が勝手に溢れ出る。
リヴィアが大人しくなり、グリフィンは冷や汗を拭いながら安堵する。
後から追いついた、彼女の爪による傷の痛み。
しかし、そんな事は更にどうでもよかった。
これ以上、彼女が自分自身を傷付けてしまうよりは。
ここの神々が負う痛みは、この程度のものではないのだから。
大海の冒険者~空島の伝説~
後に続く
大海の冒険者~人魚の伝説~
大海の冒険者~不死の伝説~ をもって完全閉幕します




