(3)
「あれは声よ。何か苦しんでた」
シェナは間違いないと、フィオの家に戻りながら訴えている。
「2人が戻ったらまた会いましょ。
ジェットスキーが出せそうだったら、そのつもりでいて」
フィオの発言に、賑やかだったシェナが目を見開いて止まる。
「……長老様に見つからないかな」
「秘密基地が心配だからって言えば平気よ」
「隣の孤島だもんね。分かった」
2人は別れた。
島は、木々や畑が風に煽られる音で犇めくようだ。
長老の家では、焚火が激しく音を立てて部屋を照らしている。
地面を叩く杖の音が止んだ時、アリーは、彼が外を見据える姿に目を向けた。
「……何か?」
彼女は彼が火の傍で彼が腰かけられるよう、椅子を引く。
アリーの補助は、手厚さが目に見えて分かる。
その上、華奢な体からは想像できない力量もあった。
長老は薄汚れた窓越しに彼女を捉えると、小さく唸る。
そして、間もなく到着する漁船に視線を移した。
その遥か先には、暗がりを増した西が見える。
彼も謎の唸り声のような物音で目覚めた。
何かが起こる気がしてならず、杖を握る太い老いた手はずっと固い。
アリーはそんな彼の背中にショールをかけた。
嘗てに比べて良質なものではないが、漂流したこの島に残っていた材料でどうにか編んだ品だ。
「さっきシェナが慌ててどこかへ駆けていきました」
「風もまた、妙だからじゃろう……」
「あの子達、今日は止めた方がいいかと」
長老は、目に見えない四人を愛でるように小さく笑った。
「釘で留めても鎖で繋いでも、無意味じゃろうのう……」
震える手で肩にかけられたショールにそっと触れると、不安な表情を浮かべるアリーに微笑み、寝床の傍へ向かった。
枕元にやって来ると、そこに常に置いている小さな木箱の蓋をほんの少し開く。
炎の灯りが、中の何かの表面に落ちて揺れた。
それはまるで、この寒さを拭うような温もりをもたらす。
「それ、何です?
考え事をする時は大抵、開けておられますね」
アリーは燃える薪の向きを変えながら訊ねる。
「預かり物じゃ……
まぁ、わしが勝手にそうしとるが……」
「では随分と長い間、預かっておられるのでは?」
「ああ……
その者に持たせていると失くしてしまわんか心配でな……
時が来れば、渡そうと思っておる……」
長老は木箱をそっと仕舞うと、アリーに置かれた椅子にようやく腰かける。
柔らかに波打つ白髪に、顎を隠す白髭が、温かな火の色に淡く染まる。
前髪の奥に潜む青い目に炎を揺らしながら、黙考し始めた。
大海の冒険者~空島の伝説~
後に続く
大海の冒険者~人魚の伝説~
大海の冒険者~不死の伝説~ をもって完全閉幕します