(1)
「行くぞ……」
ジェドは警戒しながら、擦れた声でフィオに囁く。
未だ震えは治まっておらず、互いに力を合わせてゆっくりと立ち上がった。
摩擦によって浮かび上がる青白い光は、真っ暗闇の空間に潜む二人を柔らかく慰めるようだ。
フィオがそれを見届け、近くに横たわる亡骸に恐る恐る目を向ける。
辛うじて捉えられる二つの塊は、細い煙を微かに立てていた。
これらが、グリフィンが言っていた魔女の下部達なのだろうか。
どれくらいの数が存在するのか。
既に胸がいっぱいだというのに、この先で何度目にするのだろうと、フィオは不安に身を縮めていく。
「フィオ!」
大きく肩を揺らされ、彼女はやっと呼ばれている事に気付く。
こちらを窺うジェドの顔や体は、敵の黒い血で汚れ、恐怖に背筋が凍りついた。
「しっかりしろ……
ちょっと前に、シェナの悲鳴が聞こえた。
近くにいる……行くぞ」
早くも冷静さを取り戻している彼の目は、次に向けて真剣になっている。
黒い森に漂う独特の焦臭さには血の臭いも混ざり、嘔気を催すほどだった。
少し進んで、滝壺からの光がぼんやり射し込むところまで出る。
敵の気配はない。
そこで改めて、自分達の姿に息が詰まった。
知らぬ間に負った傷も、今になって疼き始める。
「早くあの水に入ろ……」
震えるフィオにジェドが頷くと、後の二人の方へ急ぐ。
再び暗がりに入ると、足が液体に触れた。
血溜まりだ。
二人は悲鳴を上げると共に目を剥き、あとずさる。
そこへ、遠くから声が聞こえた。
「起きてビクター!」
二人は顔を見合わせ、シェナを呼びながら居所を探る。
蛇行せず、真っ直ぐ森を進みながら必死に二人を呼び続けた。
異臭が時々、その声を遮り咳を催す。
「何処だ!」
近くで聞こえたはずのシェナの声に、いつまでも辿り着けない。
辺りを見渡しても黒い木々が乱立し、獣が威嚇する声だけがどこからともなく聞こえるだけだ。
来た道を振り返れば、滝壺からの光は完全に見えなくなっている。
随分奥まで来たようだ。
しかし、同じ景色に囲まれ、すっかり方角が分からず立ち止まってしまう。
「シェナー! ビクター!」
ジェドが叫ぶ横で、フィオは震える体を擦りながら、落ち着きを取り戻そうと目を瞑る。
大丈夫、大丈夫と心で言い聞かせていると、目の奥に広がる暗闇からじわじわと画が浮かんだ。
どこかで、シェナとビクターが地面に座っている様子が見える。
ビクターはシェナに支えられ、苦しそうに呼吸をしている。
そして彼女の背後から、何かもっと黒い影が動いたような気がして――
「っ!?」
たちまち目を見開いては、激しく辺りを見渡した。
大海の冒険者~空島の伝説~
後に続く
大海の冒険者~人魚の伝説~
大海の冒険者~不死の伝説~ をもって完全閉幕します




