(2)
同じ頃、漁船が島に戻っているところだった。
天候の急変で漁を切り上げたのだ。
四人の漁師と、手伝いで乗船していた二人の少年の表情は険しい。
彼らもまた、環境の異変に胸がざわついていた。
皆の視線が四方八方に飛び交い、大海原に気を張り巡らせている。
「何か見えるか」
雨で黒髪がしっかりと額に張り付いたジェドは、雨の音に負けじと大声で友達のビクターに訊ねる。
「何も感じねぇ」
いつも舳先に跨るビクターは、他の皆には分からない何かを捉えたり、感じられる事があった。
「あそこは?」
ジェドは真っ暗な西を指差す。
ビクターは船首から降りようと体勢を変えながら、視線を移した。
海から上がった半裸の姿からは、育ち盛りの逞しさが滲み出ている。
短髪の茶髪に多く光る雫の一つが、一仕事終えた汗に混ざって頬を伝った。
「いつにも増して暗いってとこだな」
彼が船内に飛び降りて服を着る最中、ジェドは溜め息を吐く。
「そんなもん見りゃあ分かる……」
ビクターは軽く笑うと、ジェドを通過する。
ジェドは船縁に両手を預け、小さくげっぷを溢す。
酷い波のせいで少し酔っていた。
ビクターと然程変わらない活発さを思わせる体格も、今は丸っこくなってしまっている。
こうも気分が億劫になるのは、彼だけではないようだ。
「たく寒いったらねぇ!
ちょっと出たらこのザマだ、俺達が何したってんだ!」
「マージェス、網の替えがもう無い。
着いたらこの間作ったやつを積んでおこう」
恰幅のいい船長のマージェスと、連れのグレンが船室から現れた。
この雨で二人は早くもずぶ濡れになっている。
ジェドは何か指示をされるかと、彼らに振り向いた。
その途端、あの唸るような声がぐんと海から押し寄せた。
「何だ!?」
マージェスは声を上げ、船縁にいたジェドは大きくあとずさる。
同時に一つ激しい揺れが起こると、皆の体勢が一気に崩れた。
「お前、吐きそうな時あんなおっかねぇの?」
「ちげぇ!」
異常事態が起きたというのに、床に這いつくばったままのビクターはジェドをからかう。
ジェドはより怪訝な顔をすると、怖いもの知らずのビクターは笑いながら軽々と身を起こした。
彼はそのまま網を掴んで船縁に登ると、遠くの海を眺める。
舵を取っていたカイルが身を立て直した。
彼の精悍な体つきは、どんな体力仕事も颯爽とこなす様を醸し出していた。
顔に張り付く金髪を乱暴に拭うなり、船縁に立つビクターを捉える。
「降りろビクター!」
「拾ってやんねぇぞ」
続けて真上の見張り台から、レックスの声が真っ直ぐ落ちてきた。
いつもバンダナを巻いて働く彼は、見るからに威勢がいい。
ジェドは、それでも動かないビクターに近付いた。
「どうだ」
ビクターはしゃがむと肩を竦める。
「やっぱ何も感じねぇ」
漁船はもうじき、島に着くところまできていた。
大海の冒険者~空島の伝説~
後に続く
大海の冒険者~人魚の伝説~
大海の冒険者~不死の伝説~ をもって完全閉幕します




