(1)
季節外れの風が吹く朝。
波はそう荒くなくとも、雨が打ちつけて海は騒々しい。
浜から上がった林を抜けた先にポツリと建つ、小さな家屋。
その屋根を叩きつける雨音に混ざるのは、特定し難い奇妙な音。
まるで何かが低く唸るような声は、間を空けて続いた。
寝床にいた少女は堪らず飛び起き、頭まで毛布を覆って身震いする。
恐怖に目を大きく見開き、暫く一点を見つめた。
低く、震えながらゆったりと押し寄せてくるそれは、助けを求めているのか、悲しいのか。
言葉として形成されないそれは不気味でならない。
何事かと恐る恐る身を起こしながら、部屋中を覗く。
酷く寒かった。
炎はすっかり炭を小さく這うほどになり、室内をほとんど灯せていない。
島の家屋には、所々にコンクリートの壁が使われている。
大人達曰く、この島はもともと設備が整った場所だったようで、生活の助けになる道具や材料が他にも残っていた。
島の火が尽きないように努めるが、この家の火種はほぼ消えかけている。
少女はそれにもまた胸騒ぎがした。
何て目覚めの悪い日だ。
嵐は慣れっこだが、どうも表現し難い気味悪さを感じる。
外に変わりはないかと、寝床から素足を滑り出し、毛布を体に包むとドアまでふらふらと向かった。
触れた取っ手の冷たさに、咄嗟に手を引っ込める。
まるで真冬を感じさせるような空間に、少女は顔にかかる長い黒髪をよけて眉をひそめた。
髪を片耳にかけると短く息を吐き、不気味な外を慎重に覗き込んだ。
その隙間から湿った空気が全身を一気に這ったかと思うと――
「わっ!」
突風が吹き荒れ、ドアが激しく押しのけられてしまう。
部屋の中に砂が舞い込み、包んでいた毛布は剥ぎ取られて部屋の奥までひとっ飛び。
日頃から漁の手伝いに出る影響で、細身とは言え引き締まった体をしているが、踏ん張るのがやっとだ。
髪に視界を遮られる中、取っ手を求めて宙を掻くところ――
「フィオー!」
小柄な少女が小刻みに砂を蹴って駆けて来た。
「フィオ聞いた!?変な声がした!怖い!」
フィオと呼ばれた少女はやっと薄目を開くと、訪れた怯える少女に飛び付かれる。
訪ねてきたのは友達のシェナ。
見た目のせいで、フィオとの年齢差を誤解しそうになる。
ドアを閉めるのもよそに、フィオはシェナに首を傾げる。
「……本当に声かしら?でも誰の?」
フィオは、聞きつけたそれが音のようにも感じたとシェナに伝える。
しかしシェナは首を激しく振った。
少々癖のある短い金髪についた雫が、細かく飛び散る。
「ハッキリ聞こえた。誰かが苦しんでる声よ。
ほんと怖くて!
すごく心配になって、外に出たらおかしな風が吹いて、どういう事!」
落ち着かない彼女はしかし、真剣だ。
出会った頃から耳がいいと言われており、周囲が気付かない音を感じてきている。
特に、風を。
「来て!」
シェナはフィオの反応を待たず、彼女の手を強引に引いて波打ち際まで駆けた。
空は厚い灰色の雲に覆われ、雨も次第に強さを増している。
「来る途中、チビっ子達が泣いてるのも聞こえた。
この風も妙よ。西にいるみたい」
その言葉にフィオは肩を竦める。
目前に広がる黒い海は、時に大波を立て、岩を打ち砕くように高いしぶきを上げていた。
大海の冒険者~空島の伝説~
後に続く
大海の冒険者~人魚の伝説~
大海の冒険者~不死の伝説~ をもって完全閉幕します